16.畏怖を越え、高みへ。 ***

 倉庫建屋地下。変哲なき倉庫であったはずのそこは、いまや化学工場へと変貌していた。

 年季の入った木の扉は、軋みながら勢いよく開けられた。武装したままの男たちは、うろたえながら小さな通信室へと押し寄せる。彼らはフェイバルたちの居る倉庫地上階と接続された地下階段を見張る戦闘員だった。

 「ボス! 地上に何者かが侵入しています!!」

 「……」

息を切らした迫真の声色であろうと、そこ返される言葉はない。黒い肌と金髪のドレッドヘアーが特徴的なその巨漢は、ただその喚き声を耳にした。

 別の戦闘員は、焦りからか責任転嫁を始める。

 「まったく、地上の連中は何してんだよ!!」

 「ボス! 指示を!!!」

 ボスと慕われる巨漢はしびれを切らすと、おもむろに椅子から立ち上がった。そのまま騒ぎ立てていた男の顔面を大きな掌で鷲掴みにすると、迷わず壁へ叩きつける。

 凄まじい衝突音を気にも留めず、その男は語りだす。

 「ここの防衛は首領ドンの指示。首領ドンの指示は絶対だ。そのためにてめえら下っ端ができることは肉壁になることだろーが」

男は鷲掴したそれを壁から離すと続けた。

 「もう逃げ道なんてねぇんだよ。今更喚くんじゃねえ。カスならカスらしく死んでいけ」

巨漢は男を放り捨てた。そのまま思い立ったかのように通信室を後にする。

 開いたまま扉の先は広間。そこはかつては倉庫だったこともあり、石造りで堅牢に建てられている。剥き出しの柱が立ち並び、そこに暖色の光が灯っている。数名の戦闘員は柱に寄りかかりながら、眠そうに銃を握った。

 一室の中央には古めかしいデスクが整然と並べられ、そこ上にはあらゆる液体や粉末が並ぶ。数名の白衣姿の者たちは、まるで魂を失ったかのような瞳でその薬品を調合していた。今ここでまさに、問題のMP-12が生産され続けている。

 広間の隅のガラクタで区切られた一区画には汚れた毛布や大きな樽が据えられており、最低限の生活を送るための空間が設けられていた。冷たい石の床に耐えて眠っている者は、この過酷な環境で安らぎのひとときを満喫している。

 戦闘員の男たちが巨漢に続いて通信室から広間に出たとき、巨漢は広間全員に届くけたたましい大声で指示を出した。

 「侵入者、恐らく魔導師だ!! 戦闘員は入り口にバリケードを築け!!」

 地下にいる戦闘員たちは忙しなく動き始める。随分と恐怖を植え付けられているのか。あまりに従順な様子だった。

 巨漢は広間を闊歩し始めると、とある白衣の男へと近づく。他の白衣の男たちはそれに目を合わせないように、デスクに並べられた様々な粉末や液体を手作業で調合し続けた。詰め寄られた白衣の男だけが、やむなく手を止める。

 「な、何でしょうか……」

 「銃を持て。命令だ」

白衣の男は怯える。その反応を面白がるように口角を上げると、巨漢は他の白衣の男にも語りかける。

 「おい、こいつだけじゃねえぞ、もれなくおまえら全員だ」

 戦闘員の男は、魔法銃が入った木箱を白衣の男の目の前のデスクへ乱雑に乗っけた。

 「魔力を集約して引き金を引くだけ。薬の調合なんかより簡単な仕事だと思わねぇ?」

威圧的な態度の巨漢に対し、拒否権は無かった。白衣の者たちは、恐る恐る木箱から銃を取る。

 彼らは皆、強制的に薬の生産に協力させられているダストリン化学局の職員たち。いくら化学に精通していようとも、銃など手にしたことすらない者ばかりであった。




 錯乱する玲奈に、ダイトは声をかけ続ける。それでも玲奈に声は届かなかった。そんな最中、後方からまた足音が近づく。

 (まずい――!!)

 ダイトがそれに気づいて視線を送った瞬間、無数の魔法弾が二人を目がけて降り注いだ。間一髪ダイトは玲奈を庇うようにして魔法陣を展開し、弾丸を防ぐ。あたりには魔法陣に弾丸が衝突する激しい音が響いた。

 そして幸いにも、その銃声が玲奈を正気へ還すこととなる。まだ声に震えは残るが、彼女はようやく現状を捉え始める。

 「ひっ……! また敵……!?」

 「そうです……!」

 ダイトは苦しそうな表情で応答した。これだけの弾幕をたった一人の魔法陣で受けているなら当然である。

 玲奈はようやく気づいた。まさに今、情けない自分を庇う仲間を危険に晒しているのだと。

 (私は確か……何もできなくなって……それで敵に狙われて……それでもダイト君は……)

