第13話 僕とテスト勉強③


 テスト前一週間は部活動が禁止されている。なので、放課後の校内は静かで人がいない。


 と、いうことはない。


 どころか、部活動がないことにより、普段放課後遊ぶことができない連中が居残り騒ぎ倒している。


 教室はとてもじゃないが、勉強できる雰囲気ではない。仕方なく図書室に向かうが、やはり人がいっぱいだ。


 校内で勉強できる場所はなく、僕と宮村さんはその日も帰り道のマックに寄ることになった。


 二日も続けて放課後に寄り道をするとか僕の人生何がどうなったんだ。しかも、女子だ。その上、可愛いのだからこのあと車に轢かれてもおかしくはない。


「それでは今日も始めましょう」


「今日は頑張るよー」


 気合いは十分なようで、マックに到着するや否や、宮村さんはテーブルにノートを広げた。


 しかし。


「ううう、もうダメだ」


 気合いがあるから集中力が上がるということはない。残念ながら宮村さんの集中力は二時間が限界なようだ。


 結局、その日はそのあと帰ることになる。集中力が切れているのに続けても大した効果は見込めないからだ。


 その翌日。

 やはりというか何というか、案の定教室の中は騒がしい野球部の連中が占拠しているし、相変わらず図書室は先客で埋まっている。


 驚いたのは、最近通っているマックでさえお客さんで溢れていたことだ。この時期はどの学校もテストがあるのか、学生客が多く見られた。


「これじゃゆっくりできそうにないですね」


 程よい雑音は集中力を高めるというが、この場にあるのは騒音と言うべきものだ。

 つまり騒がしい。

 仮に席が空いていてもこれだけ周りがうるさいと勉強に集中できない可能性が高い。


「そうだね」


「この辺他にお店あるんですか?」


 僕が尋ねると、宮村さんは「んー」と唸る。これだけ考えるということはいい場所が思いつかないのだろう。


 僕がそう思い、諦めようとしたとき、宮村さんが「あ!」と頭上にぴかぴかと光る電球を浮かべたような顔をした。


「あたしの家、ここから遠くないし……来る?」


「え」



 * * *



 マックから歩くこと十分。そこに宮村さんの家はあった。大きなマンションの七階にあるらしく、僕らはエレベーターに乗り込む。


 自分の家は一軒家で、友達の家に遊びに行くという経験があまりなかったこともあり、マンションのエレベーターというのは少し新鮮だった。


「こっちだよ」


 そう言われたときに、ふと重要なことを思い出す。


「そういえば、今日親御さんは?」


「パパは夜まで仕事。ママは用事で出掛けてるから心配しないでもいいよ」


 そうか。

 宮村さんと二人だけなのか。

 なら安心か、と僕はほっと小さく息を吐く。


「……」


 いやいやいやいや。

 何を安心しているんだよ。

 何も安心できる要素がないことになぜ気づかなかった? 流れで家に向かうことを許可してしまったけどこれはマズイ。


 宮村さんの家で、宮村さんと二人とか、そんなシチュエーションは僕の経験値では乗り越えられない。


 緊張で吐きそうだ。


「入って」


 カギを開けてドアを開けた宮村さんが僕を招き入れる。ここまで来て帰りますとも言えず、僕は覚悟を決める間もなく戦場に足を踏み入れた。


 玄関は意外と普通だった。どこの家にでもありそうな、ありふれた玄関だ。靴箱があって、よく分からない絵が飾ってある。


 僕は靴を脱ぎ、端っこに揃えて置く。


「別に適当でいいのに」


「いや、そういうわけには」


 男友達の家にさえ上がり込むことがあまりなかったというのに、リハビリもないまま女子の家に突入するこっちの身にもなってほしい。


 廊下があり、奥にはドアがある。あの先がリビングだろうか。右手にはトイレやらバスルームやらがあり、左手には部屋がある。


「ここがあたしの部屋。先入ってて。飲み物持ってくるから」


「あ、はい」


 え、放置?

 僕を部屋の前に置き去りにした宮村さんはそのままスタスタと歩いて行ってしまう。


 いったん部屋の中に案内してくれよ。なんか一人で入るといけないことしてる気分になるじゃないか。


 でも、このまま前にいても変だし。こいつなに意識してんだよキモいな、とか思われても困る。


 最近ようやく宮村さんは僕と普通に話すようになってくれた。貴重な存在をここで失うわけにはいかない。


 入るか。


 僕は意を決してドアノブに手をかけ、そして部屋の中に突入する。


「……ッ!?」


 なんだ、この匂いは。

 僕の部屋ではこの先一生味わうことのないような甘い匂い。一体どんなファブリーズを使えばこんな匂いが出来上がるんだ!?


 右には勉強机。その横には大きなクローゼット。ピンクの背表紙の漫画が並ぶ本棚。そして、右手にあるのはベッドだ。


 宮村さんが使っているベッド。


 ああ、今のこの思考相当キモいな。

 やめよう。

 せっかく宮村さんは僕を友達だと言ってくれたというのに、この思考はそんな彼女に対して失礼に当たる。


 僕は男友達の部屋に入ったとき、そいつが普段寝ているベッドを見てどきどきするか? もちろん、答えは否である。


 何も思わない。

 だから、宮村さんのベッドを見ても僕は何も思ってはいけない。


「……ふう」


 深呼吸を何度か繰り返す。

 ようやく気持ちが追いついてきた。これなら何とか平常心を保てそうだ。


「なにしてんの?」


 そんな僕の姿を、いつからか宮村さんが見ていたらしい。最悪の場合、僕はクラスメイトの女子の部屋で深呼吸決め込むヤバい奴と認定されてしまう。


「……いえ、なんでも」


「そ? 立ってないで、座りなよ」


 カーペットの上に置いてある小さなテーブルに持ってきたお茶を置く。宮村さんが適当に座布団を置いてくれたので、僕はそこに座ることにした。


 どうやら、僕の面目は守られたようだ。


「ところでさ、さっきなんで深呼吸してたの?」


 少し顔を赤らめて、宮村さんが恐る恐る訊いてくる。


 どうやら、僕の面目は守られていなかったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る