第25話 なぜ持ち去ったのか

「確かに、どうして一部なんでしょう。しかも持ち去るだなんて」

 憲太はさらに深く重い溜め息を吐き出し、理解できないと首を振った。祖父の時よりも身近な人の死に、さらにそれが不可解であるために、彼の悩みはより深刻になってしまったようだ。

「そうなんだよ。まるでフランケンシュタイン博士を気取っているかのような所業だ」

「つぎはぎだらけの人間を作りたいってことですか。それは――」

 あまりに突飛ながら、そうかもしれないと思った辰馬は言葉が続かない。パーツだけ、おそらく犯人のお眼鏡に適ったところだけが持ち去られているのだ。そう考えると、まだ犯人の行動に意味が見出せる。

「しかし、いくら再生医療が進歩しているとはいえ、そんなことは不可能です。親子間であったとしても、拒否反応が出ることでしょう。というか、脳みそを移植するつもりなんですか。神経系を繋ぐことすら出来ないですよ」

 そんなわけないだろうと、未来が一気に捲くし立てるように言った。それに男三人は唖然とするしかない。

「君。再生医療とか、興味あるんだ」

「いえ。この間、たまたまそういう本を読んだだけです」

 そっちに興味があるならば物理学なんてやっていません。儲かりますと、未来の意見は辛口だった。どうやら昨日の一件、まだ根に持っているらしい。

「そ、そうだよね。あっちの方がメジャーだ」

 助けてくれと聖明は二人を見るが、明らかに聖明が悪い。

 顔がいいことがコンプレックスってだけでも、正直、辰馬としては腹が立つところだ。それを利用して可憐な女性をからかったのだから、ちょっとは罰を食らえばいい。

「ま、何にしても、その行動が意味を持つことなんてあるんでしょうか」

 聖明の顔が真っ青になったところで、未来としても気が晴れた。そこで話を元に戻す。

「ううん。まあね。今のところ他に有力な説がないというだけさ」

「ということは、死体の損壊は本来の目的を隠すためですか」

「そうかもね」

 未来も思考の切り替えが早いのだ。だから聖明はついついこうやって相談してしまう。そしてその発想に、いつも感心しているのだ。つまり、からかうのは未来の気を引くためでもあったりする。とはいえ、聖明はそんな自分の本音にすら気づいていないのだが。

「それよりも、この家のシステム。戻ったんですかね。さっき警察の人が来てましたが、思い切り窓から出入りしていましたね」

 家に帰れるのか。そんな不安も出てくると辰馬は言った。もちろん、窓から出ることが出来るのだから、外には出ることが出来る。問題は、警察にどれくらい拘束されるか。それだけだ。

「ううん。その辺は吉田さんの問題になってくるからな。あ、憲太君。君の叔母さんの反応はどうだった?」

 出入りできる栗原家のもう一人、美典はどうなったのか。出入りということで聖明は思い出したので訊く。

「ああ。父の死を知って気を失ってしまいました。今は、三浦さんが看病してくれています」

 あれでも線の細い人なんですと、憲太は申し訳なさそうだ。どうやら栗原家の特徴であるらしい。いわゆる遺伝子の悪戯だ。

「なるほど。ヒステリーはそのせいか。彼女の性格に依拠するのではなく、神経質な人の特徴だったわけだな。君は休まなくて大丈夫なのか」

「は、はい。というか、今、俺がしっかりしないといけないですし」

 心配はいらないと、憲太は無理に笑った。しかし、呼吸器が弱いという情報が、どうしても心配させてしまう。喘息が出ないかと、そんな気を揉んでしまうのだ。

「ああ。喘息の薬はちゃんと持って来ています。大丈夫です。ここ数年、重くなったことはないですから」

 聖明たちの心配に気づき、憲太はそう説明した。ここはこれ以上心配した様子を見せず、本人の言葉を信じるのが一番だろう。

「はあ。それにしてもお腹が空いたな」

 気を抜いた瞬間、聖明の腹がぐうと大きな音を立てて鳴った。そのあまりに抜けた音に、全員が苦笑してしまう。

「考え事をすると腹が減るもんだよな」

「そう言えば、朝食の途中でしたもんね。すでに十一時です」

 あまり食べずに昼前まで過ごしているのだ。空腹は、あの凄惨な現場を見たということを除けば、普通の反応だろう。

「三浦さんに訊いて来ます。簡単なものならば、あるかもしれません」

 憲太はそう言うと立ち上がり、部屋を出て行った。ちょっとした気分転換を兼ねてだろう。それに三人は、大変だろうなと部屋の入り口をしばらく見ていた。




 三浦が作ってくれたサンドイッチを食堂で食べていると、現場検証を終えた辻と田村が戻ってきた。

「おや、先生。食欲がおありのようで、何よりです」

 平然と窓の割れた食堂で食事する聖明に驚いた辻だったが、こいつならば可能かと思い出したように笑った。

 他にサンドイッチを食べているのは未来と辰馬だけだ。憲太はやはりショックで食べられず、コーヒーだけ飲んでいた。他の人たちは書斎かそれぞれの部屋で食べているはずだ。

「ええ、もう。食欲があり過ぎて、つい三浦さんに頼んでしまいました」

 聖明は辻の嫌味に笑顔で応えてから、何か解りましたかと訊いた。戻ってきたからには、何か報告なり取り調べなりをしたいのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る