にとう、りゅう……?

杜侍音

にとう、りゅう……?


『あなたの職業ジョブは〝ニトルー〟です』

「はい! ……ん? ニトルー?」



 俺たち物真ものま高校2年2組は自習中、いきなり魔法陣なる術式が教室を包むように刻まれ、クラス丸ごと異世界へと転移させられた。

 果てまで真っ白な謎の空間に、突如として現れた異世界の女神と名乗る女性。職業ジョブと呼ばれる特殊な能力を与えるので、魔王を倒し、異世界を救って欲しいと勝手に告げてきたのだ。

 突然のことに困惑するみんなだったが……流行りの異世界転移だ! としてすぐに切り替えた。物分かり良いな。俺も今の今まではワクワクしてたけど。

 希望の職業になれるからと、女神に渡された紙に疑いもせず各々好きなことを書いていく(システムがアナログだけど、もうそこはツッコむまい)。


 んで、今は出席番号順に職業発表大会が行われていたわけだが……で、ニトルーって何?


『〝ニトルー〟とは、その名の通り、(あ、なんか似とるなぁ……うん……)って思われるくらいのモノマネができるようになります』

「あー、なるほどね。その名の通りとは⁉︎ 初めて聞いたけどその職業⁉︎ え、俺が書いたの〝二刀流〟なんだけど⁉︎」

『申し訳ございません。一つの職業につき一人まで。職業ジョブ被りはできない仕様でございます。そのため似た名前から抽選いたしました』


 何だそれ⁉︎ 最初に説明してくれよ‼︎ 

 俺の名前は松平まつだいら。出席番号は35人中27番目と遅い。めちゃくちゃ不利で不平等じゃねぇか!

 ちなみに二刀流を取ったのは出席番号2番の池照雄いけ てるおといういけ好かない陽キャだった。

「ごめんね〜、ドンマイ」と上から煽ってくる。なんだこいつ、ちょっと名前がア行だからって調子に乗りやがって……‼︎


「ちょ、チェンジで‼︎」

『それはできません。では、次の方──』

「おぉい‼︎」


 完全に俺のことを無視して淡々と業務を進める女神。

 その後、俺みたいな事例があると知り、発表がまだ残っていた人たちの間では、妙な緊張感に包まれたのであった。



   **



「ぉい〜、寝ちゃうくらいなら、立って、授業受けんか〜い」

「わぁ、数学の三浦先生にちょっと似てる、ね……うん……」


 寂れた酒場で見せたモノマネが微妙に受けた。


「嬉しくねぇよ、こんな能力。これ、頑張ったら自力で習得できるからね?」

「ううん。一芸持つだけまだいいよ……」


 一緒にいるのは渡辺さん。黒髪ボブの目がくりっとした可愛らしい女の子で、男から隠れ人気があった彼女だが……今立たされているこの状況に絶望がとめどなく溢れ出していて、今やその可愛さは見る影もない。

 そう、出席番号35番の彼女もまた、俺と同じような目に遭っていた。


「ニトルーって名前もなんか可愛い感じだよね。私の職業ジョブ名知ってるよね?」

「う、うん」

阿呆あほう使いって何? え、私は魔法使いになりたかったのに、阿呆使いって何?」

「アホを……使うんだよ、きっと」

「意味が分からないんだけど。え、馬鹿にしてる?」

「し、してないよ! 馬鹿にはしてない。ただ阿呆を使うって説明しただけで」

「馬鹿にしてるよねぇ⁉︎」


 可愛い顔が台無しになるほど、ブチギレる渡辺さん。

 意外と本性は怖い人なんだなと、異世界に来て初めて知る。それとも、窮地の状況に立たされることで、人格が変わってしまうものなのか。


「はぁ……ほんと意味分かんない……」

『意味が分からないのは俺だよ‼︎』


 机の上にある注射器が喋った──はい、元人間です。

 彼は目黒めぐろくん。面識は特にないけど、確か医者の息子とかで彼もまた医学部を目指している。


『俺は賢者になりたかったんだよ。なんだよ注射器って。注射器て‼︎』

「目黒くん、他のお客さんびっくりするから……」

『俺は賢者の力で、頭脳を限界のその先まで上げたかったんだよ。異世界で医者の役割を担おうと思ってたのに……道具になっちまったよ‼︎ こうなりゃ欲張らずに回復術師だけの専門職になればよかった!』

