灰舞う騎士《アッシュロンド》は罪と共に

戯言遣いの偽物

灰舞う騎士

 かつて、ハイベルング大陸は二つに割れていた。東は人間のガリウス帝国が、西は魔物のシェルベル王国が支配し、長い間自らの領域を広げようと戦争をしていた。お互いが相手の資源を奪うため戦っていた。二つの領域の狭間であるバリアスでは常に魔法や矢が飛び交い、死体がそこら中に転がっていた。そして最初の来訪者レイダーカイト・クロキリとユウ・カズラの来訪により、戦争は強力なスキルを持つ来訪者レイダーの取り合いという意味も生まれた。その来訪者レイダーの子供たちも戦争に参加し、さらに戦争が泥沼化していったころ、人間側はユークリウス・ガリウス5世が、魔物側はテーベ・ラリー・シェルベルが統治していた時代、『ソレ』はバリアス北部のカーライル山岳地帯より現れた。暗く鈍く光る銀の甲冑に身を包んだ『ソレ』は人も魔物も来訪者レイダーも殺しまくり、人間と魔物が協力せざるを得ない状況にまで追い詰めた。しかも、いくら引き裂こうと武器で切ろうと、何をしようと生き返る不死の存在であった。人も魔物も『ソレ』から常に灰が出ていることから『灰舞う騎士アッシュロンド』と呼び、恐れた。戦争終結の証としてレイゲル友好協定が結ばれた統一暦元年を境に少なくなってしまったが、未だにその古びた銀の鎧と灰を身に纏った騎士は各地至る所で目撃されている。

[ハイベルング伝承集(1)(著:ティンギル・フレアバートン&ヘザー・ティレル・アルファス)より]

          

           *


「⋯⋯」


「あのー、アミルさん?」


「納得いかないわ。なんで私が冒険者の真似事みたいなことしなきゃならないのよ。私はただのダーリル大学の学生よ?」


「そりゃアミルがセクハラした教授をボコボコにして病院送りにしたからでしょ。あの先生の余罪もたくさんだったから大学からの温情でバリアスの北方でのフィールドワークを命じられたのよ?私はその付き添い」


「嫌だ!!あのジジィがいなきゃ今頃私は普通に授業受けてたはずなのに!!」


 アミル・ホーキンスとレーヴァ・ミア・ヘルツはバリアスへ向かう馬車の中にいた。

 ロングの茶髪の人間であるアミルはその焦茶の目に怒りの炎を燃やしながらキレ散らかし、それを見る短い白髪の猫型獣人であるミアはその頭の猫のような耳をちょっと伏せていた。


「だいたいバリアスまで女の子2人だけってどういうことよ!!」


「まぁ⋯⋯アミルは来訪者レイダーロイ・ホーキンスのお孫さんだし、大丈夫だって思われたんじゃないの?ほら、腕っ節強いし」


「なりたくてなったわけじゃないわ!!あぁもう!!」


「それにアッシュロンドはヘリアン協定が結ばれた後ほとんど目撃されてないから。大丈夫大丈夫」


「でも⋯⋯」


 その時、馬車が減速し始めやがて止まった。未だバリアスへは距離がある森の中であった。


「??」


 二人が首を傾げていると


「すみません、乗せて欲しいっていう人がいるんですけど大丈夫ですか?」


 と、中年のハゲた御者が言った。


「えぇ、構いませんわ」


「そうですか、では」


 アミルが了承すると、程なくして一人、馬車に乗り込んだ。

 性別はわからない。手入れはされているがそれでもところどころ凹みと錆のついたくすんだ銀の防具で全身を覆っていた。兜の顔を覆う部分の右半面に縦に大きな裂け目が入っていたが何故か奥が真っ暗で

