第15話 セクハラで訴えていいですか

「なるほどね。だから必要最低限にしか防犯カメラがないのか」

「ええ。それに防犯カメラもある程度の自動化を実現していて、必要のない記録と判断されると消えてしまいます。この家には基本的に栗橋先生と三浦さんしかいなかったので、その方が効率的だと考えていたようです」

 それが防犯の穴になったのではないか。小川はそう考えているらしい。

 たしかに自動的に消去されるというのは盲点だ。しかし、あの異常事態を映していないというのは、説明として貧弱なようにも思える。それにエラー表示された理由にもならない。

「それで、そのシステムをトレースしているところです。一般化できるものなのか。それを調べているんですよ。あの事件があって、多くの予想外の人たちのデータも蓄積することになりましたからね。それがどう影響しているのかも調べる必要があります」

 吉田が横から、今の状態を説明してくれる。

 その予想外の中に聖明たちも入っていることだろう。思わず苦笑してしまった。

「ああ。別に先生たちのことでは」

「解っていますよ。大変ですね」

 すぐに吉田が気づいたので、聖明はより笑ってしまった。こういう反応が出来る相手を好むのが聖明だ。その適任者が、この家の写真を置いて行った友人の人見将大である。

 その将大だが、どうしてここの写真を置いて行ったのか。まだ聞いていなかった。

 単なる気まぐれということもあるし、何か数学の論文で気になっていたのかもしれない。重要だっただろうかと、今になってどうして聞かなかったのかと思った。後でメールしておこう。

「ああ、先生。こちらにいたんですか」

 話題が尽きて、聖明たちが書斎を出て行こうとしたところに、可愛らしい女性が入ってきた。

 ここでいう可愛らしいとは、背の低さだ。こじんまりという言葉が似合う。先ほどの中野が背の高いモデルのような感じだったので、対照的だった。

「ああ、山田君。悪かったね。そこで本郷先生に会ったものだから」

 後ろから川口が顔を出し、真っ先に聖明を紹介した。山田と呼ばれた女性はぺこりと頭を下げた。

「量子重力理論の研究をされている本郷聖明先生ですね。初めまして、山田秀花やまだひでかです」

 すらすらと研究内容を添えられ、聖明はどうもと挨拶する。聖明を圧倒するとは凄いなと、辰馬は普通に感心してしまった。

「えっと、山田さんも数学を」

「はい。今、ドクターの一年です」

 山田は現在博士課程一年ということだ。となると、辰馬たちより年上である。人は見かけによらないものだ。ちなみに辰馬はマスターの二年生、つまり博士課程の前の修士課程に在籍している。

「後で詳しく話を聞かせてもらってもいいかな」

「もちろんです。数理物理学で有名な先生二人とお話しできる機会なんて、そうそうありませんから」

 山田はにっこりと笑い、そう言い切った。

 ああ、素晴らしい。研究者の卵として鏡のような人ではないか。

 辰馬だけでなく聖明もそう思ったらしい。当然、中野にやったような嫌味が登場する暇もなかった。

「いやあ、女性はどんどん逞しくなっているね」

「先ほどと意見が百八十度違うと思いますが」

 感心する聖明の意見に、早速未来のツッコミが入る。

 それはそうだ。先ほど、リケジョブームは終わりましたね、と言い放った奴の意見とは思えない。

「だからさ。ああいう見た目重視のようなことなく」

「先生。セクハラで訴えていいですか」

 言い募ろうとする聖明に、未来が先回りしていった。

 それはつまり、未来も山田も可愛くないと、女性らしくないと言い切るようなものだからだ。

「す、すみません。以後気を付けます」

「よろしい」

 本気で未来を怒らせたと気づいた聖明は、素直に謝った。

 その一連のやり取りを見ていた書斎にいる人々は、笑いを堪えるのに必死である。中野にすれば、溜飲が下がる思いもしたことだろうなと辰馬は思った。その中野はパソコンを見たままだったので、実際の反応は解らない。

「さ、絡繰り屋敷の心臓部に参りますか」

 ひとしきり笑ったところで、吉田がまた案内するために先に歩き出す。

 今のやり取りで、憲太の疲れも飛んだのか、ここに来て一番顔色が良かった。

「お前のところの先生、面白いな」

「まあね。毎日があの調子だから、こっちは困ることもあるけど」

 憲太の感想は正しいが、こちらは困るんだよと辰馬は思わず胃を押さえる。先ほどから、余計に胃の痛みが強くなった気がするのだ。

「そうだろうけどな。でも、想像とは全然違った」

 物理学の先生だから、もっと堅物だと想像していたという。それはよくある誤解だと、辰馬は苦笑いだ。

「物理学の先生って、割とぶっ飛んでるよ」

「みたいだね」

 くすくすと笑いながら、二人も先を進む聖明たちに続いた。ここからは狭い階段を上ることになる。書斎の横にある物置の入り口のような小さなドア、その先に階段があるのだ。

「ははあ。一気に絡繰り屋敷という名称に合った空間が出てくるんですね」

 その薄暗い階段を見て、聖明のテンションが上がる。ただ人工知能を使った家ならば、そういう言い方はしないだろうと想像していたのだ。

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