第38話 僕とクリスマス⑤
ずぞぞ、とラーメンをすする。
味の種類は醤油、とんこつ、塩とあったのであっさり目の塩にしたけど正解だった。
量も少量なので三回くらいの咀嚼で食べ終わる。
「……美味しそうだね」
最後の一口を食べようとしたとき、宮村さんがこちらをじーっと見てきながら言う。
「美味しいですよ」
「へえー」
興味なさそうな返事だが視線はそれでも僕からはずれない。ケーキを食べる手は止まっている。
「……あの、何か?」
「……いや、美味しいそうだなと思って」
「取りに行けばいくらでもありますけど?」
「まあ、そうなんだけど。それほどでもないんだよね」
「……えっと、つまり」
「一口ちょーだい?」
言うと思った。
女子という生き物はとりあえず一口欲しがる(偏見)。シェア大好きだからな。
まあ食べ放題だからいいんだけど。
「じゃあ、どうぞ」
僕は一口ほどしか残っていないラーメンの入った容器を宮村さんの前へ動かす。
「あたし、フォークしかない」
「えっと」
「ケーキ食べてるフォークでラーメンは食べれなくない?」
「まあ」
取りに行けばよくない? と思うのはきっと僕だけなんだろうな。だってそんなの当たり前だもん。なのに言ってくるってことはその気がないってことだ。
どんだけ面倒くさがりなんだ。
「えっと」
え、この箸渡せばいいの?
僕が使った箸だぞ? 普通に考えて全女子が嫌がる代物だろ。
「それ貸して」
宮村さんが意を決したような顔をしながらがそう言った。
そう言ってくることは何となく予想していたけど、いざ提案されると恥ずかしいというかなんというか。
でもこういうのって意識してる方がキモいという風潮あるらしいし、ここは堂々とレンタルするのが正しい反応なのだろう。
いや、一瞬固まったからもう手遅れだけどね。
「ど、どうぞ」
「あり、がと」
ちょっと照れてるじゃん!
宮村さんは俯きながらラーメンをすする。照れるならお箸取りに行けばいいのに!
あとよくよく考えれば僕が取りに行っても問題なかった。
「美味しいね」
「そうですよね。もう一杯食べようか悩んじゃいますけど、せっかくなんで別のにしようと思います」
宮村さんが容器とお箸をこちらに返してくる。
ミートソースパスタは本来フォークで食べるのが正解なんだろうけど、持ってくるの忘れたなあ。
取りに行くか。
いや待て。
ここで取りに行くと、宮村さん的には「あたしが使ったから新しいの取りに行くんだ?」的なことを思わないかな。
もちろんそんなことはないし、僕は全然気にせずに使えるタイプの人間だから問題はない。
でもパスタは本来フォークだよ。
しかし……。
「美味しい?」
「ええ、まあ」
僕はお箸を使うことにした。
これでいい。深く考えるのは止めることにしよう。
「あたしのケーキも一口いる?」
「ええ……え?」
今なんて?
「はい」
宮村さんはケーキを一口サイズにフォークで切って、それを僕に差し出してくる。
聞き間違いじゃなかった。
「あの、あーん?」
恥ずかしいならやらなきゃいいのに!
宮村さんは照れながらこちらにフォークを差し出してくる。顔は赤いし、口は引きつってる。
罰ゲームか何かかな?
「いや、それはちょっと」
さすがに恥ずかしくて僕はお断りした。でも食べないのは宮村さんに悪いのでフォークを受け取ってケーキを食べる。
「むう」
何故かちょっと不満げな宮村さんの心中はお察しできないけど、ケーキは美味しかった。
あとで食べよう。
そんな感じでスイーツパラダイスを堪能した僕達。宮村さんが終始楽しそうにしていたので、僕も嬉しかった。
言い方が悪いかもしれないが奢り甲斐のある人である。
本日の本来の目的はスイーツパラダイスをご馳走すること。テストで赤点を摂らなかったご褒美だ。
けれど、せっかくの一日をそれだけで終わらせるのはあまりにももったいないということで急遽映画というプログラムを組み込んだ。
目的は果たしたので解散となってもおかしくはないのだが。
僕としてはまだやれていないことがある。
宮村さんからすればスイパラを奢ってもらう一日なんだろうけど、僕にとってはこれまでのお礼をするというおもてなしな一日なのだ。
だから。
まだ全てをやりきれてはいない。
しかし、このあとどうする? と訊くことができないままスイパラを出ることになった。
「……」
「……」
どうしたもんか、という空気が流れる。
もし。
もしもだ。
宮村さんが、まだ帰らなくてもいいと言ってくれるのなら次のプランは一応用意してある。
綾瀬さんと五十嵐さんに助言を受けたのはここまでなので、ここからは僕一人のプランということになるが。
「……あの、このあと」
「あたし! ちょっと見たいものあるんだけど!」
「へ」
天を仰ぎながら宮村さんがそんなことを言った。そして、緊張した顔つきのまま僕の方を見た。
「付き合ってくれない?」
多分だけど、宮村さんなりに勇気を出してくれたに違いない。
なにより、まだ一緒にいてくれることが嬉しくてたまらなかった。
嬉しい?
そうだ。嬉しいんだ。
どうして?
友達と一緒にいれることが嬉しいのか?
本当にそれだけか?
分からなかった。
「もちろん。全然大丈夫です!」
僕のプランなんかどうとでもなるし、宮村さんが何か見たいと言うのならそれに付き合おう。
大事なのは、宮村さんが楽しんでくれることなんだから。
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