#5 図書館にて

 ライヒアラ騎操士学園、その敷地内にある図書館。

 多数の学生を抱えその学習内容も多岐に渡るため、図書館も多種多様な資料を所有する知の宝庫であった。

 

 

 その図書館にて、穏やかな日差しを受け窓際の席で本を読む子供が居た。

 図書館にはそれなりに人が居たが、不思議な事にその子の周囲だけまるで何かを憚るように空間が空いていた。

 

 日の光に透き通りそうな銀の髪が、滑らかな曲線を描く顔の輪郭に沿って流れている。

 長い睫毛に彩られた蒼い瞳は、今は本を読むために軽く伏せられている。

 背筋を伸ばした綺麗な姿勢で、しかし小柄な体格の為やや抱えるように本を支えるその姿はどこか微笑ましくも見える。

 

 ここに画家が居れば迷わず筆をとるであろう、まだ幼いながら溜め息の出るような美しさをもったその子に、周囲の人間は気になりながらも気後れして近づけないで居るのだった。

 

 

 その子とは言わずもがなエルであり、今は幻晶騎士シルエットナイトについての調査の為、まだ入学しても居ないライヒアラに潜入しているのだった。

 ひとまずは書物で調査可能なことを調べることにしたエル。

 それだけでも相当な物量ではあったが、調べる物が物である。

 そもそも前世ではモ○ルスーツの構造設定を片端から読み漁り、機体名と設定に至ってはその8割を暗記していたような廃スペックのヲタクである。

 実際の巨大ロボットの作り方など、これが俺の聖書バイブルだと言わんばかりに裂帛の気合いで読み漁っていた。

 

 およそ半年をかけて数多の資料を読み込んだエルだったが、書物だけでは不十分な部分も感じていた。

 

「(あかんな、やっぱ開示されてへん情報が有る……)」

 

 幻晶騎士を構成する要素は大きく分けると5つになる。

 頭脳たる魔導演算機マギウスエンジン

 心臓たる魔力転換炉エーテルリアクタ

 筋肉たる結晶筋肉クリスタルティシュー

 骨格たる金属内格インナースケルトン

 そして鎧である外装アウタースキン

 

 幻晶騎士は魔力マナを動力として動く。

 魔力を生み出すのは魔力転換炉エーテルリアクタだ。

 この機関は、この世の生物がもつ“エーテル”から“魔力”への転換機能を機械的に再現したもので、周囲にエーテルが存在する限り半永久的に魔力を生み出し続ける。

 そのままでは魔力は拡散し、エーテルへと還元してしまうが、それを全身の結晶筋肉クリスタルティシューへと送ることで魔力のまま保持しておく。

 結晶筋肉は触媒結晶を錬金術で加工した物で、特定の魔法術式と魔力の作用により形状を変化させる性質がある。

 その性質を利用し、幻晶騎士にとって文字通りの筋肉として利用される他、内部に魔力を貯めることができるため魔力電池としての役割も持つ。

 

 それらの制御を司るのが魔導演算機マギウスエンジンである。

 内部に緻密にして膨大な魔法術式スクリプトを抱え、全身を動かすための魔力の制御、魔力転換炉の出力制御、その全てを行っている。

 

 金属内格インナースケルトン外装アウタースキンは比較的単純な金属製の骨格と外装になる。

 ただし、この時代の鍛冶技術では10mサイズの巨人の鎧や骨格を一気に作成することはできない。

 そのためある程度小さな部品を組み合わせ身体強化フィジカルブーストの魔法を応用した強化術で接合強化し、全身を支えている。

 これは幻晶騎士に見た目以上の防御力を持たせる結果となるが、魔力転換炉からの魔力供給がなくなると全身を支えられないということでもある。

 

 幻晶騎士とは全身を冶金と錬金と魔術で構成した生物機能の単純模倣といえる。

 

 

 さて、上記要素のうち結晶筋肉、金属内格、外装は運用上でも損耗の激しい部分であり、それこそ前線の砦や多少の設備のある街程度でなら容易に調達できるよう、鍛冶師と錬金術師むけに教育が行われている。

 勿論ライヒアラにもそのための学科もあり、設備や材料と言った部分を別にすれば知識を得るのは簡単であった。

 

 だが、魔導演算機、魔力転換炉――幻晶騎士の心臓部たる情報はほとんど開示されていない。

 幻晶騎士とは国家にとって重要な戦力であると共に、おいそれと持たれては困る類いの物でも有る。

 当然流通は国家に統制され、その心臓部の製法も秘匿されているのだった。

 製法の秘匿は製造効率の低下につながり、大量生産できない分極めて値段も高額になる。

 幻晶騎士のコストの原因の大半は此処にある。

 

「(とはいえ魔導演算機はまだ何とかなりそうやねんけどな)」

 

 魔導演算機は魔法術式を用いて全身を制御している事まではわかっている。

 ならば、同様の魔法術式で干渉できるはず……早い話、エルはどこかの魔導演算機に対しハッキングをかけようとしているのである。

 単体で恐るべき演算能力を持ち、かつプログラム・ソフトウェアの知識も持つエルならではの発想である。

 

 

 しかし、そんな理論的な部分ではない純粋な魔法技術の結晶、魔力転換炉。

 この世界の魔法の根源を成す部分の模倣は、さすがのエルにも荷が重かった。

 

「(せめて……せめてもうちょっとヒントがないと。

 こないな概念前世にゃそもそもないし、見当もつかへんしなぁ)」

 

