最終話 彼方なるハッピーエンド
「そろそろ成仏しません?」
「できるもんならとっくにしてます」
おなじやりとりをいったい何度したことか、とても数えきれない。
自分をモデルにした話を書いてほしいという
ぼくは『長らく海外で暮らしていたため、彼女の訃報を最近知った』という設定の古い友人ということにしたのだが、本人の協力があったのでそれほどあやしまれずに話を聞くことができた。
そうして書きあげたのが『未練さがし ~彼方なるハッピーエンド~』である。
それで彼女の気がすむのならと、厘音にすすめられるまま、ある公募にだしたのだが、これがなんの間違いか大賞にえらばれてしまい、わけがわからないうちにぼくは書籍化作家になった。プロではない。小説で食べていけているわけではないし、食べていくつもりもないので、盛に盛ったとしても兼業作家といったところか。
ともかく厘音をモデルにした物語を書き、はからずも世にだすことができたわけだが、彼女はいまだ現世にとどまっている。もはやお手あげである。
物語のなかではちゃんと成仏してくれたのだが、現実はまったくもってままならない。
彼女がぼくの部屋にあらわれてから約五年。『幸せの絶頂で死んだ』という、厘音がいうところの『ハッピーエンド』を迎えてからだともう六年になる。ちなみに書籍化したのは三年ほどまえだ。
やれることはすべてやりつくした、はずだ。小説投稿サイトの厘音のページも、不慮の事故で彼女が亡くなったというお知らせをだし、小説データのバックアップをとりつつ一か月ほど待ってから退会処理をした。
彼女の希望で厘音の小説は未完のままにした。いろいろ複雑な気持ちがあったようだが、厘音は最終的に書かない決断をした。彼女がそうきめたのならそれでいいと思う。
なんにせよぼくらは取材をかねて、厘音の会いたい人に会い、行きたい場所に行き、なんなら取材もなにもなく、海やら祭りやら『行きたい行きたい』とせがまれて出かけたりもした。
しかし当然まわりの人間に彼女は見えていないわけで、はたしてぼくはソロ活を満喫している男に見えていたのか、それともイタいぼっち男に見えていたのか。まあ、そのへんは考えてもしかたないので考えないことにする。
とにもかくにも、厘音の未練やら希望やら、ぼくに叶えられることは可能なかぎり叶えてきた。我ながらよくやったと思う。しかし。しかし、である。これっぽっちも成仏する気配がない。打つ手もない。へたしたらぼくのほうが先にあの世へ行くことになるのではないかという気すらしてきた。そんなある日のこと。
「なんか私、
「は?」
「最近、ご近所にいるネコマタ見習いのキジラちゃんとお友だちになったんですよ」
「ネコマタ」
「見習い」
ネコマタに見習いなんてあるのか。
「彼によると、未練や怨念が残っている霊ならとっくに悪霊化してるはずなんですって。そうでなくても、ふつうの霊ならどんどん生前の意識は薄れて自我も失われていくらしいんです」
じつはそれがいちばん心配だったのだ。霊が成仏せずに長く現世にいると悪霊になってしまうという話をむかしなにかで読んだことがあったから、彼女が成仏できる可能性があることはすべてやってきたのである。
「でも私は死んでからもずっと私のままです」
確かに。身体が透けている以外は生きている人間と変わらない――というか、生きている人間よりずっとイキイキしているのが彼女である。
「元々ネットでつながっていたからか、幻無さんが『見える』人だからか、単純に波長があったのか、理由はわかりませんけど、ある種の化学反応が起こったのではないかと」
「ええと、つまり……?」
「特別、がんばって成仏しなくても大丈夫だろうって」
その答えを聞いて、ぼくはすごく、なんだかすごくホッとしていた。
あらためて振り返ってみれば、彼女と出会ってからというもの、ぼくは『見える』孤独を感じることがなくなっている。
また、生身のぼくよりも感覚が鋭い彼女は『こっちの道にはちょっとめんどくさそうなのがいるから、あっちの道から行こう』とか、ぼくが絡まれそうなものを察知して事前に回避してくれることも多い。
なるほど。確かに彼女はぼくの守護霊なのかもしれない。
「そっか。よかった――っていっていいのかな」
「はい。よかったです。というわけで、今度のお休みはお花見に行きましょ! キジラちゃんも紹介しますから! ね!」
なにが『というわけ』なのかはわからないが、厘音はニコニコとご機嫌である。
この先、守護霊化したらしい彼女が真のハッピーエンドを迎える日はくるのか。くるにしても、それはきっと遥か未来のことだろう。
ただの人間であるぼくがそれを確認することはできなさそうだけれど、まずはめでたしめでたし――ということにしておこうか。
(おしまい)
彼方なるハッピーエンド 野森ちえこ @nono_chie
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