振り袖

「……あいつら遅いな」


「まあ、女子は着替えに時間がかかるものだしな。いつも綾音とデートすると、服の買い物で大体二時間ぐらいかかるし」


「そんなにかかるのか? 付き合うのも大変だな」


「可愛い彼女が見られるから、全然辛くないんだけどな!」


 ドヤ顔で語る大地。相変わらずの彼女との仲の良さに感心半分、呆れ半分の気持ちになる。


「……それにしても、まさか綾音の奴が黒川さんたちを連れて帰るなんて言い出すとは思わなかったな」


「お前彼氏なんだから、彼女の手綱くらい握っておけよ」


「はっはっは、無理だな! 諦めてくれ」


「堂々と情けないことを言うな」


 いっそ清々しいほど情けないことを言う友人に、溜息が漏れる。


 現在二人は、待ち合わせ場所だった駅から電車で数駅のところにある神社の鳥居前にいた。真澄、真那、綾音の三人はこの場にはいない。


「ったく、二人が振り袖じゃなかったぐらいで大袈裟なんだよ、綾音は」


「まあそう言ってやるなよ。綾音だって良かれと思ってやったことなんだからさ」


「だからって、黒川たちを拉致していいわけじゃないだろ」


 実は陽翔が大地と二人だけでこの場にいるのは、綾音が原因だった。


 というのも、数十分前に無事合流した陽翔たちだったのだが、綾音は自分以外の女子――つまり真澄たちが振り袖を着ていないのが不満だったらしい。


 自分の分を貸すからと、合流早々に黒川姉妹を半ば強引に連れて家へと引き返して行った。


 そして残された陽翔と大地は仕方なく、先に神社に来ていたというわけだ。


「そんなに綾音を責めないでやってくれよ。あいつ、黒川さんと一緒に初詣行けるって凄く喜んでたからさ」


「だとしても、強引すぎだ。あいつ、黒川が何か言う前に連れて行っただろ」


「その件は後で謝らせるから、勘弁してやってくれ。それにこれは、陽翔にとっても悪い話じゃないだろ?」


「悪い話じゃない? どこがだよ?」


 陽翔からすれば、無駄に長く待たされているだけでメリットなんて何もない。いったい何の根拠があって、悪い話じゃないと口にしているのだろうか。


 首を傾げる陽翔に、大地がニヤリと笑う。


「おいおい惚けるなよ? 綾音のおかげで、これから黒川さんの振り袖姿が見られるんだ、眼福だろ?」


「……別に黒川がどんな服を着てたって、俺には関係ないだろ」


「ははは。素直じゃないな、照れてるのか? そんな態度だと、そのうち愛想尽かされても知らないぞ?」


「余計なお世話だ」


 ウザい絡み方をしてくる親友に、思わず顔を顰める。


(黒川の振り袖姿か……)


 大地に言われるまでもなく分かっていたことではあるが、言葉にされると強く意識してしまう。


 大和撫子と呼んでも違和感のない真澄の長く艶のある黒髪は、きっと振り袖に映えるだろう。


(……って、何考えてるんだよ、俺)


 流れるように振り袖姿の真澄を想像しかけて、はっとなる。これではまるで、真澄の振り袖姿を期待しているみたいではないか。


「おっ、噂をすれば……陽翔、三人が来たぞ」


 大地の視線を追う形で、陽翔も視線をやる。雑踏の中、こちらに近づいてくる見覚えのある振り袖を着た三人の姿が目に映った。


「二人共お待たせ」


「遅かったな、綾音。何かトラブルでもあったのか?」


「ううん、そういうわけじゃないよ。ただ黒川さんって元がいいからさ、振り袖選びが楽しくってついつい時間がかかっちゃった。でもその甲斐あって、黒川さんは凄く可愛く仕上がってるよ」


 綾音はやや興奮気味に語りながら、陽翔の方に振り向く。


「どう、陽翔? 黒川さん、凄く可愛いでしょ? 黒川さんに似合うよう、私頑張ってコーディネートしたんだよ」


「…………」


「陽翔? おーい、話聞こえてる?」


 横から綾音が何やら言っているようだが、残念ながら今の陽翔に届くことはない。今の彼は、眼前の真澄に視線を奪われていた。


 真澄の着ている振り袖は、純白に梅の花をあしらっており清楚さを感じさせる。彼女の黒髪とのコントラストが、魅力をグっと押し上げている。


 着物に合わせて結い上げられ後ろでまとめられた髪は、普段とは異なる魅力を発揮している。


 髪を結ったため露わになった真っ白なうなじは、奇妙な色香を醸し出していて、視線が吸い寄せられそうになる。


 薄っすらと化粧もしているのか、真澄は普段よりも大人びている。控えめに言って最高だ。


「……あの戸倉君、そんなに見られると恥ずかしいんですけど」


「わ、悪い……」


 真澄の頬が朱に染まったのを見て、慌てて視線を逸らす。いくらなんでも不躾だった。


 逸らした視線が、ニマニマと口元を緩めている綾音と交わる。


「……何だよ、何か言いたいことでもあるのか?」


「いや、別に何もないよ? ただ陽翔を見てると、黒川さんに振り袖を着せたのは正解だったなあって思っただけ」


 含みのある発言をする綾音を睨め付けるが、対する彼女はニマニマと笑みを絶やすことはない。


「……もしかして、私の格好どこか変なんでしょうか?」


 呟く真澄の声音には、不安が満ちていた。陽翔の反応が不安を抱かせてしまったのかもしれない。


「いや、変なんかじゃない。その……よく似合ってる」


「陽翔、そこは素直に可愛いって言った方が女の子的には嬉しいよ?」


「うるせえ」


 ストレートに言うのが気恥ずかしくて、あえて回りくどい言い方をしたというのに、綾音が全て台無しにしてくれた。


 しかし陽翔の言いたいことは伝わっていたようで、


「ありがとうございます、戸倉君。……そう言ってもらえると、着た甲斐もあります」


 真澄は、はにかみながら瞳を伏せる。そんな仕草も振り袖効果もあってか、いつも以上に色っぽさを感じてしまう。悔しいが、綾音は見事な仕事をしたと認めるしかない。


 ……調子に乗るので、決して感謝はしないが。


 不意にグイグイと、服の袖を引っ張られた。そちらを見れば、真那が着ている見せつけるように立っていた。


「ねえねえ、陽翔お兄ちゃん。私はどう、似合ってる?」


「ああ、よく似合ってるぞ。可愛いな」


「えへへ……ありがとう、陽翔お兄ちゃん」


 真澄の時と違い気恥ずかしさもなく素直に褒めると、年相応のあどけなさを見せながら破顔した。


「それじゃあ無事に合流できたことだし、そろそろ行こっか」


 真澄の振り袖に見惚れて失念していたが、本日の目的は初詣だ。四人は境内に足を踏み入れた。

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