I Needed a Friend

常陸乃ひかる

Lost friends

『二刀流』

 この言葉を聞いて、なにを思い浮かべるでしょうか?

 例えば、宮本武蔵みやもとむさしのような剣豪。

 例えば、投げても打っても大活躍のメジャーリーガー。

 例えば、男性や女性を問わずに愛せるバイセクシュアル。

 ちなみに、の知り合いに、死んださかなの目をした、デブで性格の良くない男が居るのですが、『二刀流』と聞くと、どうしても彼と一緒に入っていたグループを思い浮かべてしまいます。

 あくまで、の場合ですがね。



 蛇目じゃのめという男は、『二刀にとうの会』というグループに所属していた。メイングループに所属していながらも、そのメインの人間関係に疲れた時に取り留めのないことを駄弁だべり合う、気の抜けた集まりである。

 二刀の会は皆、同じ高校に通いながらも校内では干渉し合わない間柄で、顔を合わせるのは決まって第三金曜日の放課後のみ。町外れの喫茶店の隅、四人掛の指定席が活動場所だった。そこは顔見知りが訪れることはない、外部から侵害されないセーフティゾーンなのだ。

「――やっぱ小説は電子で良いんだけんど、専門書は紙に限るってんだ」

 読む内容によって『電子書籍』と『紙媒体』を使い分ける二刀流。どこの出身かわからないが、丸メガネの角本かどもとはたまになまりが出る。メインの友人たちは読書仲間のようだが、最近は読書量マウントに疲れているという。

かどっち、よく紙媒体で読めんね。なんかさ、あと何ページとか考えると萎えて読めなくなんね? あたし無理だわー」

 コーヒーの湯気の向こうで、茶髪のショートウェーブを揺らす、白ギャルの黒光くろみつは、苦笑しながら電子書籍リーダーをスライドさせている。普段はトリックスターイジられキャラを演じている彼女だが、学力自体はトップに君臨する。ギャルだが男性経験はない。そんなロールを使い分ける二刀流だ。

「おふたりとも、お若いのに本を読めるだけ立派だと思います。わっちは活字を見ると目が回ります。字がちっちゃくて……」

 蛇目の横に座る美濃和みのわは、最近この会に入った、物腰が柔らかい知的な一年生である。彼はどこのクラスにでもある普通の男子グループに所属し、普通の男子高校生らしい毎日を送っている。要するに退屈しのぎで、この会に辿り着いたのだ。

 美濃和は様々な二刀流の持ち主で、

『学生、アルバイト』『ブラックコーヒー、激甘フラペチーノ』

『つぶあん、こしあん』『き〇こ、たけ〇こ』

 など、あらゆるものでの二刀流を発揮している。もはや、ただ単にこだわりがないだけなのかもしれないが。

「美濃っち、発言オジサンくさーい」

 そうして、普段とは違うコミュニティゆえ、閉店間際まで雑談に花を咲かせるのが例だった。店主マスターもこの会を黙認しており、第三金曜日のみはコーヒーで何時間でも粘らせてくれる。


「はあ、もうこんな時間だねー」

 すっかり陽は落ち、町の照明が本領を発揮する頃、スマートフォンに目を落とした黒光くろみつが名残惜しそうに頬杖をついた。

「放課後から閉店の二十時までじゃ仕方ねえべ」

 角本も、その気持ちを察しながら小さな吐息を返した。

「てゆーか、月に一回ってのも寂しいよねー? なんてね」

 帰り間際。黒光くろみつはいつも冗談めいて、このあとの予定を匂わせる。けれど皆、一度は思いついたであろう発想は口にせず、その壁を越えようとはしないのだ。

『第三金曜以外もみんなで会おう』

 その、たった一言だけは。

 指先のささくれを引っ張りたいのに、膝小僧のかさぶたをはがしたいのに――それほどの小さなおそれが、皆の懸念になっていたのである。

 当然、コンプライアンスがあるわけではない。これほどに仲良しなら、月に一回なんてリミットを設けるほうがおかしいのではないだろうか?

 蛇目は何度もそう言おうとして、本音を呑みこんできた。が、本日は彼女のトーンがあまりにも低かったので、妙な苛立ちを覚えてしまい、その反動で――その反面で、優しさに交じった勇気を見せようとしたのだ。

