ドキドキグルメ宇宙旅行

南雲 皋

 念願の宇宙旅行初日、惑星間ワープを終えた俺の耳に、同行者の悲鳴が突き刺さった。

 俺はワープ機能をオフにし、自動操縦機能を起動させてから運転席を立った。


「どうした⁉︎」

「あ、あ、あ、アイテム類のメンテナンス費用ケチったらいっちばん大事なヤツが不具合起こしてる‼︎」

「なんだアイテムか、宇宙船そのものには問題ないんだな? 焦ったぜ……」

「なんだじゃない! 超大事!」


 涙目になったフィムーが俺の眼前に突き付けたのは、全自動翻訳機だった。

 俺たちの持っているのはネックレスタイプで、電源を入れて首から下げておけば自分の言葉も相手の言葉も自動で通じるように翻訳してくれる機械である。


「翻訳機か……そりゃキツいな。完全に動かないのか?」

「動きはする」

「動くのか、じゃあなにが問題なんだ?」

「問題も問題だよ、の翻訳機能が動かないんだから!」


 フィムーの口から放たれた衝撃の事実に、俺は固まった。

 よりによって、食べ物関連の単語が翻訳不能。

 俺たちはこれから、食い倒れ旅行に行くところだというのに!


 惑星間航行路を一般人が使えるようになって数百年、ようやく庶民でも頑張って貯金をすれば宇宙旅行に行けるくらいになった。

 俺と友人であるフィムーは幼馴染で、昔からずっとこの日を夢見ていた。

 俺たちが子供の頃はまだ、ただの宇宙旅行はともかく、超長距離の惑星間航行が必要となるような別惑星への旅行なんて庶民には手の届かないほど高かった。


 それがここ数十年で劇的に変わったのだ。

 平均寿命も大幅に伸び、他惑星からの移住者も増えた。

 宇宙船自体の値段も、安いものであれば庶民に手が届くくらいにまで下がったし、宇宙旅行に必要とされる周辺機器に関しても安物が流通するようになっていた。


 もちろん、値段はピンキリで、最新鋭の宇宙船や機器類なんてのは目玉が飛び出るほど高い。

 ただ、いろいろなことを我慢すれば、庶民でも宇宙旅行ができる時代になったのだ。


 俺たちは、レンタルした方が安いのか、購入してしまった方が安いのか、とにかく調べまくった。

 結果、かなりの額を抑えることに成功したのだが、それでもギリギリだった。

 俺たちの目当ては他惑星の美味しい食べ物だった。

 だから、現地で使う金をなるべく多く確保したかったのだ。

 だから節約できるところはとにかく節約しまくったのだが、それが仇となったらしい。


「おいおい、マジかよ。他の機器はなんともないのにそれだけ?」

「うん……他の機器は問題なく動いてる……もしかしたら、こいつだけ惑星間航行の衝撃に耐えられなかったのかも」

「なんとか直せないのか?」

「やってみるけど……オレ、専門じゃないから自信ないわ」

「少しでも機能すればいいな。まぁ、完全に壊れたんじゃないことを喜ぶべきか? 買い物すらできないってとこまでは行かなかったわけだろ」

「まぁ、そうだけど! そうだけどさ!」


 俺は精一杯フィムーを励ましてから、運転席へと戻るのだった。

 三世代前の、もはや骨董品とも呼べる宇宙船は、自動操縦機能こそ付いてはいるものの、長いこと目を離すと変なところに進路を変えてしまうことのある機体だった。

 俺は時々進路を確認し、ずれを修正しなくてはならない。


 惑星間航行を終えても、目的の惑星に着くまではまだまだかかる。

 数日を宇宙船で過ごしたが、結局翻訳機は直らなかった。


 目的地に到着した俺たちは、宇宙船を旅行者用保管倉庫に預けて審査場に降り立った。

 ターミナルの天井や壁に書いてある案内なんかは、きちんと翻訳されていて安心する。

 入星審査時に翻訳機能がなかったら詰みだからな。


『ご旅行ですか?』

「はい」

『よい旅を!』

「ありがとうございます」


 何事もなく審査を終え、ターミナルに出ると、すぐに甘い匂いが鼻をくすぐった。

 匂いのする方を見ると、売店の中に置かれた機械でワッフルのようなものが焼かれている。


「あれ食べたいな」

「オレも思った」

「ちょっと覗いてみるか」


 店の前まで行くと、メニュー表が貼られている。

 フォントの感じから推察するに、扱っているのは見えているワッフルのようなものだけ。

 その味が数種類あるようだ。


ンアニアオネアエ

 ・ヒツエロキヌ

 ・コジョレツモケ

 ・ゲモアエホレシチ

 ・ホチョレミュキャー


「…………どれ行く?」

「俺、一番上のやつ」

「うわ、無難〜」

「冒険はしないタイプなんだ」

「じゃあオレ、一番下のやつ」

「おっちゃん、これとこれ、一つずつ」

「ヒツエロキヌとホチョレミュキャーだな、1,560キャルだ」


 お金を払い、少し待って焼きたてのものを渡される。

 俺たちはそれぞれ、受け取ったワッフルのようなものの匂いを嗅ぎ、恐る恐る口にした。


「ほのかにアーモンドみたいな味がするな」

「こっちはねー、なんだろ……フルーツなのかな、練り込んであるみたい。時々柔らかい果肉があって、齧ると甘酸っぱい。イチゴとパイナップル混ぜたみたいな味がする」