 たった一つわかった事は魔力転換炉では“精霊石”と呼ばれる特殊な鉱石を使用している、と言う事だけ。

 その使い方も入手方法も全く不明、いっそ清々しいさっぱりっぷりだった。

 最悪、魔力転換炉は稼動品の入手が必要になるかもしれない。

 全てを自作に拘るつもりはなかったが、結局その費用を考えると魔力転換炉だけの入手も現実的ではない。

 

「(まぁ焦ってもしゃあない、それに理論はわかっても生産設備の無いもんが大半やし、そっちの都合を先につけるほうが先決かねぇ)」

 

 本を畳み片手をついて窓の外を見ながら思考にふける。

 物憂げなその様子はまさに絵になる、と言う風でちらちらと視線を向けていた周囲の人間の溜め息がさらに深くなる。

 

「(設備はむしろこの学園の設備をなんとかちょろまかしたほうがはやいんやないか?

 どの道ここにあるんやし。むしろ餅は餅屋ってもんや、人材コミコミプランで渡りつけるべきか。

 さすがに俺だけで全部カバーは出来んし)」

 

 エルは脳内で書物より得た多岐に渡る知識を整理し、実現性を検討する。

 

「(……どの道本格的に考えるんはガッコ入ってからになりそうやなぁ。むしろこれやっぱ銭の問題なんのとちゃうか。

 嫌んなるねマジで、世知辛いこって。世間を渡るにゃコネとカネってかーい。

 ああもうほんまいっそのことどっかに所属不明の機体が落ちてたり遺跡に安置されてたり戦闘に巻き込まれて新型機見つけたりせぇへんやろか)」

 

 薄く息をつき、思考を切り上げたエルは帰宅の準備を始める。

 此処に来るたびに読む資料が増えていったせいで、今やエルの前は教本の見本市のようになっていた。

 帰るには多少面倒だが資料を返却しないといけない。

 そう思ってエルが顔を上げると目の前に座っていた人と目が合った。

 それもそのはず、目の前の人は本を読むでもなく、ずっとエルに視線を注いでいたのだ。

 しかし、エルはまさかずっと注視されているとは思わずに普通にスルーして片付けを進めた。

 

 エルの目の前に座った人物はそれを全く気にするでもなくその様子を興味深そうに観察していたが、ややあってエルに喋りかけた。

 

「ねぇ君、ちょっといいかしら?」

「……? はい、何でしょうか」

 

 声をかけられてエルは漸く確りと目の前の人物を見る。

 豊かな金髪がウェーブを描き、形の良い眉とややたれ目気味の青い瞳が特徴的な美人がそこにいた。

 年齢のほどははっきりとしないが中等部の高学年、もしくは高等部くらいに見える。

 

「随分といろんな本を読んでいるようだけど、どこの学科の子かしら?」

「僕はまだここの生徒ではありません。この春から入学するのですが、その前に予習をと思いまして」

 

 女性が軽く目を見張る。

 エルは普通に答えてしまったことに少し後悔を覚える。

 家族もキッド・アディももはや気にしていないので意識したことはなかったが、これらの資料は入学すらしていない子供が読むものとしてはかなり異常だ。

 人目につく場所での調べ物は迂闊だったかもしれない。

 エルの内心の動揺に気付いたのかどうか、女性は表情を戻すと話を続けた。

 

「入学前に応用錬金学、応用魔法構造学、初級騎操士概論まで読むなんて……貴方すごく優秀なのね」

「いえ……」

 

 しっかりとタイトルまで観察されていたようだ。

 エルは会話に地雷原の中を竹馬で走るような感覚を感じた。

 

「噂以上の子ね。図書館の姫君さん」

「(ちょっおまっうぇっなにそれこわい)何でしょうか? その……呼び名?は」

「最近噂になっているの。図書館に信じられないほど綺麗な子が毎日来て」

 

 女性はふと視線を窓の外に向けた。

 

「いつも窓際の席で本の海に溺れているって」

 

 女性の視線が戻る。

 頬杖をついたその顔には楽しそうな笑みが浮かんでいた。

 エルも表面上はにこやかに対応しているが、内心はしかめっ面もいいところである。

 

「……存じ上げませんでした。それこそ本しか見ていませんでしたから」

「ふぅん。それで、ね? ちょっと興味があるんだけど……予習にしてもその量はすごいよね?

 どうしてそこまで勉強しているの?」

 

 ある意味当然の質問に、エルは即答を返す。

 

「趣味です」

「へぇ、趣味。そうくるのかぁ……ちょっと変わってるかもね、貴方」

「そうかも知れません。そろそろ本を片付けてきてもいいですか?

 あちこちに返さないといけませんから、時間が掛かりますので」

 

 やや強引に切り上げたエルに特に不機嫌な様子も見せず、女性は片付けの手伝いを申し出た。

 二人で本を片付け、挨拶を交わし図書館を退出する。

 エルが相手の名前も話し掛けた目的も聞いていないことに気が付いたのは自宅に帰り着いた頃だった。

 

「(うーん、入学前にあんまり派手なことはしたぁないな。

 概ね資料も行き詰ってたし、入学までは控えよかねぇ)」

 

 結局それから入学式の日まで、エルがライヒアラへと行くことはなかった。

 図書館で出会った女性、彼女と意外な縁があることを知るのは、入学式より後のこととなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る