KAC202210 “真夜中”


――愛茉エマは、庶民の 家族愛に 憧れをもっていた――


 それは、使用人の家族団らんの話をきいてから――

 それは、ごく稀に視るドラマの影響でもあった――

 つまらない話で笑い合い、恋バナで盛り上がり、惜しみなく愛情を注がれる


 そんな家庭を夢に見ていた――



 愛茉エマは、ふたり兄妹きょうだいの末子として生まれた


 皇族や財閥令嬢と同じ英才教育を受け、親の温もりを感じぬまま、

中学生 最後の冬を迎えようとしていた頃だった



 ◇



「お嬢さま、お急ぎ、出立のご準備をなって下さい」

「どうしたの?」


大旦那おおだんなさまが、お亡くなりになりました」


「おじい様がッ?!」

「はい。その じじぃ が、でございます」


「…え? 山田? その口の利き方は、なんですの!」




「……失礼いたしました」




 愛茉は 使用人の態度に困惑したが、

訃報ふほうよりも驚いた、などとは口が裂けても言えなかった……



 ◇



 山田は、愛茉エマをリムジンに乗せ、急いで病院へと向かった


 時刻はすでに、午前零時を過ぎていた――――


 真夜中の街道は、目立つような渋滞もなく、

吸い込まれるように、病院へと走り続けた


 自身の憔悴とは裏腹に、愛茉の顔からは何も感じられない


 ふと、恐怖が山田の脳裏に冷たく走った


 (彼女は、身近な人の死を 実感 できずにいるのでは?)


 ◇


 おじい様とは、年に2度(誕生日とひな祭りの日に)必ずプレゼントをもらい、

30分ほど お喋りをする程度の間柄であった


 物心つく頃は、とてもはしゃいで色々な事を大げさに話していた記憶がある

でも、6歳を迎える頃には、本心で話す事をやめてしまった


 両親に恥をかかせない内容を話さなければ、あとで おじい様が、

ふたりをお叱りになってしまうのではないかと、“びくびく”するようになっていた


 祖父は、父に厳しく、母を腫れ物のように接していた


 私やお兄様には こんなにも優しい おじい様なのに、

なぜ、両親にはそう出来ないのか不思議に思っていた



「両親が、私たちに愛情を注がなくなってしまった理由は……

 きっと、おじい様にあるんじゃないかしら?」


 いつか、この事を訪ねてみよう、と心に決めた矢先の訃報だった



「いつか」と―――



先延ばしにしてきた 結果、取り返しの尽かない事になってしまった



「まぁ、いいわ。

 御祖母おばあ様にたずねてしまえば、良いことだもの」


 懸念をふぅしょくするように、独り言をつぶやいた


 おじい様が、御祖母おばあ様を避けているように感じてはいるけど……



 ◇


 その後、愛茉エマの考えが 甘かったことを痛感する事となった


御祖母おばあ様が、おじい様の葬儀中に見知らぬ男性と逢引きをしていた


手を絡め合いながら、まるで本当の夫婦であるかのように―――



「ひょっとして、おじい様は、このふたりに殺されたのかも……」



 彼女はきびすを返し、山田のもとへ急いで向かった



 おじい様の両親に対する意向を訊ねるはずが、思わぬ展開へと進んでしまった


 私は、どうすれば良いのか?

 こんなことを相談できるのは、彼しかいない



 ――いや、彼こそが適任だ!――



 中学生 最後の冬に、愛茉エマの人生は大きく変わろうとしていた……



 ‐了‐




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