ダイトは限界が近づいていることを悟り、次の行動を示した。

 「レーナさん……! いったん射線から外れますよ……!」

 「は、はい!」

 二人は息を合わせてコンテナの反対側へ回り込む。新手の戦闘員の射程から外れると、その場を離れるべく広い道へ飛び出した。しかしそこは、つい先程仕留めた戦闘員の死体が転がる道。逃げるには、その側を駆け抜けなければならない。

 鼓動は勝手に高まり、胸が苦しくなる。それでも玲奈はその際、あえて生々しい死体をもういちど目にした。初めて見る温かい死体は相変わらず惨い。しかし彼女はもう腹を括ったのだ。

 (今までアニメで……漫画で……ラノベで、魔導師ってのに憧れてきたはずでしょ、私! なら私だって、やってやるわよ――!)

 玲奈は死体のそばに転がる魔法機関銃を手に取り、咄嗟にそれを抱える。新手の戦闘員たちと十分な距離があったことが功を奏し、二人は何とかその場から逃げ切ることができた。




 しばらく走り抜け、二人は少し離れた場所へ辿り着いた。廃棄された大きな機械があったので、その陰で腰を下ろし身を潜める。

 ようやく深い呼吸ができつつある。ゆえに玲奈は、まず最も述べなければならぬことを口にした。

 「ダイト君、私のために……ごめん! でも、もう私は大丈夫だから。覚悟はできた。も、もちろん怖いけど……もうあんなヘマはしないから――!」

 それでもまだ、無意識にも玲奈には怯えた表情が浮かんでいた。勇ましい発言とは釣り合えないその様子に、ダイトはくすりと笑う。

 「えっ……? ダイト君? なんで笑ってるの……?」

 「えへへ、すいませんっ。何だかとても、逞しいなって思いまして」

 「そ、そうかな……? それって褒めてくれて……ないよね」

 「いえいえ、褒めてます。だってヴァレンさんなんて、初めて現場で戦闘したときは――」

そこから先、ダイトは玲奈に耳打ちした。その不抜けたエピソードのおかげで、次第に玲奈の顔から怯えは抜けてゆく。

 「そ、そんなことが……」

彼女の意外な一面、というか黒歴史を聞いて、玲奈はどこか肩の荷が下りた気がした。それでも少し緩んだ空気になるのはまだ早い。ダイトは再び場を締め直す。

 「レーナさん、確かに初めての戦闘は怖いです。もちろん僕だってそうでした。でも安心してください。レーナさんには僕が、ヴァレンさんが、そしてフェイバルさんがついています。国が認めた魔導師と、それに見込まれた弟子たちですよ! 何も恐れることはありません!!」

ダイトは立ち上がると続ける。

 「さあ、作戦再開ですっ! このままじゃフェイバルさんにドヤされますよ!」

玲奈は少し微笑む。似合わない大きな機関銃を握りしめて、軽快に腰を上げた。




 フェイバルは足元に散乱した大型機械を、片っ端から払いのけ始める。床に金属の上げ蓋が現われたのは、意外にも探し始めてすぐの出来事だった。

 フェイバルは積み重なったガラクタを全てどかすと、錆び付いた上げ蓋のハンドルを回し始める。ヴァレンは奇襲に備え愛銃を抜いた。

 ハンドルが回りきると、フェイバルはその上げ蓋を開く。金属が擦れる嫌な音が止むと、そこにあったのは下り階段だった。それは紛れもなく、地下施設への昇降口。薄暗い灯りがまだ灯っているこあたりからも、中に人間がいることは明らかだ。

 「ココで間違いねーな。突入するぞ」

 「了解」

そして二人は、ついに地下施設へと足を運んだ。




 王都。再び貴族街のとある屋敷。金色の短髪をした爽やかな男は、窓の奥の夜景を眺める強面の男へと話しかける。

 「首領ドン、ご報告です。ダストリン駐留中のパドから、MP-12生産施設が襲撃されているとの情報が入りました」

その首領ドンと呼ばれる男は、胸から葉巻を取り出し火を付けそれを嗜み始める。

 「ったく、面倒なことになったな」

 「……我々もここ数年で下部組織をずいぶん失いました。これも恐らくは、貴族らの意向でしょう」

 「んなことは分かってる。恨まれる覚えくらい、いくらでもあるからな」

男は煙を吐くと、月を眺めながら静かに呟いた。

 「パド。まだくたばんじゃねえぞ」






【玲奈のメモ帳】

No.16 鉄魔法

鉄を自由自在に発現させる魔法。魔法陣は銀色。物体や現象を引き起こす発現魔法の一種である。

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