18.偶発する魔導 ***

 フェイバルとヴァレンは、瞬く間にして死体の山と化したバリケードをただ見上げた。

 二人の険しい表情は変わらない。なぜならば、そこに並んでいなければならないはずの死体が足らないから。

 「どうやらマフィアの人間はまだ生きながらえているらしい」

 「……ですね」

 二人は慢心することなく、バリケードの背が低い隅のほうから一室の奥へと通り抜ける。

 そこに広がったのは、バリケードにあらゆる備品を投入したせいでずいぶんと殺風景な空間だった。床にはあらゆる薬品や粉末、木箱が散らばる。しかしそれでも、目的の人影だけが見当たらない。

 「誰も……いねーな」

 二人が気を緩めかけたその瞬間が狙われた。乗り越えたバリケードから、かすかに何かがきしむ音が鳴る。

 フェイバルは声を荒げた。もう足を動かす時間は無い。

 「ヴァレン! 後ろだ!!」

 デスクから大型の木箱まで、様々な物が積み上がったバリケードの下方にて。不自然に立てかけられたデスクの天板が前方に吹き飛ぶと、そこから拳を振りかざした巨漢がヴァレンを襲った。

 「――!!」

ヴァレンは間一髪、防御魔法陣を展開する。しかしその奇襲はあまりに完璧だった。体勢の悪い状態で展開した防御魔法陣は、男の振り下ろした拳によってついに粉砕される。相殺しきれなかった衝撃は、ヴァレンを部屋のさらに奥へと吹き飛ばした。束の間、衝撃音が地下に響く。

 フェイバルは男の照準をこちらへ向けるべく、光熱魔法・烈線レーザーで反撃した。一筋の熱線は高速で敵の胸元へ伸びる。しかしその巨漢は、見てくれに反した軽い身のこなしでそれを難なくかわしてみせた。

 (中々な水準の強化魔法。無駄にデケぇ体しながら気配を消す技術……間違いない)

 巨漢はバリケードから椅子を引きずり出すと、それをフェイバルへ投げつける。フェイバルは容易くそれを魔法陣で防いだが、そのあまりに軟弱な攻撃はどうやら挑発だったらしい。巨漢は不敵な笑みを浮かべると、突然フェイバルに語りかけた。

 「まさか国選魔導師がおでましとはなあぁ…… 俺がこいつを殺れば首領ドンも認めてくれるだろうよ……!」

 「なんだ、俺の事知ってんのか」

 「当たり前だ。裏の世界の人間ってのは、案外ギルド魔導師に詳しいもんだぜ」

 「お前がここを仕切るマフィアの人間だな。王都マフィアの情報は中々出てこねぇし、後でいろいろ教えてもらうぞ」

 「後もクソもねぇ。テメェが先に逝くんだからよ――!」

 男は外見に似合わぬ素早い動きで、フェイバルとの距離を一気に詰める。しかしフェイバルは至って冷静だ。敵の魔法を的確に分析する。

 (剛力ストロングス俊敏アクセル。典型的な肉弾戦タイプか)

 フェイバルは臆せず魔法陣を展開した。深紅の魔法陣と大きな拳が激突する。その刹那、室内には肉の焼けた匂いが充満した。

 「……ただの防御魔法陣じゃねーから、拳使うなら気をつけてくれや」

 巨漢が拳を収めたとき、もうそれは拳と呼べる代物でなくなっていた。肉は焼け落ち骨が露出する。

 熱魔法・帯陣ウェアは、魔法陣に高温の熱を帯びさせる。一見防御魔法陣と違わぬ見た目ながらも、安易に触れればその腕を奪う。防御と攻撃を両立したこの魔法は、肉弾戦を得意とする者に絶大な効果を誇った。

 巨漢は失われた拳に耐えかねうろたえる。それを好機と見たフェイバルは、すぐさま追撃を仕掛けた。

 すかさず展開される魔法陣はフェイバルの脚を包む。熱魔法・装甲アーマーを纏った右脚は、巨漢の腹へと突き刺さった。

 為す術無く一撃を受けた巨漢は軽々と吹き飛ばされ、ついにバリケードへ激突した。バランスを失ったバリケードは、そのまま大きな音を立てて崩れ始める。そして男は無惨にも、積み上げられたガラクタの下敷きになった。