 素顔が見えなかった。そして無骨なバトルアックスを2本背中に背負っている。そいつは奥に座っていた二人に軽く会釈すると自分は手前の方に座った。


「⋯⋯」


 灰舞う騎士アッシュロンドの話をしていたばかりの二人はこいつを乗せたことを後悔した。馬の蹄と馬車の車輪が回る音だけが響く。


「⋯⋯お嬢さん方」


 しばらくして『そいつ』が話しかけてきた。少し掠れた暗い男の声だった。


「ははい?」


「⋯⋯バリアスに行くのか?」


「えぇ⋯⋯大学のフィールドワークでカーライル山岳地帯へ⋯⋯」


「⋯⋯そうか、あそこのあたりはモンスターや盗賊も出るからお嬢さん方2人だけでは心許ない。大丈夫なのか?」


「そうですね⋯⋯現地では冒険者2人が守ってくださる予定ですから」


「⋯⋯それはいい。その2人からあまり離れることのないようにな」


 そんなことを言う『そいつ』を見て2人は見合わせる。


「やけにお人好しですわ?」


「あの鎧って一部の戦士も使ってるから『ソレ』確定ではないけどね⋯⋯」


「そういえばそうですわ⋯⋯」


 そう小声で話し合ってる間、『そいつ』は一点を見つめたまま黙っていた。


「あっ、ありがとうございます。ええっと⋯⋯」


「トゥールでいい」


「⋯⋯トゥールさん。貴方は冒険者なのですか?」


「⋯⋯そんなところだ」


「バリアスに何か用事が?バリアスのモンスターはそれほどいいもの落とさないですし⋯⋯」


「⋯⋯まぁ野暮用だ。未発見のダンジョンを見つけられるかもだろう?」


「あぁ、すみません⋯⋯」


「いやいいんだ。御者。バリアスに入ったところで降りる。」


 と、トゥールは御者に叫ぶ。御者が軽く頷いたのを見てトゥールは俯いて動かなくなった。

 それを見て2人はまた見合わす。


「「いい人だね」」


          *


 結局トゥールはその後一言も発さず、バリアスに入ったところで降りていった。

 それから戦争終結後にできたバリアス街道を通り、さらに十数分経ってようやくバリアス北方地域手前の町、カーライルへと2人はたどり着いた。

 カーライルは戦争以前から存在する森と山に囲まれた小さな街で、戦争時には戦禍に見舞われたこともあり衰退しかけていたが、来訪者レイダーメイ・リンドウの助けもありギリギリ持ち堪え、バリアス街道の完成後は東西の連絡口の一つとして栄えている。そしてさらに北にあるカーライル山岳地帯は灰舞う騎士アッシュロンドが目撃された最初の地点であり、フィールドワークの地に設定されたのもこの山岳である。

 カーライルは普段2人が住んでいるかつてのガリウス帝国の首都ガリルティアから馬車で半日強かかる距離にあるため、着いた時にはもう夜になっていた。2人は予定通り大学が用意した宿に泊まり、明日に備えた。

 翌日朝早く起き出し、ギルドに向かった。

 カーライルのほぼ中心に立つ巨大な建物。そこは冒険者や探索者がパーティメンバーや依頼を探すために集まる場である。ほぼ毎日人でごった返していた。


「すみませーん!ケイさんとエーデルさんっていう人はいらっしゃいますかー?」


 アミルが受付嬢に聞く。


「ダーリル大の学生さんですね?2人はあちらですよ!ケイさん!エーデルさん!」


 受付嬢はにっこりと笑ってテーブルの方を指す。そこには2人が談笑をしていた。1人は4本の角が生えた首長竜人族であった。巨大な剣鉈と盾をを椅子の脇に立てかけ、皮と鉄の鎧を着た彼は黄緑の首を曲げて話し相手に目線を合わせながら話し、たまに大声で笑っている。その話し相手は狼型獣人の女であった。短い茶髪で紫苑の目。腰にフレイルを吊り下げ、黒っぽい金属の鎧を身につけた彼女は相手の話にはあまり反応していないが、頭から伸びた耳はぴこぴこしていて、尻尾もゆらゆら揺れている。


「んぁ?あぁ君たちが今回護衛する子たちか?」


「⋯⋯む」


 彼らは呼ばれたことに気づいてアミルたちの方を見た。


「おぅおぅ可愛らしいお嬢さんじゃないのぉ」


「やめろケイ。大学から依頼来た時注意されただろ?セクハラジジィを顔の原形がなくなりかけるレベルで殴り倒して罰受けてる子なんだから」


「そこまでやってませんわ!!」


「見てたけどあの時のアミルの顔、悪鬼羅刹みたいだったよ?」


「ミアもひどいですわ!」


 ふくれるアミルを見て三人は笑う。


「冗談はさておき、俺がヘブル・ケイ・ヴァンダル。こっちの無愛想な奴がティルバ・エーデル・スティルトン」


「エーデルだ。こいつは後で締めておく」


「エロジジィ殴り倒したアミル・ホーキンスでーす」


「それを見てたレーヴァ・ミア・ヘルツでーす」


「元気があってよろしい!」


 ケイはまた大声で笑う。エーデルは思いっきり脛を蹴る。


「いってぇ!!」


「いいから行くぞ。日程は今日一日だけなんだ。さっさとフィールドワーク行って帰る、罰だから早く帰りたいだろう?」


 脛を抑えて悶絶するケイを無視してさっさと外に出ようとする。


「いちち⋯⋯まぁ待て、とりあえず武器持ってるか?一応俺たちは護衛するが、それでも守りきれない時もある。お前たちもある程度訓練してるんだろ?」


「生きていく上である程度は必要ですしね。私はこれを」


 とミアは背負っていた鞄に吊った丸盾とショートソードを見せる


「私は⋯⋯これですわね」


 と、アミルは己の武器を見せる。女の子が持つには厳つすぎる傷のついた黒のガントレット。


「⋯⋯なるほどね。さすがは『拳豪』ロイ・ホーキンスの孫っていうことね。」


「おじいちゃんほどじゃないですけれどね。兄貴たちは本気で鍛えてますけれども、私は自分を守れるくらいしかやってませんから。あとはナイフを2本くらい持ってますわ!」


「いいねぇ!それでいい。そういや一度ロイ・ホーキンスと手合わせさせてもらった時にゃ、間合いの外から吹っ飛ばしてきてびっくりだったぜ!」


「おじいちゃん⋯⋯」


「ケイ!何おしゃべりしてんだ!!さっさとしろ!」


 未だ出てこない三人に対してエーデルが扉から叫んでいる。


「おぉ、こわいこわい。じゃあ出発するか」


「「はい!」」


          *


 カーライル山岳地帯。モンスターや盗賊が潜んでいるため住民や観光客が寄り付くことはあまりない。しかし広大な山岳の奥地は未探索区域も多く、よく探索者や冒険者が探索している。


「そしてアッシュロンドが初めて目撃された場所⋯⋯でももう調べ尽くしてるんじゃなくて?」


「多分ね。そもそも新発見を求めてるわけじゃないしね」


 そんな山岳でも比較的安全と言われる街に近い山の中腹、たまに襲ってくるモンスターを追い払ったり倒したりしながらフィールドワークを行なっている。


「とりあえずレポート書けばいいからって言われたし」


「そうですわね。遺構、植生、生物などなどなんでもいいから纏めてこいともね」


「だからなんでもいいから記録を取って帰るよ!」


「そうね!ところでケイさんとエーデルさんは大丈夫ですかしら?」


「おう!大丈夫さ!」


 ケイはそう言いながらリザードの首を刈って倒す。反対側ではエーデルがリザードの頭をフレイルで叩き潰していた。


「私も。でもいつもよりモンスター多くないか?心配だぞ」


「確かにな。早めに切り上げて退散した方が良さそうだな」


 その時、メキメキと木をへし折る音が聞こえてきた。4人とも音の方向へ顔を向ける。

 巨大な影が地に広がった。その主は巨大なホーングリズリーであった。ツノの生えた青黒いクマで、よく討伐対象にされるほど凶暴である。その巨体とその中に詰められた筋肉から繰り出される攻撃は人間を軽々空へ打ち上げるほどである。


「ホーングリズリー⋯⋯」


「ひぃ⋯⋯」


「でかっ!嘘だろおい!」


「驚いてる場合じゃねぇ!逃げるよ!」


 ホーングリズリーは咆哮を響かせながら右前足を振り上げる。


「ちぃ!!防護術!『鉄剛盾』!」


 ケイが左手の小盾に魔術をかけ、ホーングリズリーに向けて構える。小盾から光が溢れ、紋様が形作られる。その紋様がホーングリズリーの爪を弾き返したが、紋様も吹っ飛んで消えてしまった。


