第七章 父の言葉

「勇っていう名前は、勇気のある子っていう意味なんだよ。」


 父の膝に抱かれて、勇は聞いていた。


 時折、顔を押し付けてくる父のヒゲが痛かった。


 勇は父が大好きであった。


 大きくてたくましい胸に抱かれていると、何とも言えない安心感があった。


 「お父さん・・・」


 自分の声に目が覚めた。


 久しぶりに見る、父の夢であった。


 でも前と違ったのは、そのあとにくる寂しさはなく、ワクワクした希望が心の中に満ちていたのであった。


 「じいちゃん、神社ってどこにあるの?」


 朝食を全て平らげて元気良く聞く勇に、善造はしわくちゃの顔をほころばせて言った。


 「ああ、道をおりていって町の近くにあるよ。

 一本道だからすぐわかる・・・。

 今日は、畑に行かんのか?」


 「うん、ちょっと探検するんだ」


 「そーか、でも昼には帰ってこいよ」


 「うん」


 そう言うと勇は麦わら帽子をかぶり、外へ飛び出していった。


 おしりのポケットには「肥後守」が入っていた。


 神社に着いてみると、小さな祠と大きな、くぬぎの木があった。


 境内はさほど広くもなく、ソフトボールをするには少し狭い気もしたが、小学生が数人で遊ぶには充分であったのであろうか。


 勇はさっそく、神社の中を探検しはじめた。


 祠の中や灯籠の裏など、少年時代の父が隠しそうな所をくまなく探してみた。


 一時間ほど探したろうか、色んな所を掘ってみたりしたのだが、何も出てこなかった。


 神社の石段に座り込んで勇は肥後守をもてあそびながら、ため息をついた。


 「あーあ、やっぱり何十年も経っているから

 なくなっちゃったのかなー。

 でも、いいか肥後守もあるし。

 でも見たかったな、何だったんだろう・・・?」


 ふと顔を上げた勇は、一瞬身体を身構えた。


 昨日の少年達が目の前に立っていたのだ。


 リーダー格の少年がニヤついて言った。


 「昨日のもやし野郎じゃねーか。

 おっ、いいもん、持ってるなーっ・・・」


 勇の肥後守を見つけると、手に取ろうとした。


 「ダメだよ!」


 勇は急いでポケットにしまった。


 少年はムッとして言った。


 「何だよ。

 ちょっと見せるくらい、いいじゃないか。

 ふんっ、もやし野郎!」


 廻りの少年達も一斉にはやしたてた。


 「もやし、もやし!」


 勇は顔を真っ赤にしていた。


 恐くて逃げ出したかったが、昨日、読んだ父の日記の言葉が勇を動かした。


 「僕は、もやしなんかじゃない!」


 スックと立ち上がった勇の迫力に、少年達は一瞬たじろいてしまった。


 だが、リーダー格の少年が気を取り直して言った。


 「ふん、じゃあ、もやしじゃない証拠に

 俺と勝負するか?」


 他の少年達も元気を取り戻してはやしたてる。


 「いいよ、勝負しよう」


 勇の心臓は破裂しそうな程、激しく鳴っていた。


 「この木に登るんだ。

 でっけーぞ!

