第十七話 第四生

「何をしているオキシオ!それで次期陛下をお守り出来るのか!剣を持て!」

 父親が叫ぶが、聞こえないふりをする。

「オキシオ!聞いてるの?ちゃんと勉強なさい!」

 母親が叫ぶが、聞こえないふりをする。

 そうして、何もしないオキシオの人生を送った。

 両親はオキシオと縁を切り、靴屋を営む親戚の家にオキシオを預けた。


「あの子『傷の戦士』なんでしょ?すごく期待されてたのに、何にも出来ないんですって」

「傷も自分で作ったんじゃないかという噂だよ。両親の気を引くためにね…才能がなくて嘘がばれてしまったようだけど」

「はぁ、役に立たない子を譲られても困るんだけど、立場的に逆らえないのよね」

 親戚の小言はしっかりと聞こえていた。しかし何を言い返すでもなく、黙ってそれを聞いていた。



 何をしても無駄だと思った。鍛えても、学んでも、勇気を出しても。それが全て裏目に出る。被害者たちを守ることはできない。ならもういい、何もしたくない。

 実際、4回繰り返すオキシオという人生で、今が一番楽だった。厳しい両親はもういない。靴屋は程よく忙しい。このまま他の『傷の戦士』に干渉することなく生きれば、皆幸せになれるはずだと、思った。


「いやー驚いたよ。あの服屋の親戚に、同じ『傷の戦士』がいるとはねぇ」

 のらりくらりと生きて17年。

 皮製品の荷運び。服屋の両親がいつも頼りにしているは、ジュナインだった。いつもは両親も一緒だが、今日は忙しいらしく、荷運びはジュナインとオキシオの二人きりで行われた。

「君、昔からあの家にいたの?あそこ、確か子供がいなかったような気がするんだけど」

「違う、実の両親に勘当されて、あの家に引き渡されたんだ」

「あらら、そりゃ可哀そうにね。何したの?」

「何も、何もしなかったから追い出された」

「あっは、そうなんだよねー何もしなくても親って怒るよねーなんかしても怒るけど。ほんと難儀だ難儀だ。あっはっは」

 そうえいば、今のジュナインには前世の記憶があるのだろうか…。マティスの中身は母親の様なので、あるはずだ。落石事故後、オキシオが引き取ることにより、ジュナインの人生は大きく変わったが、あのまま人生が住んでいるとすれば、大量殺人犯になっているはずだ。

 そう思っても、不思議と怖くはなかった。

「『傷の戦士』って苦労するよね、何かと色々言われて」

「お前も相当苦労してきた顔しているな」

「わかる?でも今は楽しいよ」

 ジュナインはほくそ笑む。人を殺して、楽しんでいるのか…。


 あ、とジュナインは声を上げた。

「荷運びついでにちょっと寄り道してもいいかい?リンゴ農園にも行く予定があって、ついでにリンゴも運びたくて」

 リンゴ…エリシアのところか。

 自分から繋がりを絶とうとしているのに、何もしていなくても『傷の戦士』は引き寄せ合あってしまう。これも、これすらも罰なのか?


 しばらくしてリンゴ農園に到着する。

 エリシアの父親が出てくる。

「よぉジュナイン、今回も頼むぜ」

「はぁい、あ、オキシオ、俺ちょっとこの人と話すことあるから、あっちのベンチに座って待っててよ」

「わかった」

 辺りを見渡すが、エリシアがいる様子はない。少し安堵する。

 ジュナインに言われた通り、少し離れたところにあるベンチに腰かけた。すると、隣に誰かが座った。



「こんにちはオキシオ、初めましてと言うべきなのかしら?」

 隣に座ったのは、ユーリィだ。



 オキシオは立ち上がり後ずさった。

「なぜあなたがここに!」

「前からあなたのことが気になっていたんです。でも避けられているようでしたから、『傷の戦士』の情報を得て、ジュナインとエリシアに協力を求めました。二人とも最初は渋っていましたけど、こうして協力してくれました」