「ほんと、何でこうなったんだろ……」

「ラノベの読み過ぎはよくないな……。使いたかったな、スターバースト──」


「『「はぁ……」』」


 溜息が止まらない。

 きっと、俺たち最弱スキルの職業は、何の役にも立つことはなく、ひっそりと陰で生きていくのだろう。

 不遇な目に遭った者同士、ある意味結束が生まれた俺たちは共に行動することになった。一人で生きていけるわけないからな。

 はぁ……他に何のモノマネができるのか、レパートリーを増やすために色々試そう……。それしかすることないし。



   ◇ ◇ ◇



『魔王様、魔王城に侵入した異世界転移者は滞りなく始末している最中でございます』

「うむ、報告ご苦労」


 ここは魔王城。

 世界に脅威をもたらす魔物の頂点に君臨する魔王が居住──


「いや、ちょっと待って」

『はい、何でしょう?』

「お前、なんか違くない? 結構似てるが、その……我の部下ではないな?」

『……さすが魔王様、もう少し騙せると思いましたよ」


「かかれー‼︎」


 号令と共に、扉を突き破って現れた無数の魔物たち。本来、魔王に従属されているはずの魔物たちが一直線に魔王に攻撃を仕掛けている。


「えぇい! 何だ貴様らは‼︎ どうして我に逆ら、うっ⁉︎」


 多くの魔物の陰になり気付かなかったが、いつの間にか魔王の家臣になりすましていた男──松平が、魔王の首筋に注射器を差し込んでいた。


『ちゅちゅー』と、目黒の余裕ぶった声と共に光を帯びた緑色の液が魔王に注ぎ込まれていく。


「こ、これは……! 〝聖なる毒〟⁉︎ なぜこれを⁉︎ わ、我が、素材から製法まで、全て破壊し尽くしたというのに……⁉︎」

『そんなもん、自力で作ったに決まってんだろ‼︎』


 魔王を倒すには、〝聖なる毒〟と呼ばれる聖魔法が含まれた特別な毒がないといけなかった。

 当然、唯一の弱点であるそれを魔王は世界から全て消し去ったはずだった。


 しかし、彼らは成し遂げた。

 最弱スキルであろうと諦めなかった。


 言い伝えられている伝承を口伝えに知った三人は、各々何かできることはないかと話し合い、自分のできることに全力で取り組んでいた。

 目黒は毒の調合。どんな毒でも効かない彼の注射器ボディーを活かして、他の素材で代替できないか自力で調べ、実験し、考え抜いた。

 それを手伝ったのは、渡辺。

 実は彼女のスキルは弱小ではない。阿呆──つまり彼女より知能の低いものを全て、自由に操ることが可能であると気付いたのだ。

 その力を活かし、素材集めや人手のいる作業を担った。さらには、ここに来るまでの道中も、立ちはだかるほぼ全ての魔物を仲間に従え、無傷で二人をここまで連れて来た。

 そして、松平もまた自身の職業〝ニトルー〟の解釈を拡張し、できることを増やしていった。

 声真似だけではない。姿をそっくりさんレベルにまで自由に変身するに加え、能力やスキルもある程度まで似せることができた。

 つまりだ。上級魔法使いなら中級くらいまで、医者なら看護学生ぐらいまでには松平の能力を上げることができる。


「どうだ? お前の臣下に似ていたか?」

「あ、あぁ……に、にとう、りゅう……」


 毒で舌が上手く回らない魔王。

 松平は上等な鍛冶屋スキルで作ったそれなりに良い剣を取り出し、地方の師匠くらいの剣筋で魔王の首を刎ねた。


「じゃあな、魔王」



 ──こうして、三人の転移者の発想と活躍によって、異世界に平和が訪れたのである。


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にとう、りゅう……? 杜侍音 @nekousagi

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