第3章 ~革命の塔編①~

24.不穏な依頼 ***

 ――気がつくとそこは、ずいぶんと人気ひとけの少ない細まった路地だった。建物の雰囲気と街全体を包む見慣れた高い塀が見える点から察するに、ここは王都・ギノバスで間違いないだろう。

 少し離れたところには名も知らぬ男がいる。男は腰に剣を携えているが、形式ばらない身なりからして騎士ではなさそうだ。そうとなればギルド魔道師だろうか。

 その男のそばへ貴族のような風貌の男が近づく。眼鏡の奥の鋭い目が特徴的な小太りの男は、物腰柔らかに言葉を交わしているようだった。そうかからぬうち話を終えた彼らは、そのまま近くに停めてあった魔力貨物車の荷台へと乗り込んでゆく。

 そこで記憶は途絶えた。




 景色は突如として一変した。目の前に広がるのは見慣れた自室の天井。ここで玲奈は、妙な夢を見ていたことに気がついた。

 「何か、嫌にリアルだったなぁ……」

 銃を購入して数日後。玲奈は目をこすりながらも、なんとかベッドから体を起こした。時計は朝八時を指している。

 ベッドから出ると窓際のデスクへ向かった。窓の外の相変わらずな快晴を見れば、ここ最近どんどん暑くなっているのにも納得できる。

 玲奈はふとデスクの上の水の張った桶を持ち上げた。昨晩に魔法の練習と暑さ対策を兼ねて作ってみた氷は、あっと言う間に溶けていた。

 「うぅ……エアコン欲しい……そういう魔法具ないのかしら?」

そして玲奈は桶を持ったまま一階のリビングへ向かうべく、自室を後にした。

 リビングに辿り着くと、やはりいつも通りフェイバルがソファーですやすやと寝ていた。玲奈はバルコニーに出ると、桶の水を勢いよくばら撒く。古典的な猛暑対策を施して室内に戻れば、そこでちょうどフェイバルが目を覚ました。

 「あ、フェイバルさんおはようございます」

 「おう」

そのとき玲奈は、ふと一階が妙に涼しいこと気がつく。

 「……何か私の部屋と快適さが違うんですけど」

 「あれ。使ってねえの、空調魔法具。部屋に備え付けてあんだろ」

エアコン、ほんとにあった。




 その日の二人は朝食を取るべく、ギルド・ギノバスへ赴いた。

 カウンター席に腰掛け、コーヒーと一緒にパンを頬張る。この世界でパンは主要な炭水化物らしく、ギルド食堂でもかなり安価な部類だ。社畜の彼女がかつて愛した惣菜パンより少し固くてパサつくが、充分美味しい。

