「プレ・オープンより」

「二人の逃走と這い回る影」

「…ちょっと、なんの真似?ってか、どうやってその姿になってるのよ!」


 思わず突っ込むホタルに落ち着き払ったクラハシは「まあ、企業秘密って奴でね」と冗談めかして答え、ホールのドアを開ける。


「まあ、見ての通り。今はプレ・オープンの後半。会場の上階に設けられた立食パーティが行われている状況だ」


 ホタルの手を取り、会場内をズンズンと進むクラハシ。


 プレ・オープンのために設けられたパーティだけなことはあり、豪華な室内には着飾った男女がゆうに200人ほどひしめき、彼らの手には特産の青色の酒の入ったグラスとテーブルに用意された料理の載った皿があった。


「本来なら私一人で行っても良いが、こうなった以上、インパクトがあったほうが良いだろうしね。それに君単独よりも私が同行していた方が安全だろう」


「だから、何を言っているのよ!」


 ホタルは腕を振りほどこうともがくも瓜二つのクラハシの握力は意外に強く、そのまま誰にも気づかれない中で2人は会場内を歩いていく。


「というか、何の真似よ。今だって、予定が狂ってメチャクチャなのに」


 イラ立つホタルにクラハシは「予定、予定か…」と含みありげな顔をすると、ホタルの顔を見て、こう問いかける。


「その予定とは、君の人生にとって本当に意義のあるものかね?」


「はぁ?」


 クラハシの質問にますます理解できないホタル。

 そんなホタルの腕をクラハシは引きつつ、一番大きな輪の中へと顔を出した。


「お父様、遅れて申し訳ございません。あら。隣にいらっしゃるのは、オオグマ弁護士事務所・前担当のコジシ様…久方ぶりにお目にかかりますね」


 そこにいるのは話の中心でカネツキ氏と歓談するミツナリ。隣にはどこか覚えのある女性の姿があるも、ミツナリがこちらを見るなり目が点になるとホタルの意識はそちらへと向かった。


「え、ホタル…お前」


 狼狽するミツナリの声に、思わず同情するホタル。


(いや、そうだよね。フツー遅れた娘が二人に増えたら混乱するわな)


 しかし、次にミツナリが発した言葉にホタルは思わず耳を疑った。


「なんでこんなところにいる?お前はクラハシと地下にいるはずだろ?」


「は?」


 今度はホタルの目が点になる番…だが同時にまわりからカタカタという音が響き、見れば会場にいる人々の手が一糸乱れず同じ調子で震えていた。


「なんで」「どうして」「そんなはずは」「逃げたの?」「誰が手引きを?」


 彼らの声にはゴボゴボと言う水音が混じり、今にもこぼれ落ちそうにグラスは大きく揺れ、その視線はホタルとクラハシへと集中している。

 

「え、ちょっと待って。なにこれ」


 思わず後退るホタルに対し、彼らと同じように「ゴボリ」と不気味な音をにじませるミツナリは一歩前へ出ると、確かにこう言った。


「捕まえよう、今すぐに」


「は…?」


 ついでホタルの腕がぐいっと引かれ、気がつけばホタルの姿が崩れるクラハシと共に群れる人々のあいだを走っていた。


「ありがとう、おかげで本を手に入れる時間稼ぎができた」


 その手にはミツナリが普段下げている本が握られており、今や彼女の顔は完全に見覚えのあるクラハシのものへと戻っていた。


「混乱しているようだから言っておくが、いま戻ることはオススメしない。一応言っておくと、ミツナリ氏はミツナリでありながら、すでにミツナリ氏ではない状態だ。あの会場にいた人間の大部分が彼と同じ状態と思った方が良いだろう」


「…どゆこと?」


 一切合切状況の飲み込めないホタルを尻目に、クラハシはホールのドアを勢いよく開けるとすぐ脇にあった非常階段を使い、外へと飛び出す。


「わかんない、一体なんなの!」


 思わず腕を振りほどこうとするホタルだが、未だにクラハシの握力は強く階段を降りざるを得ない。


「っていうか、親父に合流しないと。あのままには出来ないよ!」


 そう叫ぶホタルに「…ほう、それはなぜだい?」と問うクラハシ。


 宵闇の屋外。小雨の中でホタルは息を切らせつつ「だって」と掠れた声でクラハシに答える。


「アタシの身内だし。親父はアタシがいないと何もできないし、それに…アタシには親父がいないと」


 それに対しクラハシは前を見据えたまま、さらにこう問いかけた。


「なぜ、そこまで君は父親に執着する。ミツナリ氏が君にしてきたことは、父親以前に人としてどうかと、君は今まで思わなかったのかい?」


 その言葉にハッとするホタル…確かに今までホタルに対してミツナリが行ってきた行動は到底娘に行うものではなかった。


(いや、それだけじゃない)


 そう、ほんの数分前に見た建物の記憶。


 ザクロの話が本当であれば、あの場所で起きたことは事実であり、あの場にいたホタルの母親の様子がおかしかったことを始め、ミツナリの態度にも目に余るものがあったはず。


(…それなのに、なんで?)