「美味いのか、それ」

「じゃあ一口交換」

「はいよ」


 確かに、言う通りの味がした。

 甘過ぎず、後味がさっぱりして美味しかった。


 何が出てくるか分からないだけで、何も食べられないわけではないのだ。

 闇鍋みたいで面白いと思うことにしよう。

 食べ物として販売している以上、それらは全て食べられるはずなのだから。


 それからバスに乗り、ホテルにチェックインしてから予約していた店に向かう。

 地球でも話題になっていた超有名店で、とんでもない倍率で予約抽選に当たったのだった。

 予約が取れたから無理やり宇宙旅行を断行したようなもので、そのせいで不具合なんかが起きてしまったわけだが。


 コース料理が予約できていたらよかったのだが、席だけの予約しかできなかった。

 席に案内され、たぶん飲み物のメニューを渡される。

 そこに並ぶのはやはりちっとも読めない文字列で、俺たちは適当に指をさして注文した。


 食べ物のメニューももちろんそうで、サラダ、メインディッシュ、デザートを、それっぽいところから適当に選んで注文する。


「さて、何が来るかな……」

「あああ、本当だったら一番美味しそうな、好きそうなやつを頼むはずだったのに……!」


 値段からしてボトルだろうと踏んだ俺のテーブルにはワインのような飲み物が、フィムーの方には薄いピンクの炭酸飲料がやってくる。

 なんとも言えない顔のまま乾杯をして、一口飲んだ。


「美味い」

「美味しい」


 これは期待できそうである。


「お待たせいたしました。エモギャッヴォのポインフォでございます」


 テーブルの中央に置かれたのは、赤いソースのかかった温野菜だった。

 美しく盛り付けられた野菜たちに、胸を撫で下ろす。

 周囲を見ると、手掴みで食べても礼儀がなってないことにはならなそうだったので、手で摘んで口に放り込んだ。

 塩茹でなのかと思ったが、コンソメのような風味がするような気がする。

 赤いソースは、梅のペーストを想像して酸味を覚悟していたが、全く酸っぱくなかった。

 塩味と、野菜を凝縮したみたいな風味と、それからガーリック?みたいな味もする気がする。

 なんとも説明が難しいが、美味しかった。


「お待たせいたしました。ヒュリョッチェーブルのコモレッチュラでございます」

「あ、俺です」

「こちらがボロロングルマーエヒのレシュッカフでございます」

「はい」


 俺の前に来たのは、肉の塊だった。

 鉄板に乗せられた肉の塊が、じゅうじゅうと音を立てている。

 添えられた飴色のソースを上からかけると、音はさらに勢いを増した。

 ソースの跳ねが落ち着いてから、ナイフで肉のど真ん中に切れ目を入れる。

 半分にして開けば、肉の塊の中にたくさんの野菜が詰まっていた。


「うお、すげぇ」

「おぉ〜、中、そんなんになってるんだ」


 フィムーの前に置かれた皿には、白身魚が鎮座していた。

 色とりどりの野菜が魚の周囲を取り囲み、魚には薄いオレンジ色をしたソースがかかっている。


 俺たちはそれぞれ一口大にカットしたそれを口に含んだ。

 もぐもぐと咀嚼し、二人して破顔する。


「うっまぁ〜」

「おいひぃ〜」


 肉の部分を噛む度にじゅわりと染み出す肉汁が、野菜と絡んでさらに旨さを増している。

 野菜は十分に火が通っているものの、しっかりと食感が残っていて歯ごたえも楽しめた。


 魚の方も一口もらう。

 皮はパリッと身はジューシー、柑橘系の香りが口に広がるソースには何が入っているのだろう。

 添えてある野菜とも相性抜群だった。


「これはデザートも期待できるな」

「だね」

「お待たせいたしました。ジュエヴェリッケコでございます」

「オレです!」

「こちらはサササボッチョヘでございます」


 俺が頼んだサササボッチョヘは、アイスクリームのようなものだったらしい。

 白と茶色のマーブル模様のアイスっぽいものが丸く盛り付けられ、その隣にはカラフルなアイスっぽいもの、パイみたいな何かが添えられていて、それにナイフを入れると中からチョコレートのようなものが溢れてきた。


「バニラチョコかと思ったら、ナッツっぽいな。美味いけど。こっちはシャーベット系だ、後味さっぱり、パイは見た目通り、チョコパイだな」

「こっちはパフェだね、フルーツパフェみたい。これアロエっぽいけど何だろうね?」

「こりゃ、また来なきゃな」

「今度はオレが当選するかもだし」

「いや、また俺だ」

「とりあえず、最新の翻訳機が買えるようにがんばろ」

「ああ、そうだな」


 俺たちの心は、同じ方向を向いていた。


 美味しい食べ物にかける情熱とは恐ろしいもので、地球に帰ってから転職をしてキャリアアップを図った俺たちは、数年後には今の倍以上の月収を得ることになるのであった。

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