「だ、だったら増やせば良いんじゃないか? みんなで会う頻度をさ」


 踏み出してしまった第一歩。

 途端、店内のジャズがいやに耳についた。客はもうほとんど居ないのに、耳の奥がザアザアした。『親切心』という脳内リピートは、己へのエクスキューズだった。

「――そ、そうだべ。別に、違う日に会ったって良いってもんだ」

 しばらくして返ってきたのは、わずかな声量でもあり、

「だ、だよね。そもそも誰が決めたルール? って感じだし。アハハ」

 相手を窺うような声量でもあった。

「わっちは、皆さんにお任せします」

 徐々に元に戻ってゆく皆の声量によって、蛇目は自信を持ちつつあった。二刀流を謳う集まりなら、この関係だって深められるに決まっていると。

「こ、これからみんなで遊びに行こう!」

「いぇーい!」

 そうして四人は普段よりも早く会計し、金曜日の街へと繰り出していった。

 遊び慣れした黒光くろみつ。それに必死についてゆこうとする角本かどもと。最年少なのに保護者のように落ち着いている美濃和。目に見えて親睦が深まってゆくと、自らの『優しさ』に対して悦に浸っていた蛇目。

 今までとは違う笑顔を見せ合い、新たな一面を共有していった。


 これを機に、絶えず連絡を取り合うようになった。

 翌日土曜日は、昼からみんなで集まった。初めて目にする私服に興奮した。ランチを食べたあと、流行りの映画を観た。終始笑い合い、その日を終えた。翌週も集まった。翌々集も顔を合わせた。

 それなのに、心に残存ざんぞんするのは居た堪れない気持ちだった。二刀の会は楽しい。

 それなのに、一緒に過ごせば過ごすだけ後ろめたくなっていった。

「――実はあたし、最近さあ」

 昨今、黒光くろみつはメイングループから『付き合いが悪い』と罵られたらしい。

「僕も、ちょっとばかり困ってんだ」

 角本かどもとは読書時間が減り、読書仲間からマウントすら取られなくなったという。

 二刀の会には、なにか煩わしさにも似た影が見え隠れしていた。


 翌月の第三金曜日。

 誰よりも先に指定席につき、皆を待っているはずの黒光くろみつが来店しなかった。仕方がなく、その日は男子のみでワイワイやって解散した。

 さらに翌月の第三金曜日。今度は、誰よりも古株の角本かどもとも店に来なくなった。蛇目は美濃和とふたりで、その原因を話し合った。

「関係を深めすぎたんですよ。やはり今までの距離感が良かったのでは。二刀を追うものは一刀をも得ずって言うじゃないですか」

「刀狩りかよ」

「おや失礼、諺も苦手なので。ところで蛇目さん、あなたは嘘をついているんじゃないですか? 本当はメイングループなんて所属していないんですよね?」

 その途中、美濃和に優しく言及された蛇目は息を詰まらせてしまった。もしや、ほかのメンバーにもバレていたのか。そう思うと赤面を抑えられなかった。

「そうだよ。俺にとって、二刀の会が本当の友達だったんだよ。良いじゃないか、もっと仲良くしたかったんだよ」

「ゆえに壊れる関係もあるということ。皆さん気づいていたのかもしれません」

「俺の発言のせいで、みんな来なくなったのか? 美濃和っちも、もう俺の友達じゃないのか? もう……」

「とりあえず、追って連絡します」

 美濃和は個人的な感情を見せず、代わりにコーヒーの勘定をテーブルに置くと、夜の町へと消えてしまった。蛇目は冷たくなったコーヒーに口をつけ、感情の冷めてゆくのを感じた。


 翌週、放課後。

 蛇目が廊下をとぼとぼ歩いていると、黒光くろみつがギャルたちとじゃれ合っているのが目についた。それを通りすぎると、別の廊下では角本かどもとがメガネをかけた友人たちと、本について熱く談義しているのが目に入ってきた。

 そこにあったのは、元の鞘に収まってしまったの姿だった。蛇目の知らない輝きを見せる二刀との距離は遠すぎて、どれだけ近づいて名前を呼んでも、その声は届かない気がした。

 儚い夢に涙をこらえ、蛇目は下駄箱へ駆けた。急いでスニーカーに履き替えようとして、まごついていると、

「蛇目さん。今日も暇そうですね?」

 背中から、生意気な声が聞こえた。一年生である。

「美濃……和っちか。暇じゃないよ、俺これから家に帰ってゲームするんだ」

 蛇目は、なにかを失ったばかりの顔を見られるのを恐れ、振り返らずに返答した。

「それはつまんなそうですね。わっちと一緒に、カフェでも行きます?」

 けれど失った末に、なにかを得ることもあるのかもしれない。

「そんなの……行くに決まってんだろ!」

 人間、どういう鞘に収まるかなんて、その時の言動次第なのだ。


「――そうそう。わっちの友達に、死んだ魚の目をしたデブで性格の良くない男が居るんですけど、その人って孤独死まっしぐらだったんですよ。笑えますよね」

「へえ、さすが二刀流。美濃和っちは、色んな友人が居るんだな」

「え? あなたですよ」

「え……?」

 蛇目は『友達』の定義に惑いながら、悲しみが引いてゆくのを感じていた。美濃和は『性格の良い友人、性格の良くない友人』を使い分ける二刀流なのだろう、と。


                                   了

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