6.お人好し騎士 ***

 魔力駆動車は賑やかな大通りをただ真っ直ぐに走り抜いていく。通りの入り口に掛けられた小さな看板には、『エルウェ通り』の文字。

 外の景色に興味津々な玲奈は、ただただ車の外に広がる世界観に吸い込まれていた。この世界でようやく一晩越したが、高層ビルも高架も無い町並みにはさすがにまだ慣れない。

 そんな玲奈とは対照的に、フェイバルはどこか気だるげな表情を浮かべる。彼は今回のようにお堅い仕事が苦手、というか嫌いだ。

 そのとき、賑わいのある繁華街はすぐに一変した。いつのまにかそこに立ち並ぶのは立派な屋敷群。貴族街である。

 玲奈はその街並みについて、ふと感想を口にした。

 「うーわ、さっきとは随分変わりましたね。道もめちゃ舗装されてるし、街路樹まであっちゃって」

 「あたりまえだろ。それが貴族街だ」

 「貴族って、要するにお金持ちってことですよね?」

 「……金持ちというよりかは、家名が世に知れてるおかげで裕福に暮らしてる奴らってところだ」

 「へー。親ガチャってことね」

 「何言ってるかよく分からんが、車出たらあんまり変な動きすんなよ。ここらにはちゃんと権力ある奴らも住んでる」

 「……フェイバルさんに変って言われるの癪です」

 「めっちゃハッキリ言うじゃねーの。俺も傷つくときあるぞ?」

フェイバルの戯言に返事もせず、玲奈はまた気になったことを聞き返してみた。

 「権力ってのは、例えば大きな工場を取り仕切ってるとか、王様に近しい関係にあるとかそういうこと?」

 「んまぁ、そんな感じだな。いや、違うか。まあそのへんはちょいややこしいとこだ」

 だらだらと閑談していれば、目当てはすぐに見えてきた。華やかな建物が並ぶ景観の中に、石造りの強固な建物と高い塀。その無骨な様相はなんとも異質だった。

 「さ、着いたぜ旦那!」

 運転手の男は、威勢の良い声で到着を告げる。対照的に、フェイバルはいつも通りの声量で返答しした。

 「おう、さんきゅ」

玲奈はあわてて彼に続く。やるべき業務は忘れずに。

 「ありがとうございました。それじゃ、迎えは予定通りの時間でお願いします!」

 「おうよ、任せときな」

そうして二人は魔力駆動車を後にした。




 車は走り去っていった。視界を小さくなる車から逸らすと、そこには閉ざされた重厚な門と見張りの騎士の姿が映る。その重々しさに圧倒される玲奈をさておき、フェイバルは二人の門番へ近づき始めた。彼女は遅れてそこに続く。

 「よぉ。俺だ」

 フェイバルは騎士に声をかける。しかし彼らは気さくな合図を堅い言葉で返した。

 「紋章を拝見しますね」

騎士の男は、フェイバルの胸元の紋章を視認する。フェイバルはぽろっと本音を零した。

 「いい加減顔で通してくれないもんかね」

 「……規則ですので」

ふとしたやり取りから、玲奈はこの男にって紋章がどれほど小さく軽いものか理解した。高価そうだから、ちゃんと大事にしてほしい。

 騎士の男はようやく許可をおろす。

 「失礼しました。どうぞお入りください、恒帝こうてい殿」

 「おう。上層部に掛け合ってくれよ、顔パスのこと」

フェイバルは巨大な門をくぐろうと歩を進めた。玲奈は彼に続き、見上げるようにして門をくぐる。

 「ひえー。要塞みたい」

 そのとき、敷地内に居た一人の騎士が二人に合流する。その騎士は自分が案内役であることを明かすと、二人の数歩先を歩き始めた。

 広くとも所狭しと建造物が押し込まれているため、敷地内はどこか窮屈に感じた。門をくぐれば直ぐに外廊下に繋がり、日陰が多く昼でも少し薄暗い。

 無意識に緊張を和らげようとしたのだろうか、玲奈は先程の聞き慣れぬ言葉について尋ねてみた。

 「ねえフェイバルさん。さっきのコーテイって何ですか? エンペラーなんですか?」

 「勝手にそう呼ぶ奴がいただけだ。俺が広めたわけでは決してない」

フェイバルは妙に念押しで否定していた。自称するのはイタいという認識のようだ。厨二病が完全に抜けきらない玲奈にとっては好物だが。

 (やっぱそういうちょっとカッコよさげなのあるんだ……)