 オキシオは頭を抱える。

 どうやったって、彼らと関わるしかないのか…。

「やめてくれ」

「はい?」

「お帰り下さい。お話しすることはありません…関わらないでください」

「…あなた、前世の記憶があるんじゃない?」

 ユーリィに問いに、オキシオは驚きながら顔を上げた。

「どうして…」

「理由はありませんが、なんとなく…あなたのご両親は、あなたを立派な『傷の戦士』として育てるつもりでしたが、あなたは何もしなかった。そして城を追い出された。私にはそれが、同じく『傷の戦士』である、私は陛下、ラティスから逃げているように思えたのです」

 ユーリィはまっすぐに、オキシオを見る。

「まるで罪から目を逸らすように、私達被害者から距離を取っている。私にはそう思えました」

 オキシオが息をのんだ。


「あなたなのでしょ?あのバス事件の犯人は…」


「…そこまでわかって…」

 オキシオは呆然と、つぶやく。

「そこまでわかっていて…なぜ俺を放置した。なぜ殺さなかった。なぜ一人で会いに来た」

「死なないためです」

 ユーリィが立ち上がり、オキシオに近づく。

「陛下も、逃げだしたあなたが怪しいと思っています。もし陛下がこのことを知れば、あなたを殺すでしょう。しかしそれで終わると思いますか?私は、あなたが死ぬことが、この人生における悲劇の始まりだと思うのです」

 そうだ…自分だけが死んで終わればそれで良い。しかし、今までの再生の中で、自分が死んだ後も物語は進み、それぞれが苦しんできた。


「じゃあ俺にどうすればいいと言うんだ!」

 オキシオは叫んだ。

「俺が死ねば終わらせてくれ!自害させてくれ!もう再生なんかいやだ!もうどうでもいい!俺が殺した奴らなんて…好き勝手に生きていけばいい!お前らがどう生きてどう死のうと、もう構わない!頼むから、頼むから放っておいてくれ!」


 ユーリィは、目を伏せた。

「ごめんなさい…私にはあなたを救うことは出来ない」

「やめてくれ…君に救われたいなんて思ってない…頼むからもう見逃してくれ」

「…わかりました。そうしましょう」

 え、とオキシオがユーリィを見る。

「この国から出ていくのです。もう二度と戻ってきてはなりません。私達の前に姿をさらしてはなりません」

「そんなことで良いのなら…」

「あなたは、私達、被害者から離れて、別の人生を歩むのです」

「別の…人生?」

「殺人犯ではなく、オキシオとして」

「そんな生き方が許されるのか?」

「わかりません。しかし、前の記憶に蓋をすること、悪いことではないと思います。『傷の戦士』として生まれ変わった被害者たちも、全く違う人生を歩んでる。記憶があるからと言って、わざわざそれに干渉する必要はないのです。私も忘れます。マティス様にはあなたが行方不明になったと言っておきます。国外に逃げられるよう、手配しましょう」

