第9話 ようやく中へ

「それはいつの世も同じだろう。誰もが飛行機を飛ぶ理由を、航空力学を使って説明できないのと同じだ」

「まあ、そうですね」

 素直な感想を伝えると聖明にそう言われ、確かにそうかと思わず空を見上げてしまう。しかしそこに飛行機は飛んでおらず、ただ雲がふわふわと浮いているだけだった。だが、最も解りやすい説明だなと思った。

 世の中、実は飛行機が飛ぶ原理が解っていないなんていう、トンデモ説が流布しているくらいだ。そしてそれが簡単に拡散して信じられてしまうほど、科学は簡単に理解できないものと変化している。

 それは理系と一括りにされる人々でも同じだ。自らの研究分野と少しでも異なれば理解できない。もしくは詳しく知らないのは当たり前。何もかも専門的になり、横断的な理解は難しいのが現状だ。

「じゃあ、次は私ね」

 そしてさくさくと未来が測定を終え、ようやく中に入れることになった。名前は測定している間に憲太が入力を済ませていた。これも電話ボックス型の機械の側面にあったのだ。

「では、玄関のここに、一人ずつ顔を翳してください。一人ずつしか中に入れません。無理やり入ろうとすると、防犯システムが反応するので注意してください」

 何度か説明しているためか、憲太は滞りなく案内していく。玄関扉の上に小さな覗き窓のようなものが付いており、これで登録された顔かどうか読み取るらしい。

「厳重過ぎて、それが仇となった、か」

「――あの事件ですね」

 聖明が唐突に呟くので、一瞬何のことかと思った。しかし、すぐにあの事件がより不可解になったことだと気づいた。

 防犯システムがその時作動しなかった。そして、記録されているはずの犯人の記録がない。これが意味することは何なのか。そういうことだ。

「どういうものにも隙はある。犯人はそれを知っているということだな」

 一応は気になっているようで、聖明はそう分析していた。

 たしかに完璧なんて存在しないんだろうなと思うと同時に、これだけシステムを整えても穴があるというのは信じられないという、相反する気持ちが生まれていた。

 全員が無事に玄関を通過すると、その先に一人の身なりのいい男性が立っていた。ぴしっとしたスーツに、整えられた髪。年齢は六十過ぎだろうか。落ち着いた紳士然とした人物である。

「おかえりなさいませ、憲太様。そして皆さま、ようこそお越しくださいました」

 その老紳士は四人に向けてそう挨拶した。あまりに丁寧な挨拶に、日頃そういう環境に慣れていない聖明たちは固まる。

「あ、この人は、何っていうか、執事のような人で、三浦右近みうらうこんさんと言います。祖父の身の回りの世話や秘書のようなこともされていたんです。この家のシステムもよく理解されていて、俺も事件が起こった後には彼から説明を受けました」

 憲太は慌てて説明する。機械に動じない男が人間に動じるというのは、ちょっと想定していなかった。

「そ、そうですか。今日はお世話になります」

 まだまだぎこちない聖明だったが、何とか挨拶を済ませた。機械ばかりだと思っていただけに、執事だか秘書だかが現れるとは考えてもいなかったのだ。

 さすがに天才をもってしても、総てが全自動とはいかないらしい。

「いえいえ。食事などはお任せください。では、お部屋に案内します。その後はご自由にお過ごしください」

 奇妙な客にも、亜土が変わっていたためか慣れているようで、三浦はてきぱきと進めて行く。四人がそれぞれ手に持っていた荷物を手早く受け取り、見た目に反した怪力で全員分の荷物を一人で運び始める。

「へえ。中も変わっている」

 玄関を抜けて進むと、まず洋風の空間が広がっていた。広間というべきか。赤い絨毯が廊下に敷かれ、格式高い印象を与えている。天井からは古めかしいシャンデリアが釣られていて、何だかホテルのような感じだ。

 こんな場所に本当に最新鋭の人工知能とそのシステムが組み込まれているのか。辰馬は間違いではないかと疑ってしまった。進んで行くと階段が見えてきて、そこから二階に上がれるのだと知る。他に応接室などもあり、これだけでもかなり広いことが解った。見た目以上に奥行きがある。

「このカーペットの下にも何かあるのかな」

 しかし、そんな雰囲気に飲み込まれない奴が一人。執事には戸惑ったくせに空間の古風さは物ともせず、どこに機械類があるのかと聖明は靴で絨毯を突っついていた。そう、この別荘、基本的に土足であるらしい。

「ずっと履いていると蒸れそうだな」

「いや、そこで履き替えるんだ。洋間は土足、そして和室はいつも通りって感じかな。一階のこの先は普通に和風の家なんだよ。だからそうだな。寝る時や寛いでいる時は大丈夫」

 心配する辰馬に、それは大丈夫と憲太は苦笑する。たしかに入り口から奥に行くまでの間、そして二階や三階は土足だから、初めて入った人は戸惑うことになる。

「本当だ。あそこが玄関みたいになっている」

 少し進むと、日本家屋の入り口のような引き戸に出会う。そこで靴を脱ぎ、スリッパになるのだ。ちゃんと引き戸の先に靴箱も用意されていた。

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