第18話 僕と休日③


「待った?」


 駆け寄ってきた宮村さんはわずかに息を荒らげながら僕らの様子を伺ってくる。


 待ったか待っていないかで言えば待ったけど、待ったと思えるほどは待ってないし、そもそもこういうときは待ったとしても待ってないというのが定石だと何かのラブコメで言っていたような気がする。


「いえ、全然。今来たところです」


「そ? それなら良かった。電車乗り遅れそうだったからめっちゃ走ってさ。結局乗り遅れちゃったんだ。あつー」


 ぱたぱたと手で火照った顔を扇ぎながら、あははと笑う宮村さん。


 いつもは下ろしてあるブラウンの髪はポニーテールで纏め上げられていた。

 白のパーカーに黒のスキニーパンツ。背が高くスラッとしたスタイルなのでよく似合っている。


 僕がじーっと見ていたことに気づいた宮村さんが居心地悪そうに体を揺らした。


 しまった。

 こんなメガネオタク野郎に二秒以上見られればそりゃ不快だ。そんなことにも気づかず、普段見ない姿に見惚れてしまうなんて、僕としたことがキモオタとしての自覚が足りなかった。


「……」


 宮村さんは髪をいじり、そして自分の服をぱんぱんと払う。見たところ別にどこか汚れている感じはなかったけれど、女の子には気になるものがあるのかも。


「う゛う゛ん」


 そのとき。

 隣の五十嵐さんがあまり聞かないわざとらしい咳き込み方をした。彼女の言わんとしていることを察し、僕は咄嗟に口を開く。


「そ、の、服……」


 なんか照れるな。

 五十嵐さんにはちゃんと言えたのに。向かい合っているのが緊張の種になっているのか?


「……」


 宮村さんは僕の言葉を待つ。待ってくれている。くだらないことを言うだけかもしれないのに。


 言わないと。


「似合ってますね」


 言えた。

 たった一言、これっぽっちの言葉を言うだけなのにどうしてこんなに緊張するんだろうか。


 対女の子用免疫のなさに僕は心の中でしっかり落ち込んでおいた。


「ありがと」


 頬をわずかに染めて、宮村さんは照れたように俯きながら小さく言った。

 こんな僕の言葉でも喜んでくれるのだから、宮村さんは本当に良い人だなあ。


 こんな人が友達だなんて、僕の高校生活始まっちゃうんじゃないだろうか。

 何なら全部夢かもしれない。


「まあ、まるっちは私のスカート姿に見惚れてたけどねー」


「根も葉もないことを言わないでください」


「ああそっか。まるっちは巨乳好きだったね。私と合流したときまず最初に胸見たもんね?」


「胸……」

 

 これに関しては否定できない。

 が、そんなことを認めてしまえば僕の評価がジェットコースターの如く落ちてしまう。


 宮村さんなんか自分の胸に手を当てて凹んでいるし。確かに小さい方だけど、別にそれが悪いこととは言ってないぞ。


「実はスカート姿に見惚れてたというのが本当で巨乳好きというのが根も葉もない嘘なんです!」


 二つを天秤にかけてみたところ、スカート姿に見惚れてたという方が何となく変態度低いような気がしたので、僕は咄嗟に誤魔化した。


 五十嵐さんは僕の思考などお見通しなようで、楽しそうにくすくすと笑い出す。


「男の子はひらひらしたものが大好きだからね。闘牛と一緒だね」


「突っ込みはしませんが」


 何とかその場は乗り切った。

 まあ、乗り切れたかどうかは分からないんだけど。僕が気づいていないだけでしっかり評価下がってるかもしれない。


 ひらひらしたものが大好きで五十嵐さんのスカートに欲情したあと巨乳を堪能した変態と思われている可能性も微レ存。


 映画の時間もあるので、移動することになった。普段あまり来ることのない街なので土地勘がない。


 ここは陽キャとかリア充とか、そういうイメージのある人が休日に遊びに来ている印象。

 逆に僕のような陰キャやオタク、そういうイメージのある人はまた別の場所に出没する。


 だからか、少し居心地悪い。僕のような人間がこんなところにいてもいいのかと思わされる。


 周りを歩く人達はみんなおしゃれで綺麗で格好良くて、見ているとより一層アウェイ感を与えられる。


 しかしそんな僕を守ってくれるのが宮村さんと五十嵐さんという陽キャ女子だ。

 彼女達と歩いているだけで、ちょっとだけ気持ちが楽になる。滅多に来ることもないので、せっかくだからこの街を堪能しよう。


 駅から歩いておよそ十分程度のところに映画館はあった。大きな建物でその最上階が映画館となっており、下の階はファッションだったり食べ物だったりとお店が入っている。


 その建物をエレベーターで一気に上る。透明で外が見渡せるタイプのエレベーターに少しだけテンションが上がってしまった。


「チケット買わないとなんだよね」


「あ、僕前売り券あるんで」


「私もあるんだなー、これが」


「二人とも本気だ!?」

 

 僕がチケットを見せると五十嵐さんも自慢げに財布から取り出した。それを見た宮村さんは驚きの声を上げる。


「五十嵐さんも買ってたんですね」


「まあねー。前売り券の特典を確保したかったから。あとこのイラストのチケットは欲しいっしょ」


 しっかりオタクになってるなあ。前売り券だとちょっと安いからみたいな庶民的な理由でないところにその事実を感じる。


「そうですね。僕も発売初日に確保しました」


 自分と似たような感覚の人が近くにいるとテンション上がってしまうのはオタクの性だな。


「あたしチケット買ってくるね」


「私達もチケット引き換えあるから一緒に行くよー?」


「今はもう機械で手続きが主流ですよね。人と関わらないでいいのは助かります」


「……すごいコミュ障みたいなこと言うなあ」


 コミュ障なんですが。

 お二人が優しいだけで、基本的に人と話すのが苦手なんです。

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