第13話 南東北

 午前4時45分には出発した俺の旅は、当然ながら「長い」。

 東北出身とはいえ、東北自体が縦に長い。当然、自分の知らない「東北」を見たいという気持ちもあったし、時間があれば、そのまま青森県から北海道に渡るつもりでいた。


 まずは、南東北だ。


 秋田県という、北東北に属する土地で産まれた俺にとって、同じ東北でも、この「南東北」は、あまり、というかほとんど行ったことがない土地だった。


 誰からも制約を受けず、人にも時間にも縛られない、本当の意味での「自由な旅」が始まった。


 最初は、もちろん都心を通るから、つまらない。


 都道311号、通称「環八かんぱち通り」。日中だけでなく、夜間や早朝でさえ、配送の大型トラックやタクシーで賑わう、主要幹線道路であり、多少だが、混み合っていた。


 速く首都圏を抜けたい俺は急ぐ。


 荒川に差し掛かるあたりで、左折し、国道122号に入る。そのまま埼玉県を北上し、首都圏外郭の環状道路とも言える、大きな国道に入る。


 国道16号だ。


 春日部市を経由し、やがて国道4号に入る。いわゆる「新4号」と呼ばれるバイパス道で、次第に道の両脇には、緑が増えてくる。


 しかも、途中からは片側3車線になり、まるで高速道路のように、流れが速い。これは、燃費が悪く、タンク容量も少ない新型カタナにとっては、燃費を伸ばす意味で、非常に助かるのだ。


 何しろ、流れが悪かったり、渋滞に捕まると、リッターあたりの燃費が極端に落ちて、14~15キロくらいになってしまうこともあるし、あまりにもストップアンドゴーを繰り返すと、頻繁に冷却水を使うことになる。


 途中、休憩を挟み、3時間ほど経った頃。


 栃木県の中心地、宇都宮市に入る。時刻は午前8時。


 ようやく、遅い朝食をコンビニで取る。節約をしないといけない旅だから、本当はコンビニで買わない方がいいのだが、空腹に耐えきれず、おにぎりだけを買っていた。


 食後、辞めないとそれこそ「家計」に響く。と理解していながらも、ほとんどいつもの習慣で、コンビニ入口付近にある灰皿の前で、タバコをくわえていた。


(これからどうするかなあ)

 その「これから」の部分には、もちろん旅の先もあるし、その先にある新たな「職業」についての部分もあった。


 今は、深く考えるよりも、旅を楽しみたい気分だった俺は、「かせ」を外された動物のように、本能の赴くままに、目的地を決める。


(今日は、福島県で一泊しよう)

 その日は、福島県の田舎のキャンプ場に目星をつけていたから、そこで一泊することを計画していた。


 道はどこまでも北に延びる国道4号。


 すでに、お盆休みの帰省期間に入っていたから、多少の心配はしていたが、まだ午前中ということと、大半の帰省客が高速道路を使うためか、道は思った以上には混雑しておらず、快適なツーリングが続いた。


 およそ2時間50分後。

 湖が左手に見えてきた。


(これが猪苗代いなわしろ湖か)

 初めて見る、福島県の中心部にある、県内最大の湖。昼に近づくにつれ、気温がどんどん上がっていたが、ここはビルに囲まれて、熱の逃げ場がない東京とは違い、自然に囲まれている。


 東北の夏の盆地は、暑いとはいえ、東京よりはだいぶマシに感じた。


 猪苗代湖畔のコンビニで休憩を取った後、真っ直ぐに向かった先は、かつてバイク雑誌で見て、一度は行ってみたいと思っていた場所だった。


 磐梯ばんだい吾妻あづまスカイライン、というその道に差し掛かると、見事なまでにカーブが多い、ワインディングコースに入る。


 道の両脇には、自然の木々が生い茂り、どんどん標高が上がって行くのがわかり、体感として、「涼しさ」を感じられるようになる。


 一応、夏用の薄手のライダースジャケットを着てきていた俺は、心なしか「寒さ」まで感じられるほどに、標高が上がって行く。


 途中、国見くにみ台、天風境てんぷうきょう湖見うみみ峠という、いくつかの展望台を通る。


 いずれにもバイクや車が停まっており、ここが観光地であることを如実に示していた。


 さらに森の中を駆け抜けるワインディングを進むと。


 突如、視界が開けて、異様な光景が目の前に広がる。

 大きな岩の塊のような、山塊が彼方に見え、道はその岩肌の下を縫うように走っている。どこか、この世ならざる、不思議な寂寥せきりょう感を感じるその場所の中心地に、レストハウスがあり、大きな駐車場がある。


 そこに入って行くと。そこが、俺がナビで示した「浄土平じょうどだいら」という場所だとわかった。


 ある意味、この磐梯吾妻スカイラインの中心地、観光の拠点がここで、大きなレストハウス以外に、ビジターセンターや天文台まである。


 当然、夏休みを利用して、多くの家族連れや観光客で賑わっていた。


 さすがに、ここで1人は、少し浮いている気がするが、それでも俺は駐車場にバイクを停め、少し歩いて見ることにした。


 見ると、周りの風景は、不思議というか、荒涼としていた。ここの標高は約1600メートル。辺りにある山塊は、その多くがはげ山のようになっており、木々が生えていない岩の塊のような形容をしているし、ところどころに大きな岩が転がっている。


 浄土平とはよく言ったもので、「浄土=極楽浄土」が由来なら、このどこか「あの世」すら思わせる絶景には納得がいくのだった。


(来てよかった)

 観光客の多さには、多少閉口したものの、この絶景は、東京では絶対に見られない光景だ。


 結局、俺は、昼頃にここに着いていたが、山道を真っ直ぐに抜けることはなく、来た道を戻る形で、今度は真っ直ぐにキャンプ場を目指した。


 途中、ガソリンスタンドで給油し、同じく道端にあったコンビニで、その日の晩飯になる食材を購入し、真っ直ぐに山道を走ること1時間。


 早めに着いたキャンプ場は、桧原ひばら湖畔にほど近い、大きなキャンプ場だった。


 ただ、走るだけではつまらないと思っている俺は、キャンプも楽しむべく、早めに着て、早めに準備をする。


 夏休みということで、子供連れが多かったが、比較的離れた場所を確保し、後は手早くテントを設営し、キャンプ用のアウトドアチェアでまったりとした時間を過ごす。


(今頃、あの会社じゃ死ぬ気になって働いてるんだろうな)

 思うのは、あのIT会社での日々。


 お盆休みも、下手したら正月休みもなく、働いていた。申し訳程度に、夏休みと正月休みをズラして取ることはあったが、世間一般からすれば、「損」な役回りだった。


 同時に、俺は1人、この大自然に囲まれた場所で、思う存分、「考える」ことが出来ることに感謝していた。


(森原がいないのは寂しいが、うるさい奴もいないし)

 2人の女子のことが頭をよぎったが、森原はともかく、林田はないな、とすぐに頭の中から追い払っていた。


 東北への旅。1日目の夜は、酒を飲んで、夜空の星を眺め、いつの間にか就寝していた。「そこまでは」穏やかな日だった。

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