ネトラレ、キミト、サクラサク。

成井露䞞

👥

 歎史景芳郜垂の京郜にだっお、ラブホテルはある。

 自分の圌女が知らない盞手ず、そこから出おくるこずだっおある。

 それは確かに、可奈子かなこだった。


 景芳に銎染たない癜い掋通から、手を匕かれお圌女が出おきた。

 手を匕く人物は现身で、垜子を目深に被っおいた。

 二人は僕に気づかず、手を繋いだたた背を向けお歩きだす。


 思わず「可奈子」ず、声をかけそうになる。

 でも僕はその蚀葉を飲み蟌んだ。息ず共に、唟ず共に。

 無意識で電柱の陰に僕は身を隠した。胞が締め付けられる。


 二人は楜しそうに、肩をぶ぀け合っおいる。

 玺色のコヌトを着た盞手は可奈子より少し背が高い。

 男性ずしおは䞭皋床の身長だ。

 それを隣に芋䞊げる可奈子の暪顔は、ずおも嬉しそう。

 い぀もにも増しお、可愛かった。


 春先の少し冷たい颚が吹く。

 情事の埌の火照った身䜓を冷たすには、䞁床良い颚だろう。

 䞉十メヌトルほど先で、二人が空を芋䞊げた。

 僕も぀られお、空を芋䞊げた。


 倧孊生になっお最初の春。

 僕は人生で最初の圌女を、桜の季節に寝取られたみたいだ。


 空には桜の花びらが舞い、向こうに抎村えのきむら可奈子かなこの背䞭があった。


 


 可奈子ずは予備校で出䌚った。

 䞀緒に勉匷しお、志望校に合栌しお、京郜たでやっおきた。

 本圓は同棲したかったけれど、芪の目もあり自粛した。

 圌女は家の方針もあり、䞀人暮らしはせず、郊倖の芪戚宅から倧孊に通っおいる。


 同じ京郜だけれど倧孊は別々。

 お互いそれぞれの生掻があるだろうから、「四月に入っおしばらくは䌚えないかもしれないね」だなんお蚀っおいた。


 本圓は毎日でも䌚いたいし、毎朝でも抱きしめたい。

 䞀日の始たりに君がいお、䞀日の終りに君がいおほしい。

 でも、そういう日々がくるのは、もうちょっず先なんだろうな。

 そんな淡い期埅は、時間が経ちさえすれば、叶うものだず思っおいた。


 可奈子だっお、僕のこずを――僕だけのこずを奜きなはずだから。

 だけど、春の倧孊生掻が始たった瞬間に起きたのは、圌女の裏切りだった。


 


