四  器用貧乏     2017年 5月

 育児日記の「生後四十五日」に美子は長い文章を書いていた。

 窓の外で風に棚引く鯉のぼりをハヤタンは目で追っていました。新潟のバアタンが買ってくれた大きな鯉のぼりです。

 今日のハヤタンの体重は四千七百グラムです。ミルクは百ミリリットルを七回飲みました。今日はお仕事がお休みなので七回とも父タンがあげました。父タンはミルクをあげるのが上手です。ハヤタンがミルクを飲んだ後、父タンが背中をトントンするとハヤタンは可愛くゲップをします。沐浴もくよくも今日は父タン担当でした。ハヤタンの体の隅々まで父タンはやさしく、そして素早く洗います。父タンが片手で両耳をおさえ頭を洗うとハヤタンはちょっと嬉しそうな顔をしました。

 父タンが「パパの育児コンテスト」に出場したら結構いいところまで行くでしょう。でも、優勝は難しいかも。

「パパの笑顔がちょっと控えめだったのが残念」

 審査員はきっと、そう言うでしょう。でも、たとえ笑顔が控えめでも父タンは世界一ハヤタンを愛している世界一やