「水中の記憶」
気がつけば、ホタルの体は水の中を漂っていた。
辺り一面が青一色の上下左右もわからない海中。
(どうしよう、今のアタシ息していないんじゃない?)
突如として沸き起こる不安の中、ホタルの目の前に一人の少女が現れる。
(うわー、大変だったんだよ。電気に全身打たれて一瞬動けなくなって。でも、おかげで回路とか電気をどう通せば良いかもわかったからね。結果的に、ここにみんなを呼ぶことができて良かったよ)
それはカネツキの娘であるオリ。ついで彼女の隣にもう1人の女性の姿が現れると(…お母さま、また友達が増えたんだよ)とオリは彼女に語りかける。
そこにいるのは虚ろな目をした女性。
ホタルは見覚えがあるものの、なぜかその姿に違和感を感じる。
(もしかして、この女性が…カネツキ夫人?)
それは、空間移動車で同伴したカネツキ夫人と同じ顔。しかし、あの時に会っていた彼女とは様子が異なり、髪が透けたような印象もなく、どちらかといえばその姿はクラハシと空間移動の際に見た死にかけの女性と同じ印象を受けた。
(…ああ、なんだ。アナタ、空間移動でお母さまと昔の私の姿を見ていたのね)
そう言うと唇を尖らせてみせるオリ。
(もしかしてアタシ、記憶を読まれてるの!?)
クラハシの話を思い出し背筋が冷たくなるホタルに(なーんだ、だったら最初から話した方がよさそうね)とオリは続け、周囲の景色が一変する。
(あのね。ここは最初、何もない水だけの空間だったの)
…再び見える、青一色の海。
しかし、そこに岩の塊が飛び込むと瞬く間に海中に揉まれ分解されていく。
(すごく暇でね、遊び道具といえば外から飛び込んでくる隕石ばかり。それを、
その海水は、どことなく緑がかっていた。
上には硬いものが張り巡らされ(…あとでガラス板だとわかったの)その先にある空洞から大量の見たこともない物体と(魚のことね!)緑色の水がこちらに向かってやってくる。
(これがモノリスに持ち込まれた養殖魚用の栄養剤とわかったのはもう少し後。でも、それ以上にすごかったのは、その水に混じっていた細長い細胞の集合体。それが1人の女性の髪の毛と知れて、とても新鮮だったわ)
その髪に水が触れた瞬間、水全体がざわめくのが感じられた。
(…それは記憶、私が初めて意思を持って獲得できた記憶)
『医者から診断結果が出たわ、私は子供を産めない体質みたい』
『ごめんなさい、せっかくアナタの力になれるよう頑張ってきたけれど…子供ができない体だと知ってから、もう、どうしたら良いかわからなくて』
『ねえ、ご両親からも言われているんでしょ?私が、代を継げないから離婚しろって、わかってる。わかっているから…』
ついで聞こえる、水中に何か重たいものが落ちる音。
その後に男性の声が響いていく。
『お願いだ、妻を生かしてくれ。私のせいで彼女が…』
(だから、なってあげることにしたの。彼女の子供にね)
惑星の中で降り出す雨。その雨水に微笑む少女の姿が映る。
(…でも、結局だめだった)
その下には空になった水槽と半分水に浸かった動かない女性の姿。
(カネツキは記憶ごと取り込めたけれど、お母さまはダメ。カネツキの記憶を抽出して姿だけは模すことができたけど、それは厳密には本人ではない…だから)
「だから、記憶を求め続けるのか。形の定まらない君に遺伝子を渡し、君をきみとして形作った母親の姿をさぐるために」
瞬間、水の中にクラハシの姿が見えるも、そこに憤るオリの声が重なった。
(そうよ、だから教えてもらいたいんじゃない!お母さまがどうやってこの星に来たかを。私に
(教えて)(教えて!)(おしえて)(教えて!)
水中に、割れんばかりの声をひびかせるオリ。それにクラハシは「良いだろう」と応じ、再び周囲の風景がゆっくりと変化し始める。
「…だが、後悔しても遅いぞ。この問題はとても根深く、そしてこの水底よりも暗いものだ。生まれたばかりの君にはかなりの負担になるかも知れないな」
そして、オリの視点の中でホタルはクラハシの過去を覗き込むこととなった。
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