「けっ!一撃かよ!!」


 ホーングリズリーは一つ吠え、足がすくんだミアに向けて前足を振り上げる。


「ふんん!!」


 エーデルは後ろから距離を詰め、ホーングリズリーの巨体を踏み台に飛び、その頭にフレイルを叩きつけた。

 ホーングリズリーの体勢が崩れるがなんとか踏みとどまった。そして尚も頭に張り付いてフレイルで殴りつけるエーデルを引き剥がそうと大暴れする。


「ほら!今のうちに逃げるわよ!!」


「うぅ⋯⋯」


 アミルがミアを引っ張るが、腰が抜けたのか立ち上がれない。

 無理矢理引きずって逃げようとするアミルだったが、そこにホーングリズリーの剛腕が迫る。


「くっ、エーデルごめんなさい!!ケイさんお願いします!!」


「え?ひえぇぇ!!!」


 咄嗟にアミルはエーデルの首根っこを掴んで力任せに思いっきりぶん投げた。エーデルの安否に構っている暇もなくアミルは防御体制をとる。ホーングリズリーの剛腕がアミルを捉え、ボールのように吹き飛ばした。


「やべ!!」


「待て!ぬぅ!!まずはこいつだ!!護衛対象の!ふん!!一人も守らねば!!ふんぬぅ!血のシャワーになってないから!おそらくまだ生きてる!!オラァ!!ケイは!!距離を取りながら!!護衛しつつ!!援護ぉ!!」


「おぉぉう!難しいこと言いやがる!!ほら下がって!」


 そう言ってケイはエーデルを守るように立ち、ホーングリズリーに向けて盾を構えた。


          *


「おぉぉぉぉどっこいしょ!!」


 その頃、吹っ飛ばされたアミルは枝をなぎ倒しながら落下し、地面で必死に受身をとってごろごろ転がった。


「いてて⋯⋯助かったの?」


 枝を払いながらアミルは周囲を見回す。鬱蒼とした森。木々の枝葉が日光を遮り、あたりは昼にもかかわらず薄暗かった。もちろん三人の姿はない。


「あらら?どこまで飛ばされたのかしら?位置把握をしながら帰ることを試みるべき?それともこの場で身を守りながら待つべき?うーん⋯⋯」


 うーむ、とアミルは腕組みをしながら考える。


「おぉ〜?お嬢さんん?こんな所にいたら危ないぜぇぇ?」


 その時ガサガサと多数の男が現れた。古く汚らしい服装の下品な笑みを浮かべるいわゆる山賊である。


「おじさんたちについてきなよ?街まで送るぜ?」


「⋯⋯あら?これはこれは」


 アミルはにっこりと笑う。


「善意じゃなさそうですわね?誘拐目的ですか?」


「おいおいわかってんなら話がはえぇなぁ。大人しく捕まってもらおうか?」


 いつのまにか囲まれている。その中でもアミルはスマイルを崩さないが、ゆっくり構えをとる。


「いえ、貴方たちに引いてもらいますわ。『拳豪』ロイ・ホーキンスの孫として稽古は受けていますわ。骨まで砕けて再起できなくなるまで殴りますけど⋯⋯そうなりたくないならお帰りください♪」


 一気に殺気が溢れる。周りの山賊も流石にたじろいだ。


「お⋯⋯おいオメェら相手は女一人だ!!何ビビってんだ!!やれ!!」


 山賊の何人かが飛びかかった。誘拐と言っていたが幾人かは短刀を持って襲ってきた。だが、それはアミルにとって問題ではなかった。拳、肘打ち、投げ飛ばし、蹴り⋯⋯短刀はガントレットで防ぎつつ瞬く間に飛びかかった全員を打ちのめした。