「わかりました」

 オキシオは頷いた。

「女王陛下、一年だけ待っていただけませんか?」

「構いませんが、何ですか?」

「少しだけ、『傷の戦士』の運命を変えていきたいのです」

「良いでしょう」

「ありがとうございます」

 オキシオは、ちらりとジュナインを見た。家から出てきたエリシアと何か話している。



「手遅れでなければ…どうか君たちが手を取り合って生きていけるように…」





 一年後、ジュナインは靴屋で働いていた。ジュナインの仕事をぶりを、靴屋の店主が満足げに見ている。

「ジュナイン君、この一年で才能開花させたね。オキシオの紹介だったけど、君をバイトとして雇って良かったよ」

「もうこっちが本業になっちゃいましたけどね」

 ジュナインが笑う。

「運び屋からは完全に足を洗うのかい?」

「はい。靴屋の仕事は本当に楽しくて…もっと早くあなた達に会っていれば…いえ、本当にオキシオには感謝ですね」

「そうだね。でもまさか、逆にオキシオが運び屋になるとはね」

「荷運びする体格にも恵まれていますし、案外オキシオもあっちの方が向いていたのかもしれませんね」

「そうかもしれんな」


 そう二人が話していると、ジュナイン!と外から声が聞こえた。

「エリシアだ」

 ジュナインが窓の外を見る。

「今からワイトと昼ご飯食べに行くんだけど、一緒に行く?」

 エリシアの隣で、ワイトが手を振っている。

 ワイトは元々は酒屋の子であったが、オキシオの紹介でリンゴ農園で働くこととなった。今は住み込みで働いている。

「わかった、一緒に行くよ」

「オキシオはいないの?」

「あいつは早朝から荷運びに出たよ」

「相変わらず忙しいのね」

「運び屋はいつでも忙しいんだよ」

 ジュナインが苦笑する。


 ジュナインが急いで出かける準備を済ませ、外に飛び出した。

「ねぇ、明日私達の誕生日でしょ?プレゼント交換しない?」

 エリシアが目を輝かせて言うと、ワイトとジュナインはめんどくさそうに目を細めた。

「ちょっと二人とも!なによその顔!」

「面倒くさいって顔」

「それにエリー、明日は戴冠式でもあるだろう?そんな暇ないよ」

 ワイトが言うと「そのあとよ!」とエリシアは少しむくれながら言った。

「そんな急に、プレゼントなんて用意出来ないよ。ね、ジュナイン」

 ワイトがニコリと笑いながらジュナインを見た。

 ジュナインがビクッと体を震わせた。そしてワイトの耳に顔を近づけ小声で言う。

「匂わせるなよ、ブレスレットをはサプライズで渡すんだから」

「わかってるって」

「二人とも、何こそこそ話してるのよ」

 ん?とワイトがエリシアを見る。

「どっちみち、明日は戴冠式の後、僕は実家に顔出そうと思ってるし、プレゼント交換は難しいかな」

「えーそっか、じゃあ仕方ない。ジュナインは用意してよね」

「気が向いたら用意するよ」

「もう!なんで二人ともそんなに冷たいの!」

 エリシアが起こる姿を、二人は笑ってみていた。










 そのころ、マティスはオキシオからの手紙に目を通し終えていた。手紙には、今までの経緯と、マティスを含めた被害者たちへの謝罪が書かれていた。

「それで?オキシオは今頃荷運びと称して、国外に逃亡しているというわけか?」

 ユーリィに尋ねると、はい、と彼女は答えた。

「どうして、こんな勝手なことをした。お前は、俺があの殺人犯をどれだけ恨んでいるか知っていたはずだ!」

 マティスは手紙を投げ捨て、ユーリィにつかみかかった。

「今からでも追いかけて殺してやる!」

「だめです、私は、陛下にオキシオを殺してほしくなくて、だからオキシオを逃がしたのです」

「なぜ!」

「その憎しみも苦しみも、私にも理解できます」

「出来るものか!子供を守れなかった辛さが!お前に!」

「わかります!あなたが戦争を嫌っているのは、前世の記憶があるからでしょう!そんなあなたなら、子供に「どんな理由があろうと、人を殺してはいけない」と教えているはずです!」

 マティスが息を止めた。

「私達は、前世で色んなことを学んできました。「復讐は新たな復讐を産む」ことは、多くの人が本や漫画で物語ってきました。「愛する人が殺されても、その人を殺してはいけない」理由も、多くの人が実体験としてメディアで語ってきました。それを通じて、きっとあなたも息子さんに「どんな理由があっても人を殺してはいけない」と教えたはずです。どれだけ恨んでも、どれだけ苦しくても、あなたのこの手で、人を殺めてはいけない。いいえ、私が今ここであなたに罰せられることになろうとも、私は必ずあなたを止めて見せる」

 ユーリィがマティスの手を握った。


「綺麗ごとと言われようと、私は言い続けます!嫌なことなんて忘れて、復讐なんか投げ捨てて、楽しく笑える人生を生きて!」


 マティスの眼に涙が浮かぶ。握られたその手に、マティスも手を重ねた。

「なんてひどいことを言うんだ…忘れられるわけないのに…目の前で息子を殺されたんだよ」

「わかってる、だから私も一緒に生きる。あなたが前世の記憶に苦しむときは、必ず傍にいる。笑えるようにする。こう見えて、前世の飲み会で披露したモノマネがものすごい受けてたんだから!少しは笑わせてあげられるはず!」

