#6 入学式にて

 春、ライヒアラ騎操士学園は入学式を迎えていた。

 

 エル、キッド、アディの3人は連れ立って学園へやって来る。

 遠くからライヒアラへやってくる生徒は寄宿するが、元々ライヒアラ学園街に住んでいる生徒は実家からの通学になる。

 

 初日はまず入学式となっており、先生方のありがたい話を聞くことになる。

 その後昼食をはさみ学科ごとに別れ、授業内容についての簡単な説明を行う。

 とは言え初等部は基礎系の授業の大半が各学科に共通となる為、学科の区切りも曖昧で本格的に学科ごとに分かれるのは中等部からになるのだが。

 

 入学式は大講堂で行われる。

 規模に比例して広大な学園内の敷地に迷う人間も多い中、以前から図書館に通い詰めていたエルは勝手知ったるとばかりにすいすいと大講堂へと歩いてゆく。

 あとの二人はその小柄な後姿を見失わないようにと必死だった。

 

「案内いらずってのはいいんだけどよ、どうにもエルは人ごみで見失っちまうんだよなぁ。ちっこいし」

「そうよねぇ。もーちょっと身長高いとみやすそうなのに。可愛いから良いんだけどね!」

「置いて行きますよ? 二人とも」

「あ、そうだ良い事思いついた! エル君抱きしめておけば見失わないよね?」

「是が非でも止めていただきたいです」

 

 どうでもいい雑談を交わしながら大講堂へ辿り着くと、そこは既に大勢の生徒であふれていた。

 これが全て新入生なのだろうか。さすが国内一の規模は伊達ではないようだ。

 座席はまずは新入生向に空いているところに自由に座れるため、できれば3人まとめて座れるところを探したかったエル達は無駄なあがきかと思いつつ周囲を見回した。

 すると、端のほうの席に空いている場所を発見した。

 5人がけの長椅子に1人しか座っていない。

 渡りに船とばかりにエル達はそこへ行くが、辿り着いたところでその理由を知ることになった。

 

 

 ただ1人そこに座っていたのは“ドワーフ族”と思しき少年だった。

 少年といったのは、新入生用の席にいるからの推測であって、すでに立派な髭を持つその外見は年齢が解りづらかった。

 

 ドワーフ族は主に北方の大地に住む山の民のことだ。

 険しく、冬は雪に閉ざされる地方に暮らす彼らは、元々は山腹の洞窟などを利用して暮らしていた。

 それは時代が進むにつれ自分たちで洞窟を掘るようになり、高度な掘削技術を生み出すことになる。

 また北方の地には良質な鉱山が多く、日常的に山を掘って暮らす彼らは自然、多くの鉱物資源に通じていった。

 それらの資源を利用するために鍛冶技術が高まり、今では彼らは鍛冶の民と見做されている。

 

 そういった経緯もあり、狭い洞窟で活動し易いように背は低いがその分全身を強靭な筋肉に覆われており、膂力だけなら人の倍にも達しようかというほどである。

 風貌は概ね厳ついと言ってよく、しかも男性は生まれたときから髪の毛と同様に髭がある。

 また十分な髭を蓄えることが立派と見做される一族の特徴と相まって、年齢よりも相当に老けて見えることが多かった。

 

 そんなドワーフ族だが長い歴史の間ずっと北方の山地に閉じこもっていたわけではない。

 一族に伝わる鍛冶技術と、その強力な身体能力をもって各国で鍛冶屋として働くものも多い。

 とは言え見かける頻度は高くなく、一般的な子供にとってはその非常に老けて見える外見は奇妙に映り、近寄るのを躊躇われていたのだった。

 

 

 

 バトソン・テンドーニは隣に人の気配を感じ、ちらと横に視線を向けた。

 周囲の子供がドワーフ族である自分の横に来るのを躊躇っているのはわかっている。

 嫌な気分にならなくもないが、まだ最初の入学式である。

 多少の人見知りとして気にしないでおくことにした。

 そんな訳で先ほどから隣の席は空きっぱなしだったのだが、その状況で物好きにも自分の隣に来る奴はどんな奴か、少し気になったのだった。

 

 隣に座った人間は、一言で言うと小さかった。

 ドワーフ族であるバトソンも身長は低いが、それでも既にかなり筋肉質になりつつあるため存在感がある。

 それに比べ、隣に来た少女・・は身長も低く、全体的に華奢で兎に角小さく見える。

 単に座席が埋まってきただけかと視線を正面に戻そうとして、その前にこちらを向いた少女と目が合った。

 予想外なことに少女は怯むでもなく至極自然に話しかけてきた。

 

「お隣、空いていますか?」

「あ、ああ。空いている」

「ありがとうございます。僕はエルネスティ・エチェバルリアと申します。貴方は?」

 

 いきなりの自己紹介にむしろバトソンが怯みかけたが、黙っているのも失礼だろうと返事を返す。

 

「バトソン・テンドーニだ。見ての通りドワーフ族だな」

「バトソンさんですね。隣り合ったのも何かの縁です。よろしくお願いしますね」

 

 その少女とは簡単な挨拶を交わした後、入学式が始まるまで適当な世間話をしていた。

 ドワーフ族を全く気にせず話しかける人間は珍しい。

 しょっぱなからそんな奴に会えるとは、とバトソンはなんとなくこの先の学園生活が気楽に思えてくるのだった。

 

 

 エルがドワーフ族を気にしていないのには大した理由はなく、エルにとってはこの世界のものは大半が“変わったもの”であるというだけだった。

 ドワーフ族の風貌などについては多少は聞いたことがあったが、実際に見てみるとなるほどこういう感じなのかぁ、と思っただけだった。

 そういう意味では真っ当に話が通じるならどの種族でも大差ない、と割り切っている部分もある。

 

 バトソンと話してみるとややぶっきらぼうなきらいはあるものの、特に引っかかる感じもない。

 バトソンから父母が鍛冶師としてライヒアラに来たこと、こちらの慣習に従って学園に入学し、学科は当然鍛冶師学科であることなどを聞いていた。

 

「(ドワーフは鍛冶の技術がかなり得意らしいしなぁ、新入生じゃ何があるってわけでもないけどいずれコネがあるんは損やない。割と幸先ええんかもな)」

 

 裏に打算も含みつつ入学式が始まるまで会話は続くのだった。

 

 

 

 学園生活の心得や新生活に向けて、というお題目の長時間に及ぶ話を耐え切り、新入生一同に退屈と忍耐の表情が浮かんできたころ。

 教師の話が終わり、次は一人の女生徒が壇上に上がる。

 見事な金色の髪を揺らし、背筋を伸ばして歩くその姿に、生徒の間に微かなざわめきが広がった。

 

「初めまして新入生の皆さん。私はライヒアラ騎操士学園の生徒会長を勤めますステファニア・セラーティとー……」

 

 その姿を見たとき、エルは苦笑いを抑えきれなかった。

 

「(なんとまぁ、こないだの図書館の人かい。まさか生徒会長とはねぇ)」

 

 そこに居たのは以前図書館で声をかけてきた女性だった。

 思ったよりも厄介な人に目をつけられたのかもしれない、そう思っていたエルだがふと隣で息を飲む気配を感じた。

 ちらりと目線をやると、キッドとアディが生徒会長を凝視している。

 美人だから熱心に見ています等とは決して言えない苦々しさも感じる雰囲気に、エルは首をかしげる。

 

「(なんか縁でもあるんか? どうも双子とも関係ありそうやけど……)」

 

 そのうち本人達から話があるかもしれない。

 何も無いうちから藪をつつくのも無粋か、とひとまずそれは置いておく事にした。

 

 

 

 生徒会長の挨拶も終わり、昼前に入学式は終了となった。

 昼食を挟んで昼からは学科ごとのオリエンテーリングになる。

 昼食をとろうとする生徒で混雑する食堂の一角に、矢鱈と目立つ集団がいた。

 うち二人は黒髪ブルネットをぼさぼさとゆるいウェーブの肩丈にしたよく似た雰囲気の男女。

 うち一人は銀髪をセミロングに揃え、小柄な美少女(?)。

 うち一人は赤茶けた髪と髭を伸ばしたドワーフの男性。

 一体どういう取り合わせなのか、傍からはまるで解らなかった。

 

「……俺も一緒でよかったのか?」

「ええ。どなたかと待ち合わせの約束があるのでしたら、無理にとは言いませんが」

「いや、特にそういうことじゃないが……」

「じゃ、いんじゃね? つうか午後も話まだあんのかよ。なげーよ」

「キッドはまともに聞いてないんだから良いんじゃないの?」

「取り敢えずは食事にしましょう。混んでますし、早めに場所を空けたほうが良いでしょう」

 

 傍からは詮索するような視線があったものの、話しかける勇者はいなかったようだ。

 しかしその中で、そんなことをものともせずに昼食をとる彼らに近づく人影があった。

 小型のテーブルは彼らだけで満員だったが、その人物は気にせず傍らへとやってくる。

 

「こんにちは。また会ったわね、図書館の姫君さん」

「こんにちは、生徒会長。会ったも何もそちらからいらっしゃったように見えるのですが」

「あら、そんな細かいこと気にしちゃ負けよ?」

 

 そこで生徒会長は一緒に席についていた面々のうち、双子を見て目を見張った。

 

「アーキッド、アデルトルート……貴方達、どうして此処に……知り合いなの?」

 

 キッドが表情を消し、常とは違う様子で答えた。

 

「ご無沙汰しております、ステファニア姉様・・

 エルネスティとは、近所のよしみで一緒にいます」

「(姉様……なぁ。しかしこいつ敬語使えたんや。知らんかったわ)」

「そうだったの…貴方達もライヒアラに入学する歳になったのね……」

「ステファニア姉様は……生徒会長、でしたか。バルトサール兄様も、此処に?」

「ええ、騎士学科の中等部1年よ。そのうち会う機会があるでしょう」

「(あーなんか、なんとのぅ、察しがついてきた)」

 

 どこかギクシャクした空気を払うようにエルが皆を促す。

 

「こんな混んでいるところで立ち話をしても落ち着かないでしょうし、ここは場所を改めては如何でしょうか?」

「それもそうね。貴方達も騎士学科だったわね?だとすれば会う機会には困らないわ」

 

 生徒会長は話すだけ話すと去っていった。

 エルの視線は事情はまた今度聞きます、と語っていたがその場は特に何も聞かなかった。

 一人蚊帳の外でなんとも微妙な表情のバトソンに詫び、丁度いい時間なので学科の教室へ移動することを提案する。

 なんともいえない雰囲気の中バトソンと別れ、3人で騎士学科の教室を目指し歩き出したのだった。

 

 

 

 学科ごとのオリエンテーリングはさしたることもなく、明日からの授業内容と今後について簡単な説明があっただけだった。

 説明を受けたあとは解散となり、3人は家路へとつく。

 

 エルは気にしていなかったがキッドとアディは軽口も弾まず硬い雰囲気のままだった。

 

「詳しくはわかりませんが、あまり気を落とさないことです。明日からは授業も始まりますし、今日は特訓は無しにしましょうか」

「エル」

「はい?」

「聞かねぇのか?」

「言う必要があるのなら、聞きますよ」

 

 ひとつ息を吐くと、二人の雰囲気が和らいだ。

 少し確認するように視線を交わしていたが、ややあって切り出す。

 

「エル君、このあとちょっと話したいことがあるんだけど」

「はい。では僕の部屋にでも行きましょうか」

 

 エルの家に着き、部屋へと向かう。

 普段魔法の講義にも使っているため二人にも勝手知ったる場所である。

 

「あー、まぁ簡単に言うとよ、うちの親父って貴族なんだ」

 

 簡単すぎた。

 エルは目を瞬いて答える。

 

「でもキッドも、アディも……貴族らしい事していませんよね? 僕と訓練したりしていますし」

「ああ、そこがちょっと複雑で……母さんは正式な奥方じゃない。所謂妾ってやつだな」

「……」

「まぁ母さんのんびりしてるからさ。俺たちもできたし、妾でも気にしないって言ってたんだけど」

「父さんの正式な奥さんが……なんていうかスッゴク嫉妬深いのよねぇ。その癖体面は気になるらしくて」

「で、苦々しくは思っても、妾ごときに突っかかるのはプライドが許さないんだとよ」

 

 さすがにエルは反応に困って、とりあえず相槌だけ打っていた。

 

「母さんホント大人しいのよねぇ。何でも奥様に遠慮して。

 それで、奥様がさ、結局私達が同じところに住むのはどうしても許せなかったみたいで」

「住む所を与えるって感じで今の家を用意して、そっちに住めってさ。あと食費の面倒は見てくれてる」

「まぁそういうわけで……さっきの生徒会長、がその正式な奥さんの娘」

「そっちはまだいいけど後二人息子がいてさ。その下のほうがこれまたうっぜぇ奴なんだよな」

「何かにつけて威張り散らしてくるし、妾の子だなんだって絡んでくるんだよ」

 

 苦々しげな様子でキッドとアディが溜め息をつく。

 

「それが、ライヒアラにいるのですね?」

「そう。騎士学科の中等部1年、だったっけか」

「なるほど。トラブルの予感ですね」

 

 キッドが天を仰いだ。

 彼はトラブルの予感ではなく、確信に近い思いを抱いていた。

 

「生活費も出してもらってるし、親父には感謝してるんだけどさ」

「向こうも放って置いてくれるんだったらこっちから絡むことはないのに。どうにも突っかかってくるんだよな。気に入らないんだとよ」

 

 キッドが大仰なリアクションをとり、どっかと椅子に沈み込んだ。

 

「姉さんに知られたからには……いずれ、来ると思うわ。

 そして、来たら一緒にいるエル君も、巻き込んじゃうかもしれないし……」

「大よその事情はわかりました。で?」

 

 小首をかしげつつエルが聞き返す。

 

「……で? ったぁ、なんだよ?」

「方針は、撃退ですか? 黙殺ですか? それとも闇討ちとかでしょうか」

「そうそう、闇討ち……っておい!」

「(なんと見事なノリ突っ込み)」

 

 エルはいつもどおりニコニコとしながら物騒なことを言ってのける。

 見た目どおりの人間ではないとわかっているはずのキッドでさえ思わず引く勢いだ。

 

「……俺さぁ、お前が友人でよかったと思うぜ? 敵に回すの嫌過ぎる」

「本当心強いったらありゃしないわねぇ。

 まぁしばらくは様子見ね。もしかして何も起こらないんだったらそれに越したことはないし」

「そうですね。とは言いましても、僕が何処まで首を突っ込んで良いかもわかりませんし。

 必要なら言ってください。幾らでも力になりますから」

「ああ、助かる」

 

「(しっかしまさか貴族たぁなぁ。っテーことは何かい? 何やら俺に目ぇつけてきたのは貴族かい。

 さてなんか一悶着ありそうやなぁ)」

 

 その懸念は程なく現実のものとなる。

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