第十六話 第三生

 オキシオは悪魔の元に戻り、マティスの狂気を目の当たりにした。

「香澄…どうしてお前…こんなことに…」

「彼女はあなたと縁があります。死後、彼女の魂は、あなたの魂に導かれ、マティスとして産まれたのでしょう」

 悪魔が言うと、おかしいじゃないか!とオキシオは怒鳴った。

「前回はあの母親がマティスだった!なぜ条件が違ったんだ!」

「あなたの妻が転生することは、私の与り知ることではありません。例え転生ではなく、再生であったとしても、同じ道を、同じ人と歩むことは出来ないのです」

「じゃあ、じゃあなんで香澄は狂ったままなんだ…俺は普通に戻れたのに」

「あなたは罪を償わなければなりません。その罪の深さをその身に刻むために、平常心であったあなたでなければならないのです。なので私があなたをそうしました。しかし先ほど申した通り、あなたの妻に関して、私は全く干渉していません。おそらくあなたの妻は、死んだその時の魂を持って転生したのです」

「そんな…ぐぅ…」

 オキシオは頭を抱える。

「どうすればいい!あと4回!毎度条件が変わるなかで!どうやったら被害者たちがあんな…あんな死に方をしなくて済むんだ!香澄を元に戻せるんだ!」

「それを考え苦しむことが、あなたの罰です」

「あ、あ、ああ…」

 オキシオが絶望に打ちひしがれる。


「さあ、三度目です。行きなさい」




 オキシオの魂は、オキシオとして再生された。






 記憶は産まれた時から引き継がれていた。おそらく、これからずっとそうなのだろう。オキシオがマティスに触れる触れないにかかわらず、オキシオは記憶を持って生まれてくる。

 成長していく過程で、マティスを観察したが、一度目と同じマティス、つまり中身は母親であると推測出来た。彼が歩む道も、一度目とほぼかわらない。

 オキシオはそれに安堵した。ならば香澄は…と思ったが、そもそも香澄が転生していない場合もある。マティスではなく、ウィズリーとして転生している場合も…その場合、彼女は『傷の戦士』でないから巻き込まれることはない。その証拠に、一度目では接点を持たなかった。彼女の心配はしなくてよさそうだ。

 ジュナインに関しても、二度目と同じ行動を取った。

 彼の殺人衝動は、あの落石事故後、母親を殺し、その罪に問われることなく孤独に生きてきたことが原因だと思った。知識と仕事を与えれば、変われると信じだ。自分が、殺人鬼からこうして元の人間に戻れたように…。

 それは功を奏した。ジュナインは元々職人気質だった。スキルの有効な活用法が見つかったのも良かったのだろう。

 ユーリィは一度目のように淑やかになっている。おそらく早い段階で記憶が戻っているのだろう。ラティスもマティスに心酔している。エリシア、ワイトとは会っていないが、密かに様子を見に行った限り、今までと変わらない様子である。



 マティスが戴冠式を迎える数日前、ユーリィ、オキシオ、ラティスがマティスに呼び出されていた。これも経験がある。

「戴冠式後、『傷の戦士』を集めようと思っている」

 その言葉を聞いて、オキシオは確信する。この世界は、一度目とかなり近い。

「おぉ!それは良きお考えです!陛下は以前より、同じ『傷の戦士』を気にかけていらっしゃった。『傷の戦士』には必ず“特別な力”があります。その力の内容、その使い道は把握していた方が良い」

「そうだ。彼らが一国民であるとはいえ、その力は強大だ。力を弄ばないために、我々が、この目で彼らを見定める必要がある」

 ラティスは感心し、うんうんとうなづいた。

「ユーリィはどう思う」

「陛下のお心のままに」

 ユーリィは目を伏せた。

「オキシオはどう思う?」

 迷う、ここであの時同様、エリシア達を城に招き入れて良いのだろうか?ジュナインの生い立ちが変わったとはいえ、ワイト殺しをしないという確証はない。今のところ、詳細不明の死体も発見されていないので、ジュナインが密かに動いているとも考え辛いが…。