 小学生で登った奴はいねーんだ。

 どーだ、勝負するか?」


 勇は大木を見上げて、息をのんだ。


 ちょっとしたビルよりも高いように見える。


 こんな高い木に果たして登れるだろうか。


 それに降りる時、足がすくんでしまうのではないだろうか。


 少年達のはやし声が境内にこだましている。


 「ムリだ、ムリだ、もやしー、

 あやまっちゃえよ」


 「そうだ、そうだ、オサムー、

 やっつけちゃえよ」


 足がガクガクと震えている。


 勇はポケットの肥後守を握り締めた。


 不思議と気分が落ち着いてきた。


 勇は少年をキッと睨み付けると、大木にしがみつき、ゆっくり登っていった。


 大木は所々にこぶや大枝があり、登るのにはとりつきやすかった。


 だが上を見ると、はるか高い所まで枝が伸び、果たしてあそこまでたどり着けるだろうかと思った。


 5メートル程上がって下を見ると、少年達の歓声を受けながらオサムがにやついた顔で、あとを追ってくる。


 「どうした、もう恐くなったのか。

 降参するか?」


 勇は少しムッとして、再び登り始めていった。


 すぐ脇にセミが一匹とまっていた。


 けたたましく音をたてている。


 こんな小さな虫でも、堂々と大きな声で鳴いている。


 勇は何か勇気づけられた気がして、元気よく登っていった。


 意外にしっかりした足取りで登っていく勇に、オサムは次第に焦りをおぼえていった。


 自分でさえ、この大木の半分までしか登ったことはなかったのだ。


 3分の2程来たところで、オサムは下を見た。


 すると、仲間達がまるでアリのように小さく見えた。


 急に足がすくんで動かなくなってしまった。


 とうとうオサムは泣き出してしまった。


 勇は下からオサムの泣き声が聞こえて驚いた。


 あんなに強そうだったのに、小さい子のようにワンワン泣いている。


 それを見た勇はゆっくりと近づいていって、声をかけた。


 「大丈夫かい?

 下を見ちゃダメだよ。

 ほら、手をかして・・・」


 オサムは尚も泣きながら言った。


 「そんな事を言ってもダメだよー。

 か、からだがしびれちゃってぇ・・・」


 下では、子供達が心配そうに見上げている。


 勇は木の上の方を見た。


 もう少しで頂上である。


 その少し手前に、大きな枝が横に伸びているのがあった。


 ちょうど二人が座っても、大丈夫そうな枝ぶりである。


 「あそこまで行こう。

 あれなら、座っても折れそうもないし。

 休めるよ・・・」


 勇に励まされ、手をかりたオサムは何とか登りはじめた。


 勇は自分でも不思議に思っていた。


 どうして、こんな勇気が自分にできたのであろう。


 おまけに、まだ力がみなぎっていた。


 ようやく枝にたどり着いた二人は、同時に声をあげた。


 木の葉かげがなくなり、町が一望できた。


 「す、すげえ、あっ、小学校が見える。

 俺・・・こんなの見るの、初めてだ」


 さっき泣いていたことも忘れて、オサムはこの雄大な景色に見とれていた。


 勇も胸一杯に感動が充満していた。


 オサムは勇に手をさし出して言った。


 「さっきはごめんな。

 お前、すごいよ・・・」


 二人は白い歯を見せて、握手をした。


 ふと木の幹を見ると、何か彫ったようなキズあとが見えた。


 勇はポケットから肥後守を取り出すと、そのキズあとをなぞって削ってみた。


 途切れ途切れのキズあとは長い年月で風化していたのか、くすんでよくわからなかったが、削り出していくと鮮明な文字を浮かび上がらせていった。


 そこにはこう書かれていた。


 「ガンバレ アキオ」


 削り終わって読んでみた勇は、思わず叫んだ。


 「父さんだ。

 父さんの名前だ。

 これだったんだ。

 僕に見せたかったものって・・・」


 勇は愛しそうに、そのキズあとを指でなぞった。


 何十年かの歳月を経て、父から送られたメッセージであった。


 (父さん・・・ガンバルよ、僕)


 山々に囲まれた町並みが眼下に広がっている。


 勇は胸一杯に空気を吸うと、大きな声で叫んだ。


 「オーイ!」


 山々に勇の声がこだましていく。


 オサムも真似して叫んでいる。


 心配していた下の子供達も、二人の元気な声を聞いて歓声をあげている。


 二人はゆっくり、慎重に降りていった。


 勇が先頭にたってオサムを見上げ、気遣いながら降りていく。


 一つ一つのコブや枝を慎重に探りながら、二人で声をかけあっていた。


 二人はもう、何年もの親友であるかのように、ピッタリと息を合わせている。


 固唾を呑んで見守る少年達の前に二人が降り立った時、勇はみんなに囲まれて口々にたたえられた。


 「スッゲーな、お前」


 「見直したよ、一緒に遊ぼうぜー」


 それから少年達は大の仲良しになり、毎日一緒に遊ぶようになった。


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