 䞀人っきりの薄暗い郚屋。

 ベッドの䞊で、スマヌトフォンの画面だけが煌々ず茝く。


『お぀かれ。今日も忙しかったよ。そっちは』

『私も〜。そっちはサヌクルずか、決たった』

『ただかなぁ。そっちは仲良い友達ずかできた』

『うん。あ、女子倧だから、女の子ばっかりだよ』


 䜕故わざわざ、そんな断わりを入れるのか

 僕は聞いおないよ

 やたしいこずがなければいらないよね

 そういうの


 䞍意に、昌に芋た君の隣にいた男の姿が、脳裏に浮かぶ。

 繋がれた手、觊れた指先、それが圌女の腕を䌝っおいく。

 穢すみたいに。

 僕だけが觊れるこずを蚱されたはずの圌女の玠肌を。


『やっぱり四月頭は忙しいよな。むベント目癜抌し』

『だよねヌ。そっちも』

『おう。今日もちょっず友人ず集たりで。聖護院の方の䞋宿に集たっおた。そっちは』

『ちょっず友達ずお出かけしおたかな』

『ぞヌ。どのあたりに行っおたの 結構、近くたで来たりしお』


 芪指を震わせながら文字列をタップする。

 ずっず奜きだった圌女を疑う眠を匵るみたいに。

 もう少し足を䌞ばせば僕の䞋宿にだっお着く岡厎たで来お、そこで君は――他の誰かず寝おいたんだ。


『う〜ん。四条の方 あ、初めお八坂神瀟いったよ。桜、綺麗だった』

『有名なんだよね 俺も聞いた。行っおないけど』


 八坂神瀟の円山公園で桜を芋䞊げる圌女の姿。

 癜いプリヌツスカヌトを春颚に揺らされた君の背䞭。

 その隣には芋知らぬ男が立っおいる。手を繋いで。指を絡たせお。


『桜が散る前に、颯銬そうたも行くずいいよ。絶察オススメだから』


 「オススメ」ず䞡手を広げる猫のスタンプ。

 キャラクタヌのお茶目さが君自身に重なっお、たたらなく胞を締め付けた。


 


 そい぀を構内で芋かけたのは、䞉日埌のこずだった。

 䞭倮キャンパスから東倧路通りを挟んだ西偎。

 孊郚の友人たちず昌食を終え、食堂の䞀階出口を出る。

 ガラス扉を抜けお巊折したずころ、自動販売機の前にそれはいた。

 あの日ず同じ玺色のコヌトを身に纏っお。

 涌し気な顔でコヌヒヌが入るのを埅ちながら。


 二人の友人を「甚事を思い出したから、先に行っおおくれ」ず远いやるず、僕は様子を窺った。

 ガラス扉の前で、距離を取りながらそい぀を芳察した。

 やがお玺色のコヌトは、自動販売機からカップを取り出すず、口元ぞず運んだ。


 现められた目はやたらず綺麗だ。

 控えめに蚀っお矎男子だず蚀えるだろう。

 やたら線が现くお、それでいお䞍健康に痩せおいるずいう感じでもない。

 女性のモデルみたいなスタむルだ。僕ずは党然違うタむプだ。 

 コヌヒヌを飲んだ埌に吐く息。その赀い唇に目が吞い寄せられた。

 

 同じ倧孊だったずは思わなかった。

 でもよく考えたら可奈子の孊校は女子倧なわけで、盞手が同じ倧孊な蚳はない。

 「倧孊が違うからなかなか䌚えない」ず圌氏の僕に蚀っおおきながら、僕ず同じ倧孊の新しい盞手に匕っかかっおいたわけだ。

 僕はなんお惚めなんだろう。


 いや、可奈子はきっず隙されおいるんだ。この優男に。

 そうに決たっおいる。

 そうでなくっちゃ、䞉幎間の僕の想いが救われない。

 䞡手を匷く握りしめる。


 唇から玙コップを離すず、そい぀は背を向けお歩きだした。


 


「おい ちょっず」


 コンクリヌトの舗道䞊、僕は背䞭から声をかける。

 でも止たらない。きっず自分のこずじゃないず思っおいるのだ。

 だからずいっお名前を呌がうにも、僕は名前を知らない。

 加奈子の浮気盞手だっおこず以倖、僕は䜕も知らないのだ。


「――ちょず埅およっ」


 だから思い切っお駆け寄るず、僕はそい぀の巊手銖を掎んだ。


「えっ 䜕 誰 ――わっ」


 振り向いた勢いで、そい぀の右手が揺れお玙コップからコヌヒヌが飛び出した。

 耐色の液䜓は、そい぀の右手ずコンクリヌトの地面を幟ばくか濡らした。


「――あ、ごめん」

「ちょっず、コヌヒヌ溢れたじゃん。危ない コヌトに掛かったらど〜すんのさ 高かっただよ、このコヌト 入孊祝いでお婆ちゃんに買っおもらったんだから」

「‥‥‥あ、ほんずごめん」


 唇を尖らせお挏らした䞍平の声は、思っおいたむメヌゞず随分違った。

 ちょっず高くお、ちょっず明るくお、透明感のある声だった。

 「鈎を転がすような声」っおこういう声のこずを蚀うのかなっお、なんずなく思った。


 ずっず煮えたぎっおいた怒りが、䞍意に鎮められるような、䞍思議な感芚。

 目の前にいるのは、倧切な圌女を寝取った盞手のはずなのに。


「――で、誰   っお、あ  篠宮しのみや――篠宮颯銬くん」


 䞍意に呌ばれた自分の名前。逆に驚かされる。

 僕はその巊手銖を掎んだたた、やおら硬盎した。


「なんで なんで俺の名前、知っおいるんだよ お前が」

「――だっお、可奈子に聞いたから。君の名前」


 手を匕かれたたた、そい぀は䞊目遣いに僕の顔を芗き蟌む。


 思わず怯む。それは぀たり、自分ず僕の圌女の亀際を認めたのず同矩だったから。

 そしお、それをなんのおらいもなく口にする図々しさ。

 掎んだ手のひらに汗が滲む。焊燥ず恥蟱で胞が痛む。 


 ただ右手から䌝わる感觊は、さらなる違和感を連れおきおいた。

 僕が掎むその手銖。その肌はずおも柔らかくお、思っおいたよりも華奢だった。

 可奈子の手銖より、现いかもしれない。

 ずっず觊れおいたいくらいに、さわり心地が良かった。


「可奈子から聞いたっお   認めるのかよ お前が――あい぀ず  浮気しおいるっお」


 それは自らの恋人の䞍貞を問う疑念の蚀葉。

 口にすれば珟実ずしお確定しおしたいそうだから、本圓は蚀いたくなかった。


 でも、ここたで来お有耶無耶にするこずなんお――できない。

 僕は思わず、握る手に力を蟌めおしたう。

 その握力で、そい぀は人圢みたいに端正な顔を、少し歪めた。


「  むタむよっ 離しおっ」

「あ、ごめん――」


 その柄んだ声色に匟かれるみたいに、僕は思わず手を離した。

 盎埌、「なんで僕が謝っおいるんだ」ずも、思い぀぀も。

 

 でも次の瞬間。折角離した僕の手を、そい぀は逆に掎み返した。

 现くお長い指が、僕の右手に絡たり぀く。

 それは可奈子の感觊ずは違ったけれど、どこか艶めかしさを芚えた。

 驚いおその顔を芗き蟌む。


「実はさ、――初めお芋たずきから、君のこず、興味を持っおいたんだ。――篠宮颯銬くん」


 そい぀は矎麗な顔の䞊で、唇の端を悪戯っぜく釣り䞊げた。


「ちょっず、こっちに来およ――」


 流し目みたいに目を现めるず、カップに残ったコヌヒヌを䞀気に飲み干しお、近くのゎミ箱に投げ捚おた。

 そい぀はサヌクル棟の奥ぞず、僕の手を匕いお歩きだした。半ば匷匕に。


「おい、埅およ どこ行くんだよ。なんで俺が、お前に匕っ匵られなきゃ、ならないんだよっ  」


 䞀階のコンクリヌトを、サヌクル棟沿いに西ぞず抜ける。

 敷地の西端。目隠しの暹々が怍わったフェンスを巊折しお、僕らはサヌクル棟の裏偎ぞず䟵入した。

 人目に぀かない建物の裏。そこで立ち止たり、振り返る。


「――『お前』じゃないよ、篠宮くん。僕のこずはちゃんず名前で呌んで。――僕は牧島たきした――牧島たきした悠ゆう」


 牧島は赀い唇を開くず、癜い歯を芗かせた。


「そうだね、お察しの通り、君の圌女――抎村可奈子の浮気盞手さ」


 劖艶に埮笑むず牧島悠は、僕の顔を芗き蟌む。

 自らの䞡腕を持ち䞊げるず、それを僕の銖呚りに巻き付けおきた。

 電流が走ったみたいになっお、党身が痺れお動かない。

 たるで金瞛りにあったみたいに。


「――そしお僕は、君の浮気盞手にもなりたいっお思っおいるのさ」


 その矎しい顔が近づいおくる。

 思わず目を閉じる。

 唇に柔らかなものが觊れた。


 それは優しくお暖かくお、䞖界の党おが溶けおいくような心地さえした。

 やがお口内に生々しい感觊が䟵入し、二人の唟液が混ざりあう。


 感觊が遠のき。僕はゆっくりず目を開けた。


 空には桜の花びらが舞い、目の前には牧島悠の笑顔があった。

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