 前回は反対した。『傷の戦士』が集まれば何が起こるかわからなかったからだ。しかしその案は却下された。おそらく、今反対しても、結果は同じだろう。


 ならば…。


 オキシオはゆっくりと、マティスを見た。

「マティス様、彼らを集める前に、聞いていただきたい話があります」

「何だ?」

「あなたには前世の記憶がありますね」

 マティスが目を細め、ユーリィが驚愕し、ラティスは呆然としている。

「オキシオ、お前、何の話をしている」

「バスジャック事件。その犯人を捜しているのでしょう」

「オキシオ、どうしてあなたがそれを…!」

 ユーリィが思わず立ち上がる。

「お待ちください、何の話をなさっているのですか?」

 ラティスが困惑している。


 オキシオは、真っすぐにマティスを見る。


「その犯人は、私です」


 マティスは何も言わず、ユーリィはたじろいだ。

「…ユーリィ」

 マティスは静かにつぶやく。

「あ、はい」

「本当か?」

「はい、嘘はありません」

「そうか、手間が省けた。そうだな、もう『傷の戦士』を集める必要もない」

 マティスは立ち上がり、傍らの剣に手を添えた。

「オキシオ、いつから記憶があった?」

「産まれて間もないころより」

「じゃあお前は、あんな事件を起こしておきながら、何食わぬ顔で、衣食住不自由なく、今日まで幸せに生きていたんだな。俺が苦しんでいることを知りながら」

 マティスは剣を握り締めた。

 それを見て、オキシオはその場に跪き、首を差し出した。

「陛下、何をするおつもりか」

 ラティスが立ち上がる。

「止めるなラティス、これは俺が償うべきことだ」

「納得がいきません。ご説明ください!いくら陛下でもこのようなことは許されません!」

 ラティスがオキシオの前に立ちふさがる。

「いいんだラティス。これは俺が受けるべき罰だ。俺の死だけで済むならそれいい」

「何を言っているんだかさっぱりわからん!理由もわからずお前の首が落とされるのを、黙ってみてはいられない!」

「うるさい!お前は記憶がないからそう言えるんだ!邪魔だ!」

 マティスは叫び、立ちふさがるラティスの身体を片手で押した。



 その瞬間、ラティスが顔を歪め、その場に蹲った。

「あ、あああああああ!」

 オキシオは顔を上げる。マティスがラティスに触れた。ラティスの記憶が戻る。

「ラティス!」

「はぁ、はぁ、はぁ」

 ラティスが呼吸を荒くしながら、ゆっくりと顔を上げる。その目の焦点は合っていない。空を眺め、口は開けっ放しになり、よだれが滴り落ちている。

「ラティス?」

「やめろぉぉぉぉぉ!」

 ラティスがマティスの剣を奪い取り、その胸を貫いた。

「い、いやあああ!」

 ユーリィが叫ぶ。

「陛下!陛下!」

 ラティスは剣を抜き、マティスに近づこうとしたユーリィに剣を振りかざした。

「おい、なにしてる!やめろラティス!」

 オキシオが叫ぶも、その剣は無常にもユーリィを切り裂いた。

「やめろぉぉぉぉ!いたいいたいいたい!あついあついあつい!!!助けてくれ!殺される!助けてくれぇぇぇ!!!」

 ラティスがそう、叫び続けている。

 事件の記憶が、彼を狂わせている。

「どうして、どうしてこうなった…」

「近寄るな!やめろ!あつい!あついいいいいい!助けてくれーーー!」

「ラティス…」


 マティスとユーリィの血が混ざりあい、床を赤く染めていく。

 ラティスがこんなに混乱しているにも関わらず、マティスとユーリィは一度の攻撃で絶命している。【ロックオン】のスキルの所為で、ラティスの剣は必ず相手に当たるようになってしまっている。【ロックオン】がなければ、マティスとユーリィは助かったかもしれない…。ラティスは記憶を戻してはいけなかった。


 こんな…こんなはずでは…。

 ラティスの攻撃が、オキシオにも振りかざされる。しかしオキシオはそれを避けた。

「正常だったお前と練習試合を何度もしてきて良かった。【ロックオン】をこうして回避できるんだからな。ここでお前を止めなければ…お前がこれ以上罪を背負わないように」

「うわあああああああ!」

 オキシオは、ラティスから鮮やかに剣を奪い取り、その剣でラティスの首を跳ねた。



 足元に3人の死体が転がっている。

「なぁ悪魔よ…せっかくなら、誰も殺せないようにしてくれたら良かったのに…自殺出来ないとか、そんなことよりずっと必要なことだろう…なんでまた俺は、人を殺しちまってるんだ…」

 オキシオは、呆然と立ち尽くしている。

「何の騒ぎですか!…これは!」

 騒ぎを聞きつけた兵士たちが部屋に飛び込んできた。

「陛下、女王陛下にラティスまで…どうして…オキシオ!貴様が陛下を!」

「あぁ、殺した」

「…!捉えろ!」

「それじゃだめだ、俺は自分で死ねないんだ。ここで殺してくれ」

「何を言っている!貴様には聞かねばならぬことがたくさんある!惨たらしく死ぬのはそのあとだ!」

「そうか、じゃあこうすればいいんだな」

 いって、オキシオは剣を振り上げ、すでに亡くなっているマティスに振り下ろそうとする。

「オキシオ!貴様!」

 兵士たちがオキシオを取り囲み、その体を剣で切り裂いた。









「エリシア!」

 エリシアの父親が血相を変え、家に帰ってきた。

「びっくりした、どうしたのお父さん?」

「すぐに家を出るんだ!」

「へ?どういうこと?」

「城内で殺しがあったらしい、『傷の戦士』だったオキシオ様が、陛下と女王陛下、そしてラティス様を切り伏せたと。それで、『傷の戦士』が目覚めて暴走を始めたと町では大騒ぎだ」

「嘘…何それどういうこと!」

「わからない。町にいた『傷の戦士』だと言われていた少年のうち、一人は連行され、一人は抵抗したという理由で、その場で殺されたらしい…」

「そんな…」

 エリシアの顔が真っ青になる。

「お前は傷を隠してきたが、親戚にお前の傷のことを知っている者が何人かいる。お前も危ない!逃げるんだ!」

「逃げるって、どこに?」

「わからない…とりあえず国を出た方がいいだろう。いつもリンゴを運んでくれる運び屋に頼んで、リンゴに隠れてお前を国外に運んでもらう」

「嫌だよ!そんな…私そのあとどうすれば良いの!」

「国外の出荷先の商人に世話焼きの人がいる。俺も一緒に行ってその人に相談してみよう」

「嫌だ…私、家を出たくない…」

「今は耐えてくれ。頼む…お前が死んだら…」

 父親は泣きながら、エリシアの肩を持つ。

「うぅ…お父さん…うああああ」



 エリシアは声を上げて泣いた。












「ずいぶんあっさりと戻ってきましたね」

 悪魔の言葉に、何も返せない。

「三度目にしてようやくあなた自身が行動に移したかと思えばこれですか…みんなを死なせないどころか、皆を不幸にしてしまいましたね。あなたがあそこで死を選ばず、状況を話していれば、エリシアやジュナイン、ワイトは何もなく幸せに生きたかもしれないのに」

「あああぁ!くそ!くそくそくそ!」

 オキシオは床を何度も叩きつける。


 悪魔はため息をついた。

「耳障りです。もう行きなさい。これが4度目です」

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