「笑わせるってそいうことなの?」

 マティスが、ふふ、と笑った。

「本当だ…笑わせてくれた」

「いや、まさかこんなことで笑うと思わなかった」

 ユーリィも笑う。

「ユーリィ、俺はまだあいつに復讐したいと思っている。でも、君の言葉を聞いて、君とこれから手を取り合って生きていけたら…君の言う通りになるかもしれなと少し思った」

「試してみてよ。必ず幸せにする」

「君、本当に前世はOLだったの?」

「漫画アニメ小説ゲーム全般大好きだったから、復讐物も見まくったエキスパートよ。復讐に燃える人が幸せになったストーリーだって読みまくってる」

「そうか、それは心強い」

 マティスとユーリィは笑い合った。












 国境付近。オキシオは馬から飛び降りた。なんの荷物も持たず、その身一つでこれから国境を渡り、隣国に入るのだ。

 その警護として、ラティスが同行していたが、その任務も完了した。

 さて、とラティスは馬に乗ったまま、オキシオが乗ってきた馬の手綱を引く。

「まさかこんな形でお前と会うことになるとはな」

 オキシオは振り返る。

「どういうことだ?」

「お前、サラブレットだっただろ?将来有望って有名人だったのは自覚あったか?俺も名前だけは知ってたんだよ。『傷の戦士』だったし、気になってた。まさか城から追い出されるとは思ってなかったけど…。お前、本当は強いの隠してるんじゃないか?」

「そんなことはない。俺は本当に、何もしてこなかったんだから」

「まぁ今更、どうでもいいけどな、達者でやれよ、同士」

「あぁ、お前もな、同士」

 オキシオは踵を返し、国境を越えたところで、振り返った。

「ラティス!」

「なんだ?」

「自信を持て!お前は国最強の男だよ!」

「何言ってんだ。お前に言われたって嬉しくないよ」

 じゃあな、とラティスは手を振り、馬を走らせその場を後にした。





 ジュナインも、なんとか軌道修正出来た。ワイトも家を出たことで良い傾向に向いた気がする。マティスのことはユーリィに任せるしかない。ラティスは、心配せずとも大丈夫だろう。

「願わくば、このままみんな、幸せでありますように」

 オキシオは、そう、願った。















「戻りましたね。121歳。病気の苦しみから解放するため、医師が施した安楽死ですか、罪人のあなたには不相応な死に方ですね」

「あんな歳まで生きるなんてな…」

「あなたには寿命もありません。誰かに殺されることでしか死ぬことは許されません」

「そういうことは早く行ってくれよ、悪魔さん」

 オキシオは苦笑する。

「あの後のマティス様達は…」

「マティスとユーリィの間に子が出来ました。マティスは戦争を完全に終わらせ、国は平和そのもの。エリシアとジュナインも結ばれ、ワイトはエリシアの妹と添い遂げました。ラティスも独り身ではありましたが、マティスに生涯尽くすことができた、幸せな生涯だったと言えるでしょう」

「良かった…本当に良かった」

 諦めていた…もう自分に償いは無理だと、彼らを無残な死から救うことは出来ないと思っていた。

 あの時、ユーリィが気づき声をかけてくれたから…。

「ありがとうユーリィ」




「では、5度目の再生を行います」




 オキシオは、絶望の海に突き落とされる。




「やめて…やめてくれ!!やめてくれ!!罪を償えと言うなら償う!どんな地獄も受け入れる!だからやめてくれ!みんな幸せになれた!そうだろ!それでいいだろ!」

「あなたの再生は、被害者たちが幸せになるためのものではありません。どれだけ皆が幸せになろうと、あなたが受けるべき罰のために、全て無に帰すのです」

「嘘だ、やめてくれ、頼むっ…」

「聞き入れません、さぁ、もう行きなさい」




 そして、オキシオとして、再生する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る