第十章 その後

 「ただいまー、いってきまーす」


 ドアの閉まる音に慌てて静江は叫んだが、もう勇の影はなかった。


 「勇、待ちなさい。宿題は・・・」


 ランドセルが無造作に、廊下に投げ出されている。


 「もう・・・しょうがないんだからぁ・・・」


 そう言いつつも、母は微笑みながら洗濯ものをたたんでいる。


 昨日あった、生活相談の担任の先生の言葉を思い出している。


 「勇君は明るく元気になりましたね。新学期早々大喧嘩して心配したんですけど、すぐ仲直りして今は毎日みんなと遊んでいますよ。それに前にイジメられていたせいなのか、他の子がイジワルなんかされていると、かばったりしてクラスでも人気がありますよ」


 (本当・・・元気になったわ。

 あなた・・。

 勇はガンバッてますよ)


 今日も勇はアツシ達とサッカーをしに行ったのである。


 少し元気過ぎる気もするが、たくましく成長した我が子にうれしいため息がでるのであった。 


 勇の机の上を整理していたら一冊のノートに目がとまった。


 表紙には「日記帳」と記されていた。


 読んでみたい気がした母であったが、我慢して他の本と重ねて机の上に置いた。


 ただ読者にだけはこっそりお見せしよう。

 少しだけ・・・。

 

 九月十七日 晴れ

 あれからアツシ達とはすごく仲良くなって毎日遊んでいる。学校が楽しくてしょうがない。みんな父さんのおかげだ。僕も大きくなったら絶対あの木に子供をつれていってあげよう」


 あとは勇君のプライバシーにかかわりますからね、やめときましょう。


 只、善造じいちゃんのいる田舎の神社の大木には、今でもくっきりと勇の父の言葉が彫られている。


 「ガンバレ アキオ」

 ・・・・と勇の父の名前が。


 そして、その隣に新しく彫られた言葉が並んでいた。


 「ガンバロ イサム」

 ・・・・と自分の名前を。



 「勇(いさむ)君の夏休み」  完

 平成十一年 八月四日(水) 晴れ


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勇(いさむ)君の夏休み 進藤 進 @0035toto

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