23.銃と魔法と ***

 初夏を思わせる太陽が街行く人を照りつける。快晴という言葉以外では形容しかねる天気のなか、玲奈はひとり王都の繁華街へとやってきた。そう、あの約束の為に。

 「うぅ……暑いなぁ……私の自作PCのCPUくらいあちぃ……」

 玲奈は建物の日陰に入り壁へともたれかかる。しかしそこから少し待てば、幸いにも待ち人はすぐ現れた。

 「レーナさん! おまたせー」

 玲奈の元へやってきたのはヴァレン。しかし今日のヴァレンは、いつもに増して妙にテンションが高い。それもそのはず、今日ヴァレンがここへ来たのは、彼女の愛して止まない魔法銃の選定を付き添うためなのだから。

 「さあ行きましょう! レーナさんの相棒を探しに!」

 ダストリンで交わした、玲奈の愛銃を購入する約束。猛暑の中彼女らが繁華街へとやって来た目的はそれだ。とはいえ玲奈には心配な点がある。いやそれは心配事とも言いがたい、元も子もない問題だ。

 (私、銃なんて使いこなせるのかなぁ……あたりまえだけどさ、銃なんてド素人よ……?)

 振り返れば玲奈が初めて銃を握ったのは、ダストリンでの作戦中のことだった。咄嗟に拾ったのは、身の丈に合わぬ魔法機関銃。魔法陣の展開が行えるようになっていた玲奈は何とかこの銃で弾を撃つことができたが、彼女にそれ以上の技術は無い。当然照準を合わせることなどできるわけもなく、彼女に出来たのはただの乱射だった。

 (買っても使いこなせなかったら、なんか申し訳ないなぁ……)

 そんなことを考えつつも、今日の買い物を楽しみにしているヴァレンに胸の内を告白する勇気は無い。だから彼女は己を騙した。  

 (ま、まあ、経費だからね! 経費で落ちるから!!)

購入した後先の事を今考えるのはやめにしておこう。

 



 ヴァレンは玲奈を連れて魔法銃専門店の扉を開いた。

 「お邪魔しまーす」

 ヴァレンに続いて玲奈も一歩足を踏み入れると、そこにはダストリンの専門店に及ばないものの、無数の銃が展示された見慣れない空間が広がった。

 二人に気づいた店主の老人は魔法銃の整備を中断すると彼女らへ声をかける。

 「いらっしゃい。おや、ヴァレンちゃんか。ゆっくり見ていっておくれ」

店主とヴァレンは知り合いのようだ。ヴァレンは人差し指と中指で快活でそれに応えた。

 「ありがとーガショーさん。それじゃ遠慮なくー」

ヴァレンは店内を見回り始める。玲奈もヴァレンに続いた。視線の先には大小様々な拳銃。あのとき玲奈が拾ったものとよく似た機関銃や狙撃銃のような長物まである。これほどの銃器を見ると玲奈は未だに

 (ここはアメリカかっ!)

とツッコみたくなるが、不正解。残念ながらここはアメリカですら無い、異世界である。きっと引き金の軽さも、地球の比では無いのだろう。

 「レーナさん! とりあえず女子は可愛い拳銃型よ」

 玲奈はヴァレンに腕を引かれ、再び拳銃型魔法銃のブースへと移動した。

 目の前に並ぶのは無数の魔法拳銃。しかし魔法銃の知識など持ち合わせるはずのない玲奈には、細かな違いなど分からない。ゆえに玲奈はそれとなく尋ねた。

 「あのぉ、ヴァレンちゃん。銃って、どうやって選べばいいのかな……?」

 「よくぞ聞いてくれました、レーナさん」

妙に溜めるとヴァレンは凜々しい声で答える。

 「簡単なことです、大切なのはフィーリング!」

 玲奈は唖然とした。銃に対して情熱的すぎる彼女のことなら、もっと性能云々の話をされると思っていたのだが、示されたのは玲奈が日本酒を買うときと同じ方法だった。

 しかし困惑の中でも、玲奈はダストリンの専門店でのヴァレンを思い出す。そういえば彼女は銃の形状を見て、それがイケメンなどという理解に苦しむ発言を繰り返していた。それを思い出せば、彼女がこのような選び方を推奨してきたことにも納得がいくだろう。