 食事には満足ながらも、やはり横に座る男は目立つ存在らしい。遠くから見知らぬ声が聞こえた。

 「おおっ、恒帝じゃん!」

フェイバルは構わずパンに食らいつく。あまりにも珍しがられているようなので、ふと尋ねてみた。

 「フェイバルさんってあんまりギルドに顔出さないんですか? 相当レアキャラ扱いされてますよね」

 「……まー、少し前までは国選依頼で弟子と待ち合わせるくらいの用途だったからな。お前に会ってから、来る頻度増えたかも」

 「へー。まあ国選依頼は結構がっぽり貰えるって話でしたもんね」

男はあえてそれを肯定せずまたパンを食らった。

 「フェイバルさん。現役の国選魔道師は三人いるって話でしたよね?」

 「ああ、そうだな」

 「フェイバルさんと……確かツィーニアさんで二人。もう一人はどんな人なんです?」

 「もう一人は、俺よりずっと前から国選魔道師として働いてる男だ。今は長期の仕事でここ何年か王都を離れてるらしい」

 「ああ、だからメディナルの緊急招集にもいなかったんですね」

 「……そうだな」

 「それで、どんな魔法を使うんです?」

 「……興味津々なとこ悪いが、そいつにはあんまり――」

肝心なことを話そうとした矢先、突如現れた男性魔導師は玲奈の話し相手を奪い去った。

 「――恒帝様! あの、うちのパーティメンバー見てませんか? 一昨日からずっと戻らなくて!!」

あまりギルドに顔を出さないフェイバルにそんなことを尋ねようと意味は無い。随分と取り乱しているようだ。

 「知らねえよ。てか何で俺が知ってると思ったんだよ?」

 「だ、だって恒帝様は休日になると、だいだい街中をふらついてるって聞いたので……!」

 「いやまぁ、そりゃそうだけども……」

近くで二人の会話を耳にしていた女性の魔道師も話に割り込んだ。行方不明者の捜索という共通点に反応したようだ。

 「私の恋人も帰ってきてないの……依頼を受けたっきり連絡が途絶えて……!」

フェイバルはその女のほうへ振り向いた。

 「依頼って、どんな依頼だ?」

 「た、確か……とある貴族の車両護衛だって……」

取り乱す男性魔道師はその言葉に驚愕した。

 「ねえ君、それ本当か!? 俺のパーティメンバーも同じような依頼を受けたっきり帰ってこなくなったんだ!!」

 偶然でないことは明らかだった。フェイバルは思わず頭を掻く。

 「……こりゃどうもクセぇな。お前ら、居なくなった奴が受諾した依頼書は複製されて受付の嬢ちゃんが預かってるはずだ。事情説明して借りてこい」




 しばし経てば、フェイバルの前に二つの複製された依頼書が並んだ。男はそれを読み上げる。

 「至急、王都ギノバスから特別自治区ミヤビまでの護衛任務。人数は一人。指定の場所で落ち合った後にそのまま移動を開始。即日の依頼か」

 「こっちの依頼書は目的地が違うだけで、他の内容は全く同じです!」

 ワイルと名乗った男性魔道師は少しばかり震えた声で呟く。フェイバルはそれに共感し難色を示した。

 「護衛任務に一人ってのはどうも不自然だ。それにミヤビなんて超僻地までの護衛を、即日で依頼するなんてかなり無茶苦茶だ」

そしてフェイバルは次なる指示を飛ばす。

 「レーナとそこの女魔道師、ケティって言ったか。依頼ボードにこれと似たような内容の依頼が無いか探せ」




 玲奈はようやく落ち着いたケティと共に、依頼ボードに貼られた依頼書の内容を片っ端から確認し始めた。

 「ダストリンまで。魔法貨物車の護衛依頼で魔道師三人。違う……」

 「魔獣討伐依頼……違う……」

 そしてしばらく読み進めていれば、フェイバルの読みどおり目的物は見つかった。

 「急募、ダストリンまでの車両護衛任務。人数は一人。指定の場所で落ち合った後にそのまま移動を開始。これは……!」

玲奈はその怪しい依頼書をボードから剥がそうとする。しかし、玲奈よりも僅か先に伸びる手がひとつ。

 「あ……」

 「ん……? 何だチビ女。この依頼は俺が受けるんだ。どいたどいた!」

現れたのは金髪のリーゼントが特徴的な男。腰にまだ新しい剣を備えているあたり、若手の魔導師だろう。

 玲奈は咄嗟に言い返していた。

 「チビって言うな、この昭和ヤンキー崩れが! ……じゃなくて、その依頼は受けないでください! それと似た内容の依頼を受けた人が行方不明になってるんです……!」

ケティも微力ながらそこへ加勢する。

 「わ、私の恋人もそれで……!」

しかしその男はかなり横暴だった。二人の主張は虚しく一蹴される。

 「知るか。俺はギルド魔道師もう五年やってる。護衛依頼ごときでヘマするような間抜ねじゃねえんだ」

 「おい女ども、ゼストル=ドレイクニルの名を覚えとけ。俺はいずれ国選魔道師になる。媚び売っとくなら今のうちだぜ? まあ、お前らは弱そうだからパーティには入れないがな!」

 乱暴な男魔道師は玲奈よりも一歩早く依頼書をボードから剥がすと、それをそのままカウンターへと持って行ってしまった。

 玲奈は己だけで男を止めるのは難しいと判断し、すぐさまフェイバルのもとへ駆けつける。焦りながらも、どうにか事情を説明した。

 「フェイバルさん! あいつウザいです……じゃなくて依頼書持ってかれちゃいました!! どうしましょう!?」

男はそのリーゼント頭をちらりと一瞥し、特に焦らす返答した。

 「大丈夫だ。というかむしろ、都合がいいじゃねえーの」

 「ええ!? あの人見捨てるってことですか!? ウザいとはいえ、さすがにそれは……」

 「違ぇよ。尾行すんだよ。アイツには悪いが、になってもらおうか」






【玲奈のメモ帳】

No.24 依頼受諾システム

ギルド魔導師は、依頼掲示板に添付された依頼書から依頼を自由に選択することができる。受諾する際は掲示板から任意の依頼書を剥がし、それを受付へと提出する。このとき依頼書はギルドの事務担当者によって複製・保管され、原本はギルド魔導師へ返却される。このとき原本にはギルド事務から押印が施され、ここでようやく受諾が成立する。なおこのとき、依頼人へ受諾がなされた旨を通知される。

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