 

 未だにホタルは上に戻ろうと頭の中で考えてしまう。

 ミツナリを保護しようと考えてしまう。

 もはや、その執着は異常とも言えるほどであり…


「そも、不思議だと思わないかい?」


 非常階段を降りきったクラハシは言葉を続ける。


「今までのミツナリ氏を見る限り、多少ズボラなところはあるだろうが判断力も行動力もある。しかしながら君はといえば先ほどから異常事態にみまわれているにも関わらず、自分の身よりも彼の安全を優先しているようにも見える…それが、なぜなのか説明できるかい?」


「えっと…それは」と口ごもるホタルに「そもそもだ」とクラハシは建物と地続きになっているショッピングモール方面へと足を向ける。


「私と接触した時点で、君は1人で惑星を離れるという選択肢も持てたはずだ。夫人と話し、共に地下に閉じ込められたにも関わらず、君は戻った時点でミツナリ氏の元へと移動し、危険ともいえる会場へと足を向けた…それが、なぜなのか。君は説明できるかい?」


「えっと、えっと…」


 いつしか、あの空間航路で会ったときのザクロのように、ホタルは顔から汗が吹き出すのを感じる。必死に言い訳をしようと頭を回そうとするも、どこか思考はボンヤリとし、そもどうしてミツナリに固執するのか説明ができない。


(なんで1人で逃げないかだって?だって、親父はどこかほっとけないところがあって。そも、アタシが動ける限りは親父の面倒を見る必要があって、それは、母さんの頃から変わらない方針で…)


 でも、どうしてそう教わったのか解らない。

 あれほどの仕打ちをされた母親の気持ちがわからない。


「アタシは、アタシ…」


 いつしかホタルの両の目から涙が伝う。その様子をクラハシはじっと見つめ「この呪いはかなり根深いようだな」とため息をつく。

 

「だが、その理由もまもなくわかる…この近くにいる、コトを見つけ次第ね」


 その言葉を受け、ホタルはボンヤリと少女型アンドロイドのことを思い出す。


(コトって…ああ、そうだ。親父と話していたオオグマ弁護士事務所の元・弁護士のコジシが所有していた専用コンシェルジュじゃん)


 彼女は所有者であるコジシから離れ、この近辺にいると言う。


(なんで?確かあの会場に所有者がいるのに。そもそも彼女は…)


 まとまらないホタルの思考。

 そも、慣れない靴で走っているためかすでも足も限界に来ている。


 プレ・オープンのためか人気のないショッピングモール。


 アーケードは閑散とし、『この先→海浜公園』と表示された反重力の案内板の先には、低頭ライトがポツンポツンと足元を灯していた。


「…ほう、ホタルくん。あれを見たまえ」

 

「なに?親父でも見つけたの?」


 まだミツナリを諦めきれないホタルはそう口にするが…すぐに気づく。


 海岸の向こう。小雨の降る海から波のようなものがやって来ていた。

 …だが、それは波でも、ましてや水ですらなかった。


 コンクリートを這う大型の影。ヒレのついた手足を持つソレらは、巨大な眼をぎょろぎょろさせつつ、ヌメる体を揺らしてジリジリと動いていく。


「な、何あれ…!」


 それは手足の生えた巨大魚。ヒレを動かし、地上を這う不気味な生物群は今や波のように群れを成し、都市の内部を徘徊していく。


「ほう、養殖魚にも起点スイッチが入ったようだな。まあ、この都市が出来た時点で惑星全体の生態系は動き始めていただろうが…今回の場合はさらに大量の情報による刺激によって、進化が顕著になったと言ったほうが良いだろう」


 そう独りごちるクラハシに角から1人の女性が顔を出して声を上げる。


『あ、やはりこちらにいましたか。こちらは会場内にいた未変異者の誘導は済ませましたし、予定通りに本を持って移動できます』


 やってくるのは、先ほど顔を合わせた元・弁護士であるはずのコジシ。

 だが、その顔は瞬く間に崩れさり、下からコトの顔があらわれる。


「コトくん、お疲れ様。会場内の様子はこちらも確認した。ついでとはなるが、こちらの方も頼んだよ」


 言うなりクラハシは本を開き、ホタルの意識は瞬く間に本の中へと吸い込まれていった…


 

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