「シャァァァァァ!」


 およそお淑やかな女性からは出ない雄々しい裂帛の気合がアミルの口から漏れる。


「なっ⋯⋯」


「普段ははしたないと言われますけれども⋯⋯今は緊急ですもの!全力でボコボコにしますわよ!そこを退きなさい!!」



           *


「ぐえー」


 数十分後、アミルは鎖でぐるぐる巻きにされて牢の中にいれられていた。壁は整えられていない岩肌で床もある程度平らになっているとはいえ人を入れるようにはなっていない。山賊はどこかの洞窟を拠点としているらしい。


「うぐぅ、ある程度ボコしたとこまでは良かったですけど⋯⋯まさか痺れ粉三つも顔面に投げられるとは思いませんでしたわ⋯⋯」


「投げつけたやつモンスター用なんだが⋯⋯なんでまだ喋れてんだよこの脳筋⋯⋯お前1人捕まえるのに被害がデカすぎるよなぁ、みんな半分意地だったなぁ。」


 見張りの山賊も呆れている。


「誰が脳筋ですか!!私、今をときめくダーリル大の学生ですわよ!」


「いいところのお嬢様かよ。身代金たくさんせびれそうだなぁ?」


 そう大笑いする山賊。いますぐにでもぶん殴ってやりたいアミルだが、流石に金属製の鎖を引きちぎるほどのパワーは持ち合わせていないので、芋虫みたいにジタバタするだけだった。

 しばらくして疲れて休んでいるところにいくらか仲間がやってきて担ぎ上げられた。しばらくえっちらおっちら運ばれてある部屋に放り込まれた。

 部屋の壁際に大きい椅子が置いてあり、そこに筋骨隆々のむさいおっさんがどっかり座っていた。いかにも山賊のドンみたいな格好のやつだった。


「ほーう?こいつが俺の部下を3分の1を拳で殴り倒した奴か?」


 よく見るとこめかみに青筋が立っている。


「うるさいわおっさん。正当防衛よ」


「おっさんとはなんだおっさんとは!俺はまだ若いわ!!」


 めちゃくちゃキレた。


「まぁいい。見張りから聞いたが貴様お嬢様らしいなぁ?」


「⋯⋯」

 

「貴様を人質に身代金が取れそうだなぁ?」


「⋯⋯やめといた方がいいですわよ?うちのおじいちゃんとお父さんとお兄ちゃん2人が殴り込みにきますよ?勉強のために修行が途中で止まっている私よりめちゃくちゃ強いですわよ⋯⋯?」


「⋯⋯」


 絶句した。


「ま⋯⋯まぁそこまで言うならやめておこう。顔もそれなりにいい。いい値段で売れるだろうよ」


 そう言いながらドンはニヤニヤ笑っている。そばにいる護衛も下品な笑みを浮かべている。


「ぎぎぎぎ⋯⋯」


 アミルは何もできないことが悔しくて歯軋りしてものすごい顔をしている。


「⋯⋯なんだテメェ舐めてんのか貴様ぁ!!」


 突然ドンが立ち上がって簀巻きにされたアミルを蹴飛ばした。ゴロゴロ転がって壁に激突した。


「いったぁ!!怪我したらどうしますの!!」


「ちったぁ怪我したら暴れなくていいだろう?ははは!!」


 アミルの抗議を笑って無視するドン。アミルの中で色々な最悪なケースが浮かんでだんだん青くなる。


 ガンッ!!


 突然扉が乱暴に叩かれる。


「⋯⋯あぁ?誰だ?」


 ガンッ!!