 案内役の騎士はとある重厚な扉の前でその歩みを止めた。

 「こちらが本日の会議室になります。定刻まで中でお待ちください」

 「おう、ご苦労さん」

案内役の騎士は扉へ近づくと、大きな取っ手を握る。そのままゆっくりと開こうとしたとき、ある者の来訪に気がついた彼はその手を止めた。

 「フェイバル、お久しぶりね。にしても遅刻しないなんて珍しー。一体どういう風の吹き回しなの?」

 その声は女性のもの。明るい茶色の長い髪を細い腰まで伸ばし、他の騎士とお揃いの黒いローブを身に纏っている。しかしそのローブに据えられた美しい勲章は、彼女が一線を画した騎士であることを如実に示す。また彼女のすぐ側に付き人の騎士が居るあたり、お偉い人物であることは確かだ。

 フェイバルは淡泊に返事した。

 「よお、久しぶりだな」

 「あ、そうそう。昨日は会えなくてゴメンね。ちょっと今日の準備で忙しくて……」

 「どーでもいいっての。記念日ってのは、どうせ毎年訪れる」

そのとき女性騎士が玲奈を捉える。お互い見慣れぬ顔でありながらも、その女性は咄嗟に歩み寄り玲奈の手を握ってしみじみと感謝を述べ始めた。

 「ああ、あなたがフェイバルの遅刻を止めし英雄ちゃんね。ほんとにありがとうぅ」

 「え? あ、はい。どうもどうも……」

突然の近距離戦に気圧されてしまった。女性は手を離さないまま、フェイバルに尋ねる。

 「この子が今の秘書ちゃん?」

 「まあ、そんなとこだ」

 「あ、えっとお、レーナと申します。以後お見知りおきを……」

 「レーナちゃんね、良い名前。私はロベリア。元はフェイバルの同業者だけど、今は王国騎士団の第三師団の師団長で――」

そのとき彼女の自己紹介は中断された。彼女は玲奈へ顔を近づけると、瞳をまじまじと見つめる。

 同性でもさすがに恥ずかしい距離感。耐えきれず玲奈は呟いた。

 「ど、どーしました……?」

 「……綺麗な瞳ね」

瞳を褒められるなど、初めての経験だった。思わず困惑した玲奈は、ロベリアへの返答ができないでいる。

 はっとしたロベリアはようやく玲奈の手を離した。

 「ごめんね、急にきもいこと言って!」

 「い、いーえ。お構いなく」

 「と、とにかくフェイバルはアホだし適当だし生まれつきデリカシーが欠如してるけど、魔法の腕は確かだから、そこだけは頼ってね!」

 「おいロベリア、お前には人の心があるのかー?」

フェイバルをさりげなく無視するロベリアは、さらに玲奈へと尋ねる。

 「それで、レーナちゃんはフェイバルの秘書になって何日目なの?」

 「ええっと、一日目ですけど……」

その答えを聞いたロベリアは、少しだけ俯いて顎に手を当てる。しばし後、その質問の意図が明かされた。

 「ご、ごめんねレーナちゃん。国選魔道師の秘書は本来なら会議への参加が許されているのだけど、今回の会議は見送ってもらいたいな」

ロベリアは両手を合わせて申し訳なさそうに言った。特に気分を害したわけでもないが、玲奈はとりあえずそれに応答しておく。

 「は、はあ……」

 「今回扱う案件はなかなかシビアだから、どうしても信頼の置ける人のみで行いたいの。断じてレーナちゃんを疑ってるわけじゃないのよ!」

 「な、なるほどぉ。全然大丈夫ですよ……!」

レーナは少しだけ考え込む。その結果彼女は、握りしめていたメモ帳とペンをフェイバルに押しつけることにした。

 「フェイバルさん、とりあえず日程だけメモしてきてください! 日程だけでいいんで! 忘れないでね! 寝ないでね!!」

玲奈はとにかくタスクを簡略化してフェイバルに伝える。彼は渋々とそれに応じ、彼女から道具を受け取った。

 「……わかったっての」

ロベリアがさりげなく念押す。

 「フェイバル、分かってると思うけど会議の詳しい内容は伝えちゃダメよ。場所と時間だけ」

案内役の騎士は場の空気を察すると、ゆっくりと扉を開いた。ロベリアは小さく手を掲げてその騎士に感謝を伝えながら、扉をくぐり始める。

