第34話 妙な結束

「では、失礼して」

 先ほど吉田が練習台になってくれたおかげか、どうやって探せばいいのか解っている。ポケットを重点的に、他にも身体に身に付けられそうなものがないか、しっかりと確認していく。

「何もなし」

「当然ですけど」

 確認し終えて頷く聖明に、それはそうですと小川は笑う。

 荷物を探っている辻の方に目を向けると、こちらも目ぼしいものはないと首を振った。

「至って普通、という表現が適切か解りませんが、そういう中身ですね」

「ええ。研究用のもので持ち込む必要があるものってないですし、自前で用意しているのはノートパソコンと周辺機器くらいです。あとは日用品しかないですよ」

 なるほど、屋敷の中に色々とある。これはどうなっているのだろう。疑問に思って質問してみると、現在屋敷にやって来た警察官たちが、手分けして捜索しているのだという。

「ああ、なるほど。それで人員が足りなくて俺たちに声が掛かったんですね」

「先生。どこまでもそう解釈しなくて結構ですよ。解らないことだらけですからね。警察して、正式に依頼しているんです」

 何なら、文書にして出しましょうかと辻が言うと、聖明は明確に嫌そうな顔をした。これもまた、辻からすると面白い反応である。

「嫌ですよ。そんな責任は取れないんで。吉田さんからの依頼として処理しておきます」

 こういうところに、今の若者らしさが滲み出るのが聖明だ。准教授という立派な肩書があっても、その点は変化しない。

「本郷先生って、論文から受ける印象と大分違いますね」

 そんなやり取りを見ていて、小川はより親近感を覚えていた。

 もっとお堅い、それこそ湯川秀樹のように取っ付きにくい人かと思いきや、中身は至って普通の三十代なのだから驚く。

「そんなイメージだったのか。それって理論物理のイメージが悪いということか」

「ま、まあ。そうですねえ」

 答え難いところだが、理論物理学にしても数理物理学にしても、取っ付きにくいことこの上ない分野だ。この点について、やっている当人たちは全く気付いていないから恐ろしい。

「そうなんだろうな。いや、気づいてはいる。というか、物理学の中でもねえ。分かれるところだから」

 実際、物理学の研究は理論と実験に分かれている。それは数学が得意か、それほどでもないかが境界線になっているところであった。つまり、それなりに数学が出来る奴らでも敬遠するような状況なのだ。

「先生も、色々と大変なんですねえ」

「ま、まあね。さすがに目指す人がゼロになることはないと信じているが、基礎研究がそれほど重要視されない今の状況だとねえ」

 聖明は先ほどに引き続き、なぜかそんなぼやきをすることになる。どうにも他のことを考えていないと、この異様な事件に飲まれてしまいそうだ。

「ああ、よく言われていますけど、それって本当なんですね。どうせ役に立たないことをやっている、科学者の言い訳だと思ってましたよ」

 辻がそんな横槍を入れると、聖明だけでなく小川からも睨まれてしまった。これぞ不用意な発言というやつだ。

「いや、失礼。でも、文系のこちらには理解できないことの連続でして」

 辻はすぐにそう言って謝る。

 こちらとすれば、どこからがSFでどこからが現実の技術なのか。その差も解らない。この絡繰り屋敷だって、現在もなお不明な技術だ。どうして顔認証が壊れただけで鍵が使えないのか。便利なのか不便なのか。それさえも曖昧になってくる。

「何もかもが難しく捉えられているってことですね。では、これで。何か気づいたことがあったら、いつでも相談してくれていいから」

 このままだと何の話をしているのか解らなくなるな。そう思った聖明はここで切り上げることにした。果たして本当に二人の中に犯人がいるのか。それとも、吉田に上手く誘導されているのか。よく解らなくなってしまっていた。




 同じ頃。未来は田村とともに中野の部屋の前にいた。ここでも触れる役は未来に頼むという流れになっていた。それに、未来は当然のように抗議する。何かあるなと、すでに感じ取っているのだ。

 こういう時、女性の勘は科学では説明できないほどの威力を発揮する。

「どうしてですか」

「変な緊張感を与えないためです」

 そして田村は、平然と表情を変えることなく何でも言うタイプだ。

 これが嘘か本当か、普通は解らない。が、未来は怪しいと踏んでいた。しかし、ここで追及して吐くタイプではないとも解る。

「なるほど。その場合、遠慮なく触った方がいいと」

「まあ、そうですね。女性の場合、証拠品をブラジャーに隠すなんてこともありますから」

「そうですね。胸がないので解りませんが」

 そんなピリピリしたやり取りをする。しかし、そこで二人揃って笑ってしまった。似た者同士であると、今のやり取りではっきり解ってしまったせいだ。

「仲良くやりましょう」

「そうね。お互い困った上司を持つ者同士」

 そして妙な結束が生まれていた。

 もしここに聖明と辻がいたら、恐怖に慄く光景だ。それほど、彼女たちの強さは半端ではない。

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