 フェイバルはのそこへ背を向け、すぐにヴァレンのもとへと向かった。

 「ヴァレン。無事か?」

 「はい。ごめんなさいフェイバルさん」

 ヴァレンは物陰に潜んで治癒魔法を行使していた。壁に打ちつけられたことで出血を伴っているものの、致命傷は避けたようだ。

 そのときバリケードに埋もれた男は薄れゆく意識の中、たまたま手の届くところにあった木箱を漁った。そんな偶然が、最悪の戦況をもたらすこととなる。

 「首領ドン、俺ァ……あんたのガキだ……だから……あんたの為ならァ……」




 玲奈とダイトは暗闇の中を歩き続ける。右手には大きなコンテナが並び、左手には工場建屋がある。残り三人の見張り番を探そうとも、一向にそれらしき人影は現れない。

 「あと、三人……いないね……」

 「そうですね。こればかりは闇雲に探すしかないです。根気よくいきましょう」

そのときダイトは、息切れが続く玲奈を気にかけた。

 「レーナさん、少し休憩しますか? 軽度の魔法負荷の症状が出てます。倦怠感もあるでしょう」

 「……大丈夫……行こう」

 その返答は決してダイトの不安を取り除くことのできるものではない。それでも彼は、彼女のその言葉を尊重することにした。

 「なら、行きましょう。もっと多くの敵を前にしてるはずのフェイバルさんのほうが先に全部片付いたなんて事になったら、俺たちのメンツが立たないですからね……!」

 威勢づいたそのとき、狙いすましたかのように探し人らは現われた。工場建屋の屋根から音も立てずに奇襲を仕掛けるのは、二人の戦闘員。手にはファルシオン型の魔法剣が握られている。

 魔法剣とはすなわち、魔力を宿すことでその威力を爆発的に上昇させる剣。大陸では魔法銃に並ぶ代表的な武器である。

ダイトは己の防御以前に、玲奈をコンテナの隙間へと投げ飛ばした。

 「きゃあぁ!!」

 しかしその代償は大きく、もう防御魔法陣を展開する時間も空間も無い。そこで彼が選んだのは、鉄魔法・装甲アーマーだった。

 凄まじい切れ味を誇る魔法剣を、間一髪のところでダイトの両手が受け止める。激しい火花が散った直後、戦闘員たちはすぐにダイトから距離を取った。

 ダイトは腕の灼熱感に気がつく。剣を防いだ腕の鉄装甲は完全な防御に至らず、着実に削られていた。傷は浅いものの、ポタポタと血が流れ始める。

 (こいつら、さっきの見張りとは魔力が違いすぎる――まさか!?)

戦闘員らはダイトがあることを理解した表情を見て、醜悪に笑った。

 「やはりMP-12は素晴らしい。切り刻んで犬の餌にしてやろう……」

 「どうやら女がもう一人居るようだが、まずはお前からだ」

 戦闘員たちは再び剣を構えると、また息を合わせてダイトへと接近する。思わず怯んだ彼はまたも防御魔法陣の機会を失い、また鉄魔法・装甲アーマーを頼った。

 男たちが繰り出す激しい連撃は、その物量も威力も先程の比ではない。それでもダイトはただ鉄を纏った肉体で耐え抜くことを強いられた。

 無情にも、彼は完全に窮地へと追い込まれた。攻撃を受けるたび、鉄装甲は着実に削り取られてゆく。

 そのとき玲奈は、体勢を立て直しコンテナの陰から様子を伺う。脳裏を巡るのは、交錯して絡み合った思考たち。

 (私は……何をすれば……)

 (決まってる……ダイト君を助けなきゃ……)

 (でも……どうやって? 私に何ができるの??)

この有事で、様々な思案が頭を巡る。しかし彼女はあまりに無力だ。魔力負荷なるものを発症しているうえ、下手な魔法を撃てばそれでダイトを攻撃しかねない。そもそも、まだ満足に魔法を繰り出せたことすら無いのだ。

 そんな中でも、ダイトの鉄装甲はみるみると剥がされていく。切り傷は次第に増え始めた。

 (何か……何か私にできることを……!) 





【玲奈のメモ帳】

No.18 魔法負荷

急激な魔力の放出によって魔器に負担がかかることで起こる症状の総称。軽度なものでは倦怠感や息切れ、中度では出血や目眩、重度では意識障害などが症例として確認されている。

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