第8話 測定

「つまり、中に入ったらプライバシーはないと考えた方がいいってことね」

「え、ええ。でも、内容を確認する人はまずいないと思いますから、その点は安心してください。研究に関係ない今日から三日間の分は、ちゃんと消してくれるよう吉田さんには言ってあります」

 このメンツで余計なことをする人はいないだろうが、後で記録していたと知らせるのは良くない。そう考えて伝えているだけなのだ。

「行動分析をしようにも、他人の家で、しかも限られた空間だからな。消しても問題ないだろうね」

 そして、そんな配慮なんてどうでもいいという聖明。さっきから論点をずらしてくれてばかりだ。

「と、ともかく、その登録ってどうやるんだ?」

 このままでは話が一向に進まない。辰馬はそれに気づいて話を変える。

 ここで延々とシステム論をしている場合ではない。まずは中に入らないと記録もへったくれもない。

「あ、そうだった。こっちにどうぞ」

 憲太も同意を得られたのだと気づき、三人を顔認証システムのある場所に連れて行った。

 それは玄関ポーチの横、電話ボックスのような形をした小さな部屋のようなものだった。中に入るとモニターのある機械が目の前に置かれている。そこで撮影するということらしい。

 銀行の貸付機のようだなと、借りたことはないものの辰馬はそう感じた。

「一人ずつ、モニターの前に立ってください。そのモニターは撮影状況が見れるものですから、どこを測定しているのか解ると思います」

 憲太がその機械のある部屋のドアを開けながら言う。

「それって、顔認証だけでなく他のデータも取るってことか」

「あっ、うん。そう」

 先ほどそれも説明しようとしたんだけどと、辰馬の質問に対し申し訳そうな顔をした憲太だが、視線は聖明に向いている。完全に聖明のせいで言えなかったと目が訴えていた。

「総てを記録するんだから、そうですよね。顔だけでは無理な部分が多いと思います」

 未来は当然という顔をしたことで、説明不足に関しては何の問題もなしとなった。

「ああ。この床は重さを計っているんだな」

 そしてその間も、興味津々の聖明は勝手に中に入って、内部にある機械を具に見ていた。

 床を撫でると、なるほどと納得の表情をしている。ただの機械マニアのような様相だ。その他にもセンサーや多角的に撮影できるカメラがあると、聖明は憲太の説明を待つ前に言ってしまった。

「そうです。先生からどうぞ」

 ここまで来るともう説明はいいかとなる。憲太は興味がある聖明から測定することにした。もちろん、聖明はやる気満々だ。この辺りでいいのかと、ボックスの中心に立つ。

「はい。多少の身動きは大丈夫です。三分間、中にいてください」

 注意事項を軽くし、憲太はドアを閉めた。そしてドアについていたスイッチを押す。すると、ボックスからパソコンが動くような音がし始める。

「こう、音声案内みたいなのはないの?」

 そのまま重低音が響くだけで、中で何がどうなっているのか解らない。辰馬は思わずそう訊いていた。

「ないんだ。お祖父ちゃん、そういうところは面倒だったみたいで」

 別に自分が案内するからいいと思っていたのか、不親切な部分が多いと憲太も困り顔だ。事件が起こって呼ばれた時も相当戸惑うことになった。説明できる人がいなかったらどうすべきか。それは考えていなかったらしい。

 そして三分後、満足そうな顔をして聖明が出てきた。それはもう喜色満面。新たな発見をしたという表情だった。

「これだけでも素晴らしいシステムだと思うね。といっても、専門ではないから正しい認識がどうかは解らないけど。しかし近未来を感じさせるには十分だ」

 面白いよと、聖明はまた中を覗き込む。モニターには測定終了の文字だけが示されていて、何が面白かったのか、辰馬には解らない。

 そこで次は自分がと中に入った。すると、音声案内はないものの、モニターに測定開始と表示された。そして残り時間が表示される。

「何とも味気ないな」

 ただ立っているだけなので、面白みもない。一体何が聖明を興奮させたのやら。たまにモニターに測定が終わった数値や画像が表示される。それを見ていると、一体いつの間にと驚かされはした。

「はあ。なんか、理系なのに技術から置いて行かれそう」

 これが理解できないってことは、そのうち知らない物ばかりになっているのでは。

 測定を終えた憲太はそう感じてしまった。便利になることと理解することは別だなと、つくづく実感してしまう。

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