「オープン日」

「雷神の降臨」

『ねえ、こっちに来てよ』『海の中においでよ』『色々な話を教えてよ』


 今や、雨の中や海中から透けた手足を無数に伸ばし、移動車の壁面をカリカリと掻いていくオリ。


「…どうやら、この形態になったほうが相手に恐怖を与え、従順にさせられるとこのお嬢さんは学習しているようだな。まあ、誰のイメージかはわからないが」

 

 妙なことに感心するクラハシに「すみません、まだ通信網が回復できなくて」と焦った様子でザクロは声をあげる。


「施設の内部にまで視線を伸ばしてますけど、どこもかしこも水が浸透していて…設備のショートもひどいですし、このままだとライフラインはおろか内部に入った水の圧力で土台ごと都市が崩壊するかもしれません」


「おやおや、そいつは困ったな」と、全然困った顔もせずに腕を組むクラハシ。


「ホタルくんには見えていないかもしれないが、今、同じ空間に保護している人たちも半ばパニックになっていてね。暴れてムリやり外にでもこじあけられたら厄介なことになる…まあ、いくつか手は打ってはいるが」

 

 言うなりクラハシは上を向いて「どうやら、そのうちの一つが来たようだ」と独りごちる。


「え、何が?」


 ホタルもつられて上を向けば、そこには球体状に雨の切れた空間。


 中には大型のチャリオットを駆る女性の姿がおり、彼女は豊かな金髪をなびかせ、手にした巨大なさすまたに似た道具を振るい、周囲に稲妻を走らせ、周りの雨を消滅させていく。


「本日のメインゲスト。宇宙交響楽団、特殊シンセサイザー奏者のアヅミ氏だ」


 クラハシの紹介とともに空気中にドオン、ドオンという音が鳴り響く。それは、ひどく大きくも、ホタルの耳にはどこか心地よい音のように感じられた。


「彼女はあのシンセサイザーを操作して演奏することを生業にしていてね。本来であれば今日のオープンを彩るゲストとして招かれていたはずであったが…」


 瞬間、女性がこちらを向き、その顔が驚いたものへと変わる。


(ウチの子に!何をするのよ…!)


 そう彼女の口が動いたような気がし、手にしたシンセサイザーを振るうと楽器から放たれた稲妻が周囲の雨や海面の上へとほとばしる。


『ぎゃあ』『痛い!』『やめてえ!』『ひいぃ!』


 それは当然の如く移動車へも伝わり、まわりに群がっていたオリたちや海中から飛び出していた魚の群れが電気に触れた途端に蒸発する。


 蒸気は海からも発生し、辺りは雨とも霧ともつかないものへと包まれていく。


「あ、通電で移動装置と気象装置が一時的ですが復旧しています!」


 施設を探っていたザクロがそう告げるなり、クラハシは上を向き「わかった。周囲の生き物も感電して今は動けないし…今しかないな」と床に手を触れ、開いた天井からアヅミがチャリオットを駆って飛び込んでくる。


「大丈夫?ザクロちゃん、怪我はない?」


 車の天井を開けたクラハシを素通りし、アヅミはザクロの元へと駆け寄ると、彼の全身を心配そうにぽんぽん叩く。


「…母さん、やめてくれない?一応、人が見ているんだけど」


 恥ずかしそうにザクロは視線を逸らすも、アヅミはそんなことはお構いなしに彼の体に異常がないか確かめ続ける。


「だって。母さんザクロちゃんのことが心配なんだもの。ちゃんとご飯食べているかなとか、眠れているかなとか…この前だって、母さん仕事先のホテルでね」


「あー、もー、やめて。僕も大人なんだからさ。子供扱いしないで」


 困った顔をするザクロに「…彼女はザクロの母親だよ」と説明をするクラハシ。


「だいぶん若く見えるがね、産休と体の衰えに理由に奏者としての仕事を辞めていたのだが、惑星間を回っている時に良い医者を見つけてね。今では楽団に復帰して惑星中を飛び回っているのさ」


 そこまで話すとクラハシは周囲を見渡し「さてと」と再び床を触る。


「早く、ここの気象を戻さないと。空間移動をしてきた人間が汚染された空気を吸ってしまったら意味がないからな」


「…汚染?」

 

 思わずたずねるホタルに「ああ。先ほども話したが、この惑星を覆う水自体が生物だったからな」と答えるクラハシ。


「ゆえに、この降り止まない雨でさえもその生物の一部であり、口内に吸い込んだ時点で、我々の体内で細胞の起き変わりが起きてしまうのさ」


 その言葉に「え?でもそれって変じゃない?」と困惑するホタル。


「今まで、この星で何度か雨に当たってはいたけれど体に何も異常は起きていないし。それだったら、ここにいる人たちだって…」


 そう言い淀むホタルに対し、クラハシは「そう、そのことに礼を言うべきは、このカモノハシたちだな」と、ホタルの持っている本の表紙を軽く叩くと、中にいるカモノハシを呼び出す。


「はい、何かご入用で?」


 そう尋ねるカモノハシに「聞きたいんだが、ここの水道管理の元締めはどこになる?」と質問をするクラハシ。


 それにカモノハシは「それは、サミダレ工房ですね」と簡潔に答えた。


「社名は子会社のものとなっておりますけど、電気ガス水道といったインフラ設備の大元はすべてサミダレ工房製。惑星で病気が発生した場合でも日々安全な水が飲めるように水質管理も怠りません…あ、そうそう」


 言うなり、カモノハシは外の海面を指さし「もちろん、モノリスの水についても一昨日の空間転移から検査した結果により水道水を含め、完全殺菌して安心してお使いいただける飲料水に変更しております」と、付け加える。


「具体的に申しますと、情報更新式ワクチン型マイクロチップを入れておりますので、異物を体内に入れてもワクチンが作用し、異物は体外へと排出される仕組みとなっています。この技術においてはすでに特許を取得済みで、登録番号については…ああ、閉じるんですか?説明は?」


「まあ、つまりはそういうことでね」と、さらに説明しようとするカモノハシを本の中へと押し込みつつ、クラハシはホタルへと向き直る。


「ゆえにここで働くことになった従業員や客に関しては安全性が保たれていたと言うわけだ。逆に、それを知らずに体内に入れてしまったのが…」


「親父を含め、モノリスができる以前からオーナーのカネツキ氏と交流があった人たちが犠牲となったと」


 そう答えるホタルに「そのとおりだ」とうなずくクラハシ。


「まあ、それもこれからの解析次第でどうにかなるだろう。なにしろ本題についてはインフラが動き出さないと…ついては、止まっている気象装置を動かさないと始まらないからな」


 ついでクラハシが上を見るといつしか雲が切れ、人工太陽の晴れ間が覗く。


「さて、ここからさらに通信用の衛生画像を復帰させて…」


 しかし、それ以上クラハシは言葉を続けることはできない。


『わかった。この建物はこうすれば崩れるのね』


 そんな声とともに突如として崩れる床。

 下に広がるのは『モノリスの雫』と同じ青い色を称えた深い深い海であり…


『おもしろい、クラハシ博士って生身だけど本当はじゃあなかったのね?』


 海中に響くオリの声。同時にホタルの体は海中へと没していった…

 


 

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