 しかしさすがの玲奈でも銃は趣味の守備範囲外。銃に対して人間的な感性を持ち合わせているはずもない。もうちょっと分かりやすいアドバイスを貰おう。

 「いやぁ、本当に悪気は無いんだけどね、私にはどれがカッコいい銃なのか分からなくて……」

ヴァレンはわざとらしく腕を組むと、少し目を細めて玲奈をからかった。

 「レーナさん、男見る目無いでしょ……?」

 「んなっ……! なにおぉ!」

 「いい? レーナさん。銃も男も同じなの。使いこんでいけば自然に従うようになる。思うように動かせるようになる。だから銃も男も、選ぶときはフィーリングでいいのよっ」

 「ヴァレン、あんたの男への価値感どうなってんの……?」

そのときヴァレンは玲奈の痛烈なツッコミを聞かずに、店主のガショーという老人へ声をかけた。

 「ガショーさん! 少し展示の銃触ってもいいかしら?」

 「ああ。もちろん構わんよ」

ガショーは一瞬だけ鼻歌を止めると、手を忙しなく動かしながら快く応える。

 「さ、レーナさん。片っ端から触るわよ!」

 「え、ええ!?」

そこからは玲奈にとって、ずいぶんと長い時間だった。




 ようやく最後の拳銃を手放したとき、ヴァレンは玲奈へ尋ねる。

 「これで一通り全部触れてみたわね。さ、レーナさん。どう? 決まった??」

玲奈は顎に手を据えて悩んだ。正直なところ、コレしかないという感覚は最後まで分からずじまいだったから。

 ただそれでも、ある拳銃が妙に目に留まったのもまた事実。ふとその拳銃をもう一度持ち上げた。

 黒色のカラーリングに、玲奈の大きくない手でもしっかりと握れるサイズ感。全長も小さく結構可愛い気がするというのが絞り出した理由だ。正直だいぶ無理をして選んだが、一瞬でも拳銃に対して可愛いという感情を抱いた玲奈は、すでにヴァレンに相当毒されている気がした。

 「んんっと、その子は全長が一五・七センチメートル。重量は七四〇グラム。強化魔法が無い女性でも十分扱えると思うけど、それにする? その子にしちゃう??」

 ヴァレンはその銃を一瞬で解説してくれた。それでも自分に魔法銃が必要なのかは分からなかった。しかし彼女は魔導師だ。これからダストリンのような戦闘に遭遇する運命を担った、国選魔導師に認められし者なのだ。戦闘の機会は必ず訪れる。ならば、持っておいて損は無いはずだ。

 秘めたる魔導師たる決意が、玲奈を口走らせる。

 「こ、これにします!」

そして彼女は新たな相棒を迎えた。




 玲奈は店を後にすると、満足気なヴァレンと別れフェイバル宅へと戻った。ソファーで仰向けになりながら何かの書類に目を通すフェイバルは、そのままおもむろに彼女へ尋ねた。

 「よぉ、早かったなぁ。そんで、手に馴染む相棒は見つかったわけ?」

 「え、ええ。まあ……」

 「ならよかったじゃねーの。まー魔法が慣れないうちはそっちに頼りな。魔法銃は魔法陣の展開さえ行えれば充分活躍できる」

 「……精進します」

 なんとなくこれ以上言及されくなかったので、玲奈はそのまま二階の自室へ向かった。

 ベッドに寝転びながら、天井に向かって銃をそれっぽく握ってみる。こうやって構えてみるだけで妙な高揚感を覚えた。それはきっと彼女がオタク志向だからだろう。大好きだったアニメのガンマンになった気分だ。

 今の玲奈は魔導師秘書兼ギルド魔道師。いずれ必ず手にした相棒を実戦で使う場面はやってくる。そしてそのとき、誰かを守るためにそれを使いこなす義務が、彼女にはあるのだ。

 「魔法だけじゃなくて、魔法銃こっちのほうも練習しなきゃ、か。ヴァレンちゃんに付き合って貰うか……」

 すべきことは山積みだった。だがその全ては、魔導師としての成長に繋がっている。背を向ける理由など彼女には無い。






【玲奈のメモ帳】

No.23 ヴァレン=?

妙に露出の多い服と派手な金髪から、どこからともなくエロいお姉さん感が漂う女性魔導師。しかし玲奈より年下の二一歳。フェイバルの弟子として研鑽を続ける。強化魔法のほか、誘惑魔法や治癒魔法といった多彩な魔法を行使する優れた魔導師である。相棒である大口径の魔法銃は威力抜群。

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