 「それじゃ、少しだけ待っててねレーナちゃん」

そうして二人は、扉の向こうへ消えた。




 玲奈はひとり取り残される。騎士の計らいで付近のベンチ腰掛けることはできたが、なにぶん時間がありすぎる。

 「ロベリアさん……っていったっけ。あの女の人。フェイバルさんの元仲間で今は騎士か。元勤務先うちがブラックすぎて公務員に転職した先輩思い出すなぁ。何ていったっけなあの人の名前……」

 「そーいえばフェイバルさんみたいに薄い髭生やした、窓際族のおじさんも居たっけか……」

 今となってはどうでもいいことばかり思い出してしまう、そんな空虚な時間が流れる。それでも思えば、この世界に来てからこれほどのんびりと過ごせる時間は初めてだ。彼女はこの穏やかな時間を堪能しておくことにした。

 とはいえ限界は早かった。ぼーっと扉を見つめてから何分が経っただろうか。一向に会議の終わる気配はしない。気の持ちようでは暇を潰せなかった。

 次第に玲奈は眠気を催す。すると、ふとあることが気になり始めた。

 「そういえば、今日見た夢どんなんだっけ……?」

 夢というものは存外その内容をすぐに忘れてしまうものである。どうでもいいと思いつつも、それ以外にすることないのでどうにかその内容を思い出そうと努力してみた。

 「……誰か出てきたきがする……う~ん。誰だあれ?」




 廊下の窓の向こうが暗くなりつつある頃、ようやく目前の扉は開かれた。一斉にぞろぞろと人が出てくる。ロベリアと同じ漆黒の正装に身を包んだ騎士ほとんどだ。そしてその流れに乗るように、フェイバルとロベリアも外廊下へ現れた。

 「待たせたなぁ。すまん」

 「ごめんね、レーナちゃん」

玲奈はベンチから飛び上がると二人のもとに駆け寄る。

 「お二人ともお疲れ様でした!」

フェイバルはメモ帳とペンを返却する。そのまま彼は、座りっぱなしで凝り固まった体をほぐすように背伸びする。

 「さあ、これで今日の仕事も一段落だなぁ」

玲奈はふと時計を確認した。時刻はスケジュール通り。上出来だ。

 「もう間もなく迎えの車が来ちゃいますね。急いで向かいましょうか!」

 「おう、こんな息苦しい所に長居する理由も無ぇ」

ロベリアはさりげなく反撃する。

 「この場所が息苦しいんじゃなくて、あんたの呼吸器がバグってるだけよ」

その毒に続けて彼女は続けた。

 「さ、私これから仕事あるからすぐ第三師団棟に戻らなきゃなの。慌ただしくてごめんなさい。お気をつけて!」

 「ど、どうもお世話になりました!」

玲奈は礼を告げる。ロベリアは小さく手を振ると、早歩きでそこを立ち去っていった。

 「……ロベリアさん忙しいんですねぇ」

 「ああ、忙しいだろうよ。俺の百倍くらいわな」

 「でも、ロベリアさんがフェイバルさんの同業者だったっなら、元ギルド魔導師さんってことですよね?」

 「いや、俺が騎士だったのかもよ?」

 「それは無いです」

 「……まあ、そうだ。あいつも元はギルド魔導師。でも魔導師を辞めて騎士になり、師団長の座にまで登り詰めた。俺を国選魔道師に推薦するためにな」

 「……え?」

 「魔導師のあいつは、今よりもっと楽しそうだった。少なくとも俺の目にはな」

 「……」

 「お人好しすぎるんだ、あいつは」

 そのとき二人の空間は沈黙で満たされる。フェイバルの暗い声は、まるでロベリアが自己犠牲のもとで騎士を選んだとでも言いたいようだった。






【玲奈のメモ帳】

No.6 騎士団

 大陸の治安維持を目的とする警察組織の名称。創設からの歴史は果てしなく長い。かつては全員が剣を振るい闘ったが、現在では各々が得手とする武器での武装が認められている。

 騎士団には複数の種別がある。このうち王国騎士団は作戦騎士団とも呼ばれ、国選魔導師との連携を担う。

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