二刀構えて

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二刀構えて

 とある男を訪ねて山を超えた。村人曰く、男は廃寺を寝蔵にしていると言う。村を外れ山林に入ると、すぐに廃寺が見えた。中では男が胡座をかいて碁盤に向かっていた。

 その男は、ボロくて汚らしい身なりをしていた。水浴びすらもしていなさそうな顔に、無精髭を生やし、髪は結わえられているとは言えず、髪紐が絡みついているだけであった。


「あんたがこの村の用心棒か」


「そうだ」


 尋ねると男はいかにも面倒臭そうに答えた。


「オレと手合わせをしてくれ」


「嫌だ。手談ではだめか」


「だめだ、オレは打てん。あんたの二刀流を受けてみたいんだ。そのために山をいくつも超えたんだぞ」 


「知らん」


 男は碁盤に目線を戻した。取り付く島もないとはまさにこのことであった。

 オレはどうしてもこの男と腕試しがしたかった。この男は今は亡き父を、唯一負かした男なのである。父は藩主にも認められる程の剣士であり、道場を開いて多くの武士達を弟子に持っていた。負け無しの父の剣技は誰もが身につけようと躍起になった。

 しかし、父は呆気なく負けた。ふらりとやってきた二刀流の武士に、為す術もなく負かされたのだ。あのときの父の顔と、つまらなそうに出ていく男の後ろ姿を、オレは未だ忘れられずにいる。


「……じゃあ、お前がここでオレと手合わせをしてくれないのなら、オレは村の女を拐うぞ」


「……そうすれば、手合わせではすまなくなるな」


 今は亡き父を超えたと確信するには、この男に打ち勝つ他ない。父の無念を晴らすためにも、自らの強さを誇示するためにも、なりふり構ってはいられない。勿論ハッタリだが、用心棒を名乗る以上捨て置けはしないだろう。


「はぁ。真剣しかないから真剣でいいか?ほら、表に出ろ」


 男はよっこらと立ち上がって表に出た。オレも慌てて表に出る。

 男が腰に下げている刀は、身なりに似合わず華美な拵の物で、刀身はどちらも同じぐらいの丈だった。


「やるからには真面目にやるぞ」


「あぁ、はじめるぞ!」


 刀を構え、間合いを測る。僅かな呼吸の音を木々のざわめきがかき消し、自分の心拍が異様に大きく耳を打った。

 男はこちらの間合いに踏み込もうとするような動きは見せず、むしろ隙をつくる様に動いていた。オレはここぞとばかりに足を踏み込んだが、切り込むことはしなかった。

 ふと瞬間に、あの日父が倒れた姿を思い出したのである。父は男が見せた隙に踏み入った瞬間、地面に倒れ伏した。男の剣技は相手の力を絡め取り、跳ね返すような技であった。

 逆を返せば、こちらの力が無くてはあの技は出せないということである。オレは男と間合いをとり、大きく振りかぶるように構えた。更に敢えて歩調も乱して隙をつくる。

 思惑通り、男は俺の作った隙に飛び込んで来た。男は前のめりになっ斬りかかろうとする。俺はそれを飛び退いてかわし、ガラ空きになった男の首に向かって刀を振り下ろした。

 完全に首を落としたと確信した瞬間。男の左手に握られた刀で防御された。男は片手であるのにも関わらずオレを弾きとばした。そして両の刀でのけぞったオレの刀を絡め取った。

 オレは蹴りで地面に転がされ、切っ先を顔に向けられていた。

 オレは唖然として口が塞がらない。男は刀を収めるとしゃがみ込み、未だ立てずにいるオレの顔をまじまじと観察した。


「お前。東の藩にいた爺に似ているな。剣筋もそうだが顔もそうだ。倅か」


「……そうだ。オレは父の無念を晴らし、父を超えた証明をするためにここに来たんだ。だが愚かだった。なんと傲慢な話だ。今俺は地に伏しているのだから」


 俺はひどく自惚れていたと実感し、自分の情けなさを恥じた。


「さぁ、真剣勝負だったのだ。殺せ。オレの傲りが招いた結果よ」


 俺は正座し、男に言った。しかし男は一向に刀を抜こうとはしない。


「いいや。俺は用心棒だからなぁ。村に害を為さない奴は切らんよ。それとも何か?ここで殺さねば村の女を拐うか」


 男はじっと正座したオレを見て問う。オレは情けをかけられた。恥の上塗りとはこのことである。負けた上に情けまでかけられてはもう立つ瀬がない。こうなっては腹を切る他ない。懐から小刀を取り出した。


「まぁ待て。お前もお前の父もこんな刀を二本も下げた剣技もめちゃくちゃな奴に負けて悔しかろうが、まぁ待て」


 男は俺から小刀を奪い取ると、廃寺の中に招いた。


 欠けた茶碗にぬるい茶が注がれ、オレの前に出された。男はオレと碁盤を挟むようにして向かい合って座った。

 一口茶をすすると、男は語りだした。


「あの日お前の親父は、俺を防御一辺倒の卑怯者だと罵った。確かにかわしたり防御したりと、攻める気のない剣技だからな。俺の二刀流は」


 オレは黙って聞いていた。父がそんな稚拙な言葉で人を罵ったかと思うと、少し幻滅してしまう。男は続けた。


「俺は防御が最強の攻撃であることを確かめたかった故に、国を廻って道場破りをしていた。何処の道場に行っても負け無しだったが、何処へ行っても同じ様に罵られ、防御が最強だと認められることは無かった。次第につまらなくなって道場破りもやめた。そうして今はこうだ」


 男は茶をぐいっと飲み干して茶碗を置く。


「だがお前はそうは言わなかったな」


 オレはそういって噛みしめる様に笑みを浮かべた男を見て、茶を一口飲んだ。


「……今は戦もなく、剣技も廃れ始めている。いま必要なのは攻撃的な剣技ではなく柔軟な剣技だ。あんたの剣技は柔軟な剣技だと思った。何を否定することがある」


 オレはそうはっきりと言った。すっかり黙った男を見て更に続けた。


「オレが求めた剣技を、父を負かしたあんたが持っていることが今日はっきりと解った。オレたちの剣技はもう古い。時代遅れだと思ってしまった。悔しいがあんたの二刀流は素晴らしいよ」


 父が亡くなり道場を継いでから、オレたちはもう、人を殺して土地を奪っていく人間ではなく、弱い人間を守る立場なのだから、いつまでも過去の功績に縋り、攻撃的な剣を振るっていてはならないのではないかと近頃は考えていた。

 しかし、オレの中の父はいつも正しく強かった。あのとき男に負けたのも何か卑怯な手を使われたに違いないと思っていたし、父の教えを守り伝えなくてはという考えもあった。


「お前はもう柔軟な剣を持っているな。人を守る剣だ。皆がお前のような人を守れる武士であれば、俺は用心棒なんかやらなくていいんだがな」


 男は汚らしい顔でニッと笑い、そう言うとオレに刀を返した。


「……そう出来るよう道場を続ける。ここで死ぬわけには行かなくなった。帰る」


 オレは立ち上がって廃寺を出る。村に下りようとすると背後から男が言った。


「最後に俺の心得を聞いてくれ。手土産と思って」


 オレは振り返る。


「『二刀構えて、一刀も切らず。』だ」

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