第5話 カグヨ姫のまんまるお月ご飯


「大丈夫ですよ。少し離れたところから良く見てみてください」

「え? あ、あれ……?」

『……すごい。火の中にあるのに、燃えていない』


 煉瓦れんがで組んだかまどの前で、しゃがんで覗いていたカグヨ姫が目をパチクリとさせた。


 彼女の視線の先では、三佳みよしが作った料理が燃え盛る炎の中で、月のように丸い料理が着火することなく鎮座している。



「ふふふ……これこそまさに、“火鼠ひねずみ皮衣かわころも”。高温の火の中でも燃えることなく、身を守ってくれるというわけなのじゃな」


「お婆さんの言う通りです。さて、あとは待つだけですよ。……良ければ私と、竹細工についてお喋りをしませんか、姫」


『……分かった。三佳はお饅頭、食べる?』


 少し余裕が出てきたのか、貴女のことをもっと知りたい、と三佳がカグヨ姫に手を差し伸べる。


 すると滅多に翁たち以外には懐かないはずのカグヨ姫がコクンと頷き、彼の手を取った。そしてそのまま、縁側の方へ二人仲良く揃って歩いていくではないか。



「なんと……見たか、婆さん」

「えぇ。まさかあの子が、初対面の男に自分から触れるだなんて……」


 初めて見せる愛娘の言動に、親である翁と婆さんはあんぐりと口を開けた。


 たしかにカグヨ姫の難題はここまですでに五つともクリアしている。とはいえ、味を確かめぬうちにカグヨ姫があそこまで親し気な態度を見せるとは思わなかった。



「もしかすると……」

「もしかするかもしれませんね」



 今までにない、確かな感触。期待と不安に皆が胸を高鳴らせながら、その時を待つ。



 そわそわする気持ちをお茶を飲んで誤魔化しているうちに、かぐや姫の望む料理が遂に出来上がった。


 全員で竈に近寄ってみる。すでに火は消えてはいるが、余熱でまだ竈全体が熱を持っていた。



「……よし」


 三佳は鉄の引っき棒で料理を取り出す。


 塩と卵白であれだけ白かった料理が、今では黒くすすけていた。まるで炭のような見た目をしているが、果たして中身は無事なのだろうか。


 料理を作った三佳も、さすがにハラハラした表情だ。まな板の上に置いた料理の外殻をミノを用いて、少しずつ少しずつ、慎重に割っていく。



 外殻を取り終わると、今度は香草で包んだ部分が顔を出す。それを茹で卵の殻をむくように丁寧にがしていくと、ようやく目当ての物が見えてきた。



「おおっ、ちゃんと火が通っているようじゃ!」


 翁の言う通り、外側に巻いていた生肉の赤い部分は一切無くなっていた。生焼けになることもなく、全体がしっかりと蒸されていたようだ。


 あとは中の具がどうなっているか、である。


 三佳が最後の気合を入れて包丁を入れていく。すると中から、色取り取りの具がゴロゴロと現れた。


 湯気と同時に、食欲を誘う匂いがムワッと香り立つ。翁と婆さんは口内にあふれる唾液をゴクンと飲み込んだ。



「さぁ、これが私の開発した『カグヨ姫のまんまるお月飯』ですよ! ぜひ熱々のうちに食べてみてください。味付けはしっかりとできていますから」

「おぉ、そうか。ではさっそく……」



 三佳が取り分けてくれた料理を受け取る。カグヨ姫のために用意したものではあるが、翁も婆さんも食べたくて仕方がなかった。



「んんっ、うまいぞコレは!!」

「猪肉の脂の旨味と、野菜の甘みが絶妙ですの~」


 しっかりと塩の味が中の具まで染み渡っている。香草は猪肉の臭みを消し、塩だけでは足りない風味や辛味を加えてくれていた。何よりも、見て楽しめる料理となっている。


 カグヨ姫が大人しいと思ったら、三佳の隣りでガツガツと食べていた。これまで婆さんの作った料理しか口を付けてこなかったカグヨ姫も、この『まんまるお月飯』はお気に召したようだ。



「良かった、カグヨ姫のお口に合ったみたいですね」


『うん、おいしい。竹も入ってるのがまた良い』


「んんっ、竹だと? なんだ、三佳。おぬし、いつの間に竹を入れとったのだ!?」


 てっきり具は五つだと思っていたが、どうやら違ったらしい。



「実はこっそりと、茹でたたけのこを小さく刻んで入れてみました」


「おぉ、このコリコリとした食感は筍じゃったのか!」


「ふふふ、三佳は本当に竹が好きなんじゃのう」


「はい! 一生でていたいぐらい、大好きです!」


 商人の息子だというのに商売については興味を示さず、昼夜をかけてずっと竹をいじっているような男だ。細工だけに飽き足らず、竹で色んな事ができないか試行錯誤してきたらしい。


 この料理もその研究の産物なのだそう。とことん、竹を愛した男である。



「それに竹から生まれたカグヨ姫に求婚するのですから。せっかくならば、どれだけ竹を愛しているかをアピールするべきだと思いましてね」


 それを聞いたカグヨ姫は滅多に変化を見せない顔を真っ赤させ、もじもじとし始めた。



「なんじゃ、カグヨ姫。熱でもあるんか? っ痛い!? な、なにをするんじゃ婆さん!!」


「いいから、年寄りはそろそろ引っ込みますよ。若い者の邪魔をしてはなりませんからね」


「ちょっ!? ワシはまだ、そんなに食べ……いたたたっ!! 分かった、分かったから耳を引っ張るでない!!」


 やっぱり女心の分かっていない翁。婆さんに引っ張られ、家の中に連れて行かれてしまった。


 そんな翁たちを見送った後、三佳とカグヨ姫は互いに顔を見合わせてクスクスと笑った。そして二人仲良く食事をしながら、竹の魅力について朝まで語り合った。



「実は私、作った竹細工に自分の魂を宿すのが生涯の目標で……!!」

『……どうして?』

「竹という漢字のように。カグヨ姫の隣りで、いつまでも共に過ごしたいから……」

『分かった。それなら、わたしも協力する』



 こうして三佳は『カグヨ姫のまんまるお月ご飯』によって、カグヨ姫と結ばれることができた。翁たちが天へと旅立った後も、残してもらった思い出の家で竹細工を作りながら仲良く過ごした。



 そうしていつしか、この村では仲睦なかむつまじい夫婦めおとの竹人形が守り神として大事にまつられるようになったそうな――。

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