Come Shining ep1
夏休みに帰省した大学生の真幸と受験生の博人のお話。
高校時代の恩師から、留学を希望する生徒達に体験談を話してほしいと講演の依頼を受けて東京から新幹線で1時間半の母校を訪れた。
母校に足を踏み入れたのは20年ぶりだろうか。
山に囲まれた校舎は相変わらず長閑で、海外生活の長い自分には随分と時代から取り残されているような気がする。
「これでも、校舎は建て直したんだけどね」
懐かしい職員室で恩師と話していると、少しだけ昔に戻るような気がした。
「東浜はいつまで日本にいるんだ?」
「夏の間はいますよ。友人の墓参りに東京へも行きますから」
「……ああ、留学中に事故で亡くなった彼か」
少し遠い眼をする恩師から、がらりと開いたドアに視線を向けた。
私服の少年だ。夏休みとはいえ、珍しいな。ほどよく陽に焼けた肌と細い均整のとれた身体、切れあがった目が特徴的だ。
「先生、鍵戻しにきました」
「おお、楠木。もういいのか?」
「はい。ありがとうございました」
ちらり、と俺を見て軽く会釈して立ち去ろうとする彼を恩師が呼びとめた。
「ちょうどいい。彼はOBの東浜だ。休み明けに講演をしてもらうことになってるんだ。視聴覚室まで案内してやってくれないか」
「はい。いいですよ」
猫のような目が真っすぐに自分を見た。
「私服で学校に入っていいのかい?」
「3月に卒業しましたから、今は大学生です。今日は図書室を使わせてもらってたんです」
はきはきとしたよく通る声だ。
なんてことない会話をしながら、不思議な感覚を覚えていた。
時折、こちらを流し見る目に見覚えがある気がするのだ。
「…君とどこかで会ったことあったかな?」
くるりとした目が俺を捉え、小首を傾げた。
「いえ…ないと思いますけど」
そうか。でも、どこかで会ったことがある気がしてならない。
どこだったか。
「ここですよ」
視聴覚室と札がかかった教室の前で立ち止まった。
「俺が通ってたときとは場所がかわったんだな」
「5年前に改築したって聞いてます。設備も新しいですよ」
ドアを開けて中を見ると、確かにきれいだ。
「じゃあ、俺はこれで」
背を向けようとする彼を引き止めた。
「この後、予定がないなら、少しつきあわないか?」
「え…?」
目を見張る彼に笑いかけると、少し困ったような表情を見せた。
「すいません。この後、弟と約束があるので」
「弟?」
「在校生で、今日は部室に…」
「真幸!」
ちょうど階段を登ってきたのか、少し離れたところで制服を着た少年が仁王立ちしていた。
甘く整った顔立ちだが、今は睨むようにこっちを見ている。
「えーと、ここで失礼します」
軽く会釈して、彼の元へと走って行ってしまった。
彼が弟か。その背中を目で追っていると、ふたり並んで歩き出し、制服の少年がちらりと振り返った。
その瞬間、気づいた。
ざわざわとする胸の高鳴りを落ち着かせているあいだに、彼らは階段を降りて姿が見えなくなっていた。
そうか、楠木という少年は以前、写真で見た女性に似ているんだ。
留学先で亡くなった友人が持っていた写真。日本にいる彼女の写真だと肌身離さず持っていた。安いカメラで撮ったのか、画質が荒かったがあの切れ上がった目は印象的で覚えている。
あの写真はどうしたのだろう。彼の両親に渡すために遺品をまとめた時にはなかった気がする。いつものように身につけていたとしたら、彼の身体と共に跡形もなくなくなってしまったのかもしれない。
名前も身元も聞いていないから、連絡のしようもなかった。彼女は知っているのだろうか。彼の死を。
今となっては、もうどうしようもない。
写真に思い至ったのは、あの制服の少年の横顔がその友人に似ていたからだ。
彼の血縁だろうか。思い直して首を振る。そんな筈ないな。こんな所縁のない土地で、東京出身の彼の血縁が都合よくいるはずない。
視聴覚室に入り、窓のカーテンを開けると真下にグラウンドが見え、その先には表門がある。
ちょうど、グラウンドを突っ切るように、あの二人が歩いていた。
ぴたりと肩を寄せて歩く姿は、妙に心に残った。
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