もふもふ怪盗ラニアンの二刀流

無頼 チャイ

人気独占は許せない

 生きていて楽しいことは一つ、それはちやほやされることだ。

 男も女も関係なくかわいいと言って頭や背中を撫でくり回す、この瞬間程愉快な事は無い。くしゃみをしただけでキャーと歓声が上がり、前足をちょっと上げただけで人間達がひれ伏す。

 ちやほやされるのは悪くない、悪くないのだが……。


「ココアちゃ……、コホン、ラニアン様、もうすぐ目的地でございます」


 いつも真顔の女の声が、シルクハットから響かない程度に聞こえた。

 ココアちゃんと呼ぶな! 吠えてやろうかと思ったが止めた。この特製の怪盗服を着ている間はカッコ良くなければならない。そこらのゴールデンレトリバーよりは勇ましく、シェパードよりもスマートにだ。

 そう、可愛くもありかっこ良くもある、怪盗とやらをしてるご主人を真似て得た魅力を用い、かっこ良さと可愛さの二刀流でこの先の獲物を仕留めなければならない!

 ちゃんと真顔の女に手紙を送らせたので、この美術館とやらの建物から物が消えようと問題なし。


 どうでもいい事を考えていると、鼻先にひんやりした何かが当たった。

 見るとそれは格子状の壁。小さく「ワン……」と吠えると「かしこまりました」というつまらない返事がシルクハットから返る。

 シルクハットの側面から黒い細い線のようなものが取り出され、更に細い先端を格子状の壁に向けた。


「作業を開始します」


 淡々とした声の後、赤い光が突然頭上から格子状の壁へと真っ直ぐ伸び、ゆっくりと四角を描いて回る。壁から異臭がしてたまらなかったが、これも人気を取り戻すための辛抱だ。


「作業を終了します」


 ガタンッ、壁はすっかり無くなって通りやすい道が出来た。臭いを我慢できなくなったのもあり素早く潜り、部屋の真ん中に飾られている大きな石に向かった。

 これだ! 頭を低くし喉を震わせる。最近ご主人や散歩コースの人間共が口々に言ってた綺麗な石というのは!

 道の端に転がる石と比べると確かに綺麗だ、石の中に光でも閉じ込めているのかどこから威嚇してもピカピカと光ってる。けど、所詮それだけで、甘えたりポーズをとったりも出来ない石ころだ。

 なぜ人間はこんなものに夢中になるのかよくわからない。首をいくら捻っても石はただの石ころ。


 さて、とっとと捨ててしまおう。

 ワン、と吠えると女の声と細い棒が現れ、再び赤い光線を放った。透明な壁は丸い穴ぼこを作る、すかさずもう一吠すると、シルクハットから白い手が現れキラキラ石ころを丁寧に取り出した。

 良し! 後はこれをトイレにでも流すか。

 

 シルクハットに保管された石ころを処分するのが楽しみだ。


「あっ、ラニアン様前方にご注意を」


 おいおい女、ご機嫌とはいえラニアン様はいつも警戒してるぞ……、その時だ。

 前足が何かに引っかかり前から崩れてしまった。

 シルクハットが横に滑り落ちころころと床を転がる。

 前足は先程格子状の壁があったところの、小さな段差に当たっていた。まさかこんな罠があるなんて!


「ワンッ、ワンッ!」


 待てぇ! ボールみたいに転がるシルクハットを追いかける、一生懸命前足と後ろ足を動かしたが、ここの床はスルスルしていて思い通りに動けない。

 捕らえようと前足を素早く出すと、勢い余って壁に激突するし、飛びかかると着地したときによろけてこけてしまう。

 そんなことをしていると、特製の怪盗服が取れてしまった。けど、大事なのはキラキラ石ころ、直線上にシルクハットが止まった時、その場の床を後ろ足で一気に蹴る。両足の間にシルクハットの感触、すかさず出っ張った部分にかじりついた。


「フンッ!」


 我ながらカッコ良く捕まえられた。最後にこんな罠があるなんて想像してなかったが、今にしてみると大したことはなかったな。

 さてさて、かぶることは出来ないからこのまま咥えて持ち帰るとするか……。


「んっ? 犬……」


 げっ、人間だ!


「子犬か? もこもこして可愛いけど、何でこんなところに……んっ?」


 青い服を着た男が、咥えているシルクハットに視線を移し、手を伸ばした。

 せっかく仕留めた獲物を横取りされてたまるか! 勇ましくシルクハットを引っ張ってやったが、流石人間と言うべきか、抵抗虚しく取られてしまう。その中だけは見るなよ、と何度も吠えて警告するものの、嫌がらせなのか、シルクハットの頭をめくって中を覗いた。


「こ、これは!? 100カラットの巨大ダイヤモンド! 今朝届いた予告状は本物だったのか……」


 男が難しい顔をしている。変な顔をしてないで返せ! と吠えると、今気づいたようにこちらを見つめると、何故か、パアッと笑いだした。


「そうか、君が、君が取り返してくれたのか、ありがとうね、とても助かったよ!」


 ……へ?


 ■□■□■


 青い服の男が首輪に気付き、取り外してちょっとするともう一度付けて、車に乗せられてご主人の元に帰った。

 後日、色んな人間がチヤホヤしてくれた、見たことのない大きな黒い箱を持った人間が特に多く、見たことのない人の波が視界いっぱいに押し寄せた。

 不思議がったご主人が大きい薄い板を見始めると、高笑いを上げた。そんなに面白いものが映ってるのかと膝に乗ってみると、吾輩に似た犬が映っていた。

 頭を撫でられる。


「盗難を未然に防止、名犬活躍か……、かっこいいな、ココア」


「……ワンッ」


 そんな犬は知らないし、何より腹がたったから吠えてやる。

 ココアの時は、可愛いと言え。

 全く、可愛くてかっこいいのは疲れるな。

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