カルメの恋(KAC20221)

つとむュー

カルメの恋

「ねぇ、ケイ〜」


 親友の軽井沢めぐみが泣きついてきた。

 右人差し指に巻いた包帯をかざしながら。


「作り方、教えて~。料理も得意でしょ? ケイは」


 ということは、右手の傷は料理でできたもの?

 はたして切り傷? それとも火傷?


「どうしたのよ? その右手」

「火傷しちゃって……」


 火傷か……。

 時は二月。しかも月が変わったばかり。

 となると、めぐみがチャレンジしているのはアレしかない。


「普段、料理もしてないのに、自作チョコなんて作ろうとするからだよ」

「それがね……」

「うん」

「チョコじゃ、ないんだよ~」



 その後、私、御代田ケイは知るのだ。

 めぐみが予想外なものにチャレンジしていることを。



 ◇



「佐久くんが言ったの。チョコじゃない方がいいって」


 佐久正平。

 うちの高校の野球部のエース。

 オーバースローから繰り出される直球のスピードは、一四〇キロを超えてるんじゃないかと言われている。


「もっと素朴な、和風な感じの……」


 和風?

 まあ、確かにあいつはそんな感じだった。小学生の頃から。

 一緒に夏祭りに行った時も、屋台のバナナチョコじゃなくてリンゴ飴を買ってたっけ。


「カルメ焼きなんだって」

「か、カルメ焼きィ!?」


 また、なんてものをリクエストするんだよ。

 チョコでいいじゃんか。


「おたまの上で熱して作ってるんだけどね、うまく膨らまないの」


 カルメ焼きの作り方は単純だ。

 砂糖と水をおたまの中に入れ、それを中火で百二十五度に熱する。

 ぶつぶつと泡が出てきたら火から下して一つまみの重曹を入れ、かき混ぜるだけなのだ。


「温度は確認してる?」


 砂糖を煮る時は温度が大事。

 低すぎても高すぎても、うまく膨らまなくなってしまう。


「ちゃんと温度計使ってるよ」

「じゃあ、混ぜ方が足りないんじゃない?」


 熱した後は、砂糖と重曹をしっかりと反応させる必要がある。

 かき混ぜ方が足りないと、反応不足でべちゃっとした砂糖の塊になってしまうのだ。


「じゃあ、ケイがやってみせてよ」

「いいよ」


 ということで、その日は学校が終わったら、めぐみが私の家に来ることになった。



 ◇



 帰宅後の自宅のキッチン。

 めぐみの前で、私はおたまに入れた砂糖と水をガスコンロで熱し始めた。


「ケイ、百二十五度になったよ!」


 温度計を手にするめぐみが私を向く。

 彼女は家から温度計を持ってきていた。


「じゃあ、いくよ!」


 私はおたまを火から下し、一つまみの重曹を入れる。

 そして小さなスリコギを使って力強く混ぜ始めた。


「オラオラオラオラオラ!」


 それにしても正平は幸せなやつだ。

 野球部のエースで普段からモテるとはいえ、めぐみのような純粋な子まで夢中にさせるなんて。

 我が幼馴染とはいえ、ちょっとくらいは自慢に思ってもいいのかもしれない。


「ふぅ……」


 百回くらいかき混ぜてからおたまをキッチンに置くと、中の砂糖がぷくっと膨らみ始めた。


「すごい、すごい。ちゃんとできたよ、カルメ焼き」

「だから簡単でしょ?」

「いやいや、ケイは力が強いからできたんだよ」

「めぐみだって、ちゃんとかき混ぜればできるはずだよ。想いが足りないんじゃない?」


 しまった、と思った時はもう遅かった。

 私の余計なひとことで、めぐみは目に涙を溜めて下を向く。


「だよね……。こんな地味な女の子じゃ、やっぱダメだよね……」


 やっちまった……。

 こうなったら時間をかけて、話を聞いてあげるしかない。


「ケイはいいよね。佐久くんと幼馴染だし、それに――」

「それは言わない約束でしょ?」

「うん。分かってるけど……」


 めぐみは涙を拭い、私を見る。


「佐久くん、二刀流を目指しているんだって」

「そりゃ、あいつも名前は正平だからね。『正しく平らに』って意味らしいけど」

「でも身長が足りなくて。できるだけのことはやるって頑張ってるの」


 大谷翔平の身長は一九三センチ。

 一方、佐久正平は一六ハセンチ。

 もう、この時点で勝負は見えている。


「そんな佐久くんを応援したいの。別に彼女になれなくたっていい」


 ああ、これが恋する乙女の瞳なんだ。

 私もこんな風にならなくちゃいけないんだ。


「じゃあ、頑張ってかき混ぜ続けなくちゃ! その想いがあれば大丈夫だよ」

「うん、わかった。私やってみる!」


 特訓の結果、ついに美味しいカルメ焼きを作れるようになる。

 その時のめぐみの笑顔を、あいつに見せてやりたいくらいに。


 なんだろう、この気持ち。

 これは嫉妬なんだろうか?

 それとも、憧れ?

 全部違うような気もする…………



 ◇



「よう、ケイ!」


 次の日の朝、私は正平に声を掛けられた。

 家が近いからちっとも不思議ではないのだが、いつもは登校時間が違っている。

 

「今日は朝練、無いの?」

「試験前だからな。ていうか、お前、本当に男の娘になっちゃったんだな」


 そう、私の性別は男。

 ある日突然、心が女性であることに気づいたんだ。

 本当は、正平に相応しい女の子になりたいと強く願ったこともちょっとくらいはあるんだけど……。


「私に声なんて掛けてると、みんなに言われるよ。二刀流かって」


 私は知ってしまった。

 自分よりも純粋に彼のことを想っている存在を。

 彼女の瞳には、とても勝てる気がしなかった。


「いいんだよ、本当に二刀流を目指しているんだからさ」


 だから正平も、そんなにキラキラした瞳をしないで。

 誰かこいつに、現実を教えてやって欲しい。

 でも、彼の無邪気な笑顔と対峙すると、何も言えなくなっちゃうんだよね。


「ていうか、また一緒に野球やろうぜ。俺のオーバースローとお前のアンダースローがあれば、絶対甲子園に行けると思うんだけどな……」


 佐久正平。

 幼馴染で、ライバルで、憧れでもあり、そして――


 もう、こんなモヤモヤした気持ちはうんざりだ。

 こんなことじゃ、本当にめぐみに正平を取られてしまう。

 当たって砕けろ。

 真剣にかき混ぜるんだ。

 ダメなら想いが足りないだけ。

 それは、昨日めぐみに教わったこと。


「正平、チョコ嫌いなの?」

「ケイも知ってるだろ? 俺は昔から甘くて和風なものが好きなんだ。ばあちゃんのザラメ煮とか最高だし」

「カルメ焼きとか?」

「ああ。だから俺、本当に煮糖流なのさ」


 その言葉だけは、聞きたくなかった。

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