鬼時間

葛瀬 秋奈

鬼時間

 夕方に住宅街を散歩していたら、突然強いめまいに襲われてしゃがみこんでしまった。車通りの少ない道とはいえ、ちょうど交差点にさしかかったところだ。危ない。そう思いとっさに端へ寄ろうとすると、どこかから重々しい足音が聞こえてきた。


 どしん、どしん。


 どうやら巨大な何かがこちらへ近づいている。足音である。自動車ではない。しかし音の重さからしてそれぐらいの大きさの何かだ。決してまともな人間ではない。


 顔をあげて音の正体を確認した。


 私の3倍は超えるであろう人型の真っ黒な異形が立っているのが見えた。私が来たのと反対側の道をこちらへ向かってゆっくりと歩いてきている。その異形の頭には角のような突起物が生えているので、瞬間的に私は「鬼だ」と感じた。手には鋭い爪も生えている。


 逃げたくても足が竦んで動けない。

 助けを呼びたくても声が出ない。

 そもそも周りに人はいない。

 足音に合わせて自分の鼓動が大きくなる。


 私は恐怖のあまり目をつぶった。その刹那、背後から先程とは違う軽やかな足音が聞こえてきた。


 タッタッタッ。


「そこまでだ!」


 やや高めの少年の声が聞こえて目を開けた。私と「鬼」との間に、私を庇うようにして人が立っていた。顔はよく見えないが、年の頃は十代前半ぐらいだろうか。時代錯誤な袴姿で両手に木刀を持っている。


 まさか、その木刀でこの大きな「鬼」と戦うとでも言うのか?


「だ、だめ、逃げて……」


 私としては叫んだつもりだったが掠れたような声しか出なかった。


「ちゃちゃっと倒すからお姉さんはそこでじっとしてな」


 タン、と地を蹴って少年は「鬼」へと向かっていく。腕を振りかぶって攻撃する「鬼」を左手の木刀で受け流し、バランスを崩させたところへ背後から一撃、二撃。


 呆然として眺めている間に勝負はあっけなくついた。ズシン、と音を立てて「鬼」が倒れ、そのまま消えてしまった。


「大丈夫かい? 怪我はなさそうだけど」


 少年は何でもないようにこちらを向いて言った。私はこくこくと頷いて立ちあがった。


「あ、ありがとう……?」


 状況はわからないままだがとりあえず助けてくれたらしい少年に礼を言う。


「今は鬼の時間だから気をつけなよ!」


 少年は歯を見せて笑うと、「鬼」が来た道へと走っていき、そのまま消えてしまった。私はしばらくその場を動けなかったが、急にハッとしてて逃げるように走って帰宅した。

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