第7話

新幹線の発着駅まで迎えに行き、改札の外で待っていると潤一の手を引いた好彦が手を振った。

「ただいまー」

俺らの心配を余所に、満面の笑顔だ。

いつものように、潤一は躊躇なく俺の手を取り、好彦は博人にべったりと張り付いた。

「なんだ、元気そうだな」

「元気だよ! 鎌倉の海、おもしろかった! な!」

潤一に同意を求める。潤一も少し日焼けして、健康的に子供らしくなっていた。

ホントなら、今日が法事で明日から両親が水族館や遊園地など、いろいろ予定を組んでいたはずだ。

それを蹴ってまで帰ってきたということは、何かあるはずなんだけどな。

家に帰る電車に乗ってから、問いただすと潤一が口を開いた。

「ヨシくんが、まーくんと博人くんに会いたいって、昨日、泣き…」

「言うなよ!」

「なんだ、ヨシくんがホームシックになったのか」

博人が言うと、違うよ、と一生懸命、弁明し始めた。

「庭の木に水あげないといけないし、冷蔵庫にアイスが入ったまんまだから食べないといけないし、」

思えば、俺たちと離れたのは、学校行事以外では初めてだったな。

心細くなったのか。成長したと思っていたけど、まだ子供なんだな。

「鎌倉の花火大会、見れなくて残念だったな」

今日の夜だったろ。

「じゃあ、花火買って帰って庭でやる? 久しぶりに」

二人が、ちょっと残念そうな表情しているのを見て、博人が提案すると潤一の目が輝いた。

「庭で花火出来るん?」

博人と視線を交わす。そうか、こんな普通の事も、潤一は経験ないんだな。

「そうだな。ああ、そういえば、今日、町内会の夏祭りが公園であるだろ。荷物置いたら行ってみるか」

「マジ? やったー」

鎌倉の夏祭りとは規模が全然違うけど、二人は大喜びだ。

「じゃあ、夕飯はもう、そこで済ませちゃう? 焼きそばとか、たこ焼きとかでさ。ちょっと、ジャンクだけど」

再び、好彦と潤一の目の輝きが増した。



家に荷物を置いてから公園へ向かうと、家族連れが何組も歩いていた。

みんな、向かう場所は一緒。

人がそれなりに多いので、俺が潤一と手を繋いでいた。

横を見ると、最近は嫌がって手を繋げたがらなかった好彦が、しっかりと博人の手を握っている。

よっぽど、寂しかったのかな。

「何からやる? 輪投げ? 金魚すくい? あ、綿あめ!」

「金魚は最後な。持ち歩くの嫌だから」

「久しぶりに焼きイカ食べたいな」

博人まで、匂いにつられてふらふらと歩き出しそうだ。

「焼きイカは1本だけだぞ」

それだけで腹一杯になるから。

1本の焼きイカを4人で食べながら、輪投げやスーパーボールをして、人が多くなった公園を歩いていると、手を繋いでいた潤一の動きが止まった。

視線の先を辿ると、カタヌキ屋だった。

「あれ、やりたいのか?」

潤一が振り返り、目で訴えてくる。言葉にする癖をつけさせないといけないな。

「懐かしいね。真幸、得意だったよね」

綿あめが欲しいという好彦を連れた博人と別れて、潤一とカタヌキをすることに。

やった事のない潤一に軽く説明して選ばせると、初心者にしては難しそうなものを指差す。

「坊や、本当にそれでいいのかい?」

店のおじさんも、ちょっと心配そうだ。

何事も経験、と俺も同じものを選んで始めると、一瞬にして潤一の目が変わった。ピアノを弾いている時のような集中力だ。

時折、俺の手元を見て確認しながら、小さな手で器用にピンを操っていく。

最後まで集中力を途切れさせずに、きれいに抜ききってしまった。ほんとに、潤一には驚かされる。

「すげぇな、潤一」

「すごいぞ、坊や」

おじさんにも褒められ、潤一は嬉しそうに笑った。

景品のお菓子の詰め合わせを俺の分と二つもらうと、困ったように俺とおじさんの顔を交互に見た。

背中をつん、と突くと「おじちゃん、ありがとう」と、慌てて言う。

潤一は、話さなかった時期があったせいで、時々言葉足らずなこともあるから、こんなふうに促すようにしていた。

「いっぱい、もらった」

大事そうにお菓子を抱える姿は、子供らしくて微笑ましい。

「ヨシと分けような」

「うん!」

博人たちと合流したあと、食べ物を買い、トリの金魚すくいをして、ふたりとも大満足で家路についた。

「たくさん買ったね」

テーブルの上に戦利品を並べて、博人と好彦はご満悦だ。

焼きそば、たこ焼き、お好み焼きに焼き鳥。綿あめと、いつのまにか、りんご飴も買っていた。

「ま、潤一の夏祭りデビューということで…。結構、豪遊したな」

その潤一は、金魚すくいでもらった2匹の金魚に見入っていた。

小さな水槽に入れたそれは、赤と黒で、ひらひらと優雅に泳いでいる。

潤一を見ていると、自分も、こんな時期があったな、といろいろ思い出させてくれる。



食後に庭で花火をしている時も、派手な花火に夢中の好彦とは対照的に、潤一は線香花火ばかりを選んだ。

「線香花火好きか?」

横にしゃがんで自分の花火に火をつけると、潤一が嬉しそうに頷く。

「全部、違う弾け方をするから好き。見てておもろい」

そう言って、じっとピカピカ光る手元を見つめている。

自分の花火が終わると、俺の花火をじっと見て、小さな声で聞いてきた。

「まーくん…あんな…」

「ん? どうした?」

「俺な、ここの家の子になるん?」

思わず、潤一の顔を見るが、潤一の視線は花火に向いたままだ。

「おじちゃんとおばちゃんが、ウチの子になるかって聞いてきてん」

「そうか…。潤一はどうしたい?」

「分からん。ここのウチの子になったら、オカンはどうなるん?」

視線をあげて、まっすぐ俺を見てきた。

そうか。傍から見たらひどい親だとしても、潤一にとっては母親だ。しかも、なんの記憶も思い出もない俺と違って、潤一には親子として過ごした時間もある。

簡単に割り切ることはできないだろう。

ぽとりと落ちた線香花火の残骸をバケツに入れ、潤一と縁側に座った。

「潤一はこの家にいるのは嫌か?」

「嫌やないよ」

「だったら、余計な事は考えなくていい。この家にいたいか、いたくないか、それだけを考えればいいんだ」

「…このウチの子じゃなくても、居ってもええん?」

「ああ。おまえが、母親を待ちたいというならそれでいい。無理にウチの子になる必要はないんだ。おばちゃん達だって、わかってくれる」

小首を傾げて、少し考えるような素ぶりを見せたあと、俺の膝の上に跨ると、首に手をまわして、ぎゅっと抱きついてきた。

「まーくん達と一緒におりたい。ええん?」

「いいさ。好きなだけ居ればいい」

背中をぽんぽんと叩くと、ますます力を強めた。

こんな小さな頭と身体で、いろいろ考えて不安になってたんだな。

ふと、顔を上げると好彦が羨ましそうな顔をして立っていた。

横にいる博人もだ。なんで、お前までそんな顔してんだよ。

好彦が博人の方に身体を向けた。

「博人くん…」

「ん?」

「俺も抱っこ!」

そう言って、好彦が博人に飛びついた。

「うあっ、重っ!」

なんとか踏ん張った博人の身体に、さらによじ登ろうとしている。

「ちょっと! ヨシくん、痛いって!」

そのまま、よろけながらも好彦を肩に担ぐと、縁側に足をかけて客間に勢いよく放り投げた。相変わらず容赦がない。好彦も慣れたもので、くるくると転がって畳の上で片膝立ちになった。

「サンダル、脱げよ! 畳、傷めると怒られるぞ!」

俺の声に、好彦が放り投げたサンダルを避けた博人が客間にあがり、いつものようにプロレス技の掛け合いになっていった。

今日は怒る人がいないので、心置きなくドタバタと暴れている。

「いったー! 痛いよ、博人くん!」

好彦も懲りないよな。博人が手加減なんかしてくれるわけないのに。

俺の肩越しに、潤一はそれを見ている。身体がうずうずしているみたいだ。

「…おまえも、混ざるか?」

そう言って、同じように潤一の軽い身体を客間に転がした。

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