 ドンが聞くも扉を叩く音は止まらない。というよりも扉を壊そうとしているようにも聞こえる。


「おい、おめぇら」


 ドンは護衛に合図する。護衛は各々自分の武器を構えた。

 尚も叩く音が続き、ついに扉が破壊された。と同時に灰のようなものが奥から溢れる。


 カチャン⋯⋯カチャン⋯⋯


 金属が擦れる音を響かせながら、破壊した奴が現れた。


 灰を纏った所々錆びた古びた銀の鎧の両手に斧を持った騎士であった。その前面右側が大きく裂けた兜をアミルは見たことがあった。


「⋯⋯トゥール⋯⋯さん?」


「⋯⋯」


 トゥールは何も言わない。よく見ると両方の斧に赤い液体が付いている。そして、鎧の隙間から白い灰が絶え間なく落ち続けていた。


「きっ⋯⋯貴様!何者だ!!俺の部下がいたはずだろう!!」


「⋯⋯全員殺した。あとはお前らだけだ」


 狼狽するドンに対し、トゥールは死刑宣告のように淡々と告げ、斧をドンに向けた。


「やっ⋯⋯やれぇ!!」


 ドンの叫びにも似た命令により、護衛の1人が飛びかかった。刀にエンチャントしているのか、斬撃が強化されているようだ。しかし、その刃は全て避けられ、まわりにあったものを切るだけであった。トゥールはそいつの顎下に向けて右腕で掴んだ斧を振り上げた。そいつは頭を両断され絶命した。ぐちゃりと自分の顔だったもののと共に倒れる。

 トゥールは振り上げた斧をそのままもう1人の護衛に向けて投げつけた。それはバトルアックスであって投げるためのトマホークではなかったが、もう1人の護衛の頭を綺麗にかち割った。脳漿と血液を噴き出しながら後ろに倒れ込んだ。


「ひぃぃ!!」


 簀巻きで転がされているアミルの目の前に顔面の割れた死体が倒れてきて悲鳴をあげる。

 しかしそれを誰も気にしない。

 最後の1人は鎖鎌の鎖をトゥールの左腕に絡ませた。しかしトゥールはそのまま力づくで鎖を引っ張り返し、よろめいたそいつの腹に膝蹴りを食らわした。くの字に曲がったそいつの背中を踏みつけながら、今度はどこからともなく鎖を引き出した。

 というよりも手の平から直接出ているように見える、灰色と燻った火の粉のような赤色の鎖だった。それをそいつの首に引っ掛け、踏みつけながら鎖を上側へ引っ張り上げた。最後の1人は首が絞められ、泡を吹いて首を引っ掻くが、やがてゴキッという音と共に脱力した。トゥールはその死体の頭を念入りに踏み潰す。


「⋯⋯」


 45秒。トゥールが3人の山賊を物言わぬ死体にするまでたったそれだけしかかからなかった。

 そして次の標的に顔を向けるトゥール。


 ドォン!


 トゥールの首が吹っ飛んだ。ドンが携帯型バリスタをぶっ放したからである。しかも元々対モンスター用の強力な弾丸である。頭がガチャンと音を立てて転がり、体は倒れる。


「ふ⋯⋯ふはは!!貴様が誰であろうと!頭を吹っ飛ばしちまえば死ぬんだよ!!」


 勝ち誇るドン。だが、すぐにその顔は青ざめた。

 むくりと首のない体が起き上がった。しかし血の一滴も溢れていない。代わりに灰のようなものがこぼれた。体は手探りで頭を探し、乗せた。見る限り首は既につながったようだ。


「お⋯⋯お前まさか⋯⋯灰舞う騎士アッシュロンド!!絶滅したはずじゃ⋯⋯!!」


 ドンは尻餅をつき、後退りする。今まで幾度となく犯罪行為を犯し、危険な状況をくぐり抜けたドンでさえ、灰舞う騎士アッシュロンドへの恐怖からは逃れなかった。その恐怖は人間にも魔族にも心の奥に植え付けられたものである。


「⋯⋯そうだ。貴様らの罪、死をもって贖わん。そのために我々がいる」


 そう言って斧を振り下ろした。ドンは頭を叩き割られ、絶命した。


「⋯⋯」


 アミルはこの光景を見て絶句していた。そして次は自分だと絶望していた。目の前にいるのは死の恐怖そのものである。剣やバリスタ程度ならそれほど怖くないアミルであっても、4人殺した不死の死神が怖かった。

 トゥールは無言でアミルに近づく。


「ひっ⋯⋯こっ、ころさないでぇ⋯⋯まきこまれただけぇ⋯⋯」


「わかったから一旦黙れ」


 トゥールはアミルを転がして鎖の繋ぎ目を見つけると、両手で引きちぎった。


「あっ⋯⋯ありがとうございます」


「礼はいい。立てるか?」


「えぇ⋯⋯痺れは抜けましたわ⋯⋯」


「そうか」


 そう言うだけ言って死体に突き刺さったもう一本の斧を引き抜き、立ち去ろうとするトゥール。


「ちょっ⋯⋯ちょっと待って⋯⋯」


 思わず必死に引き留めるアミル。


「簀巻きにされてつれてこられたんですわ、申し訳ないのですが、出口まで連れてってもらえませんか?」


「⋯⋯構わん」


           *


「⋯⋯」


「⋯⋯」


 洞窟を歩く2人。会話はほとんどない。洞窟内はスプラッタ映画みたいな光景だった。飛び散った血液、首のない死体、視界内にそれらが見えないことはない。

 アミルはそんなものでは動じなかった。祖父の道場で血くらいはよく見るからだ。今の彼女はそれどころではないのだ。


(⋯⋯本物の灰舞う騎士アッシュロンド⋯⋯!知りたい⋯⋯!灰舞う騎士アッシュロンドの情報なんてあんまりないんですもの⋯⋯知りたい知りたい知りたい!!)


 武闘家としての道があったアミルが修行を途中で切り上げてまでダーリル大への進学を希望したのはこの性格が理由である。

 知識欲、未知のものや情報がないものに対しての知りたいという欲求が強い。そしてその欲は学問に向けられた。だからこそ目の前にいる未知アッシュロンドを知りたいという欲が高まってきたのである。


「⋯⋯トゥールさん。聞いても宜しくて?」


「⋯⋯なんだ」


「トゥールさんは灰舞う騎士アッシュロンド⋯⋯なのですわよね?」


「⋯⋯そうだが?」


「大戦の時、灰舞う騎士アッシュロンドが人間も魔族も殺したのはなぜなのですか?大学の書物には書かれてませんもの⋯⋯」


「⋯⋯それが我々の役目だからだ」


「それでは答えになってませんわ」


「⋯⋯なぜ答える必要がある?」


 トゥールはアミルを睨む。顔が見えないのでそう見えるだけだが。だが欲求に忠実になっているアミルは止まらない


「あなた方の話は学術的にもとても価値がありますもの。灰舞う騎士アッシュロンドへのインタビューは前例がありませんわ。それに私が知りたいってのもありますわね」


「⋯⋯ふん。正直だな。そういう奴は嫌いじゃない」


 その言葉に感情は乗っていない。あくまで淡々としていた。


「我々は大戦を止めるために古き断罪と灰の神レムルから遣わされたいわば来訪者レイダーの亜種だ」


来訪者レイダーの亜種⋯⋯来訪者レイダーは人間側で信仰されているエレガスと魔族側で信仰されているダイン・テベの2柱の主神が異世界から飛ばしてくると言いますが、レムル⋯⋯第3の主神?」


「主神⋯⋯アレが主神と言っていいかはわからんがな。ともかく、レムルは2柱の代理戦争を快く思っていなかった。だから13人の我々を我々をこの世界に呼んだ。だが止める方法が人道的じゃなかった」


「⋯⋯というと?」


「レムルは共通の敵ができれば2国が協力して対処すると思ったのだ。だから何もかもを殺させた。我々の負担も考えずにな」


来訪者レイダー灰舞う騎士アッシュロンドも転移前は普通の人間らしいですものね。いきなり人を殺せと言われても⋯⋯」


「だがやらねばならなかった。我々は人間でも魔族でもない。一度死んで、醜い姿と不死の呪いと引き換えに召喚されたただの操り人形だ。望むと望まないとね?導きは⋯⋯アレしかなかった」


 と、兜のバイザーを少し上げる。その奥の顔は焼け爛れたような、黒ずんだミイラのようだった。

 少しの沈黙。だがトゥールに後悔している感じはない。そもそも何に対しても何も思っていない風だった。


「⋯⋯あぁ、13人いらっしゃるそうで、今はどこに?」


「⋯⋯今は私含めて6⋯⋯いや、5人しかいない」


「え?5人?減ってません?」


「⋯⋯後の7人は私が殺した」


「え?」


 衝撃の告白にアミルは絶句する。


「人数が13人ってのは微妙な数字だと思わないか?」


「⋯⋯」


「この世界の12英雄になぞらえた12人と番外である私。そして番外である私には別の命令が与えられた。それが狂った同胞の粛清」


「⋯⋯そして、7人」


「そうだ、そして狂った最後の1人を殺すために私は旅している」


「⋯⋯他の4人は?」


「1人は南で商売をしているらしい。1人は海を渡ったらしい。後の2人は、ある山奥の村で隠遁生活をしているらしい。⋯⋯終戦後、会ったことはないがな。1人には恨まれているからな」


「⋯⋯後悔はないの?」


「ない。私がやるべきことをしたまでだ」


 即答だった。7人同胞を殺し、無数の魔族と人間を殺し、さらに同胞の1人を殺すために旅する男の口ぶりではなかった。そもそも正気ではないのだろう。


「⋯⋯なんで今も殺しを?」


「⋯⋯我々には罪が見える」


「罪?」


「そのままの意味だ。罪深き者からは黒い灰が出ているように見える。私はそれを見つけ、追跡し、殺す。灰舞う騎士アッシュロンドの私にはぴったりだろ?」


「それは人殺しって言う立派な罪では?」


「人間でも魔物でもない私に法律が通るとでも?ついでに悪人も減る。悪い話じゃない」


「⋯⋯」


 再びの沈黙。


「ともかく出口だ。ここで話したことは発表するなりなんなりするといいが、好奇心で我々を探るのはやめておいた方がいい」


「⋯⋯?」


「比較的まともな者はともかく、俺の探している奴と鉢合わせした場合が危険だ。そうでなくとも私も含めて平気で人を殺せる狂人どもだ。次会って生きて帰れる保証はない」


 洞窟の入り口でトゥールは立ち止まる。外はもう日が傾き、空がオレンジ色に染まっていた。


「⋯⋯優しいのですわね?目につくもの鏖殺する灰舞う騎士アッシュロンドのセリフじゃありませんわね」


「忠告だ。お前のような奴は好奇心の赴くまま動くだろうからな。そしてもう大戦じゃない。みんな自由にやっている。みんなみんな殺すわけじゃない」


「そうですの⋯⋯それとレディを山に置き去りにするわけ?」


「ふん、お前はもう帰れる」


「それはどういう⋯⋯」


「アミルちゃーん?」


「どこだー?」


 遠くからアミルを呼ぶ声がする。


「ケイさん?エーデルさん?もうここを見つけ出したの?ホーングリズリー倒して山越えてここまで来たの!?そしてトゥールさんはなんで来ているって⋯⋯」


 と、アミルはトゥールの方を見るが、もう既にトゥールはもうどこにもいなかった。足元に小さな灰の山があるだけで、それもすぐに風にさらわれて崩れて無くなった。


「⋯⋯ふん、エスコートがなってませんわね」


 アミルはそう呟いた。


          *


 なんとか帰ることができたアミルは、そのままレポートを書き始めた。数時間かけて書き上げたレポートは教授の間で議論となった。灰舞う騎士アッシュロンドとの邂逅と会話、その記録である。目撃しただけならともかく、大戦の死神と会話してそのまま無事に帰ってきたと言うのである。それは目的も総数すらも不明だった彼らの情報の一部であった。当然アミルは教授に質問攻めにされた。もう何時間も詰問されてヘロヘロになっていた。


「ぐぇぇ⋯⋯容赦がないですわぁ⋯⋯」


 部屋のベットにへたれこむアミル。しかし、その目の奥には煌々と執念の炎が燃えていた。


(へへへへへへ!燃えてきましたわ!灰舞う騎士アッシュロンド⋯⋯!知りたい!追うなって言われたけど⋯⋯トゥールさんごめん、私は愚かで強欲ですわよ!!知りたいことはとことん知りたくなる性分なのですわ!!)


 美しいお嬢様にふさわしくない狂気を含んだ笑みを浮かべた。

 アミルが探求者として灰色の死神を追う旅に出るのはこれ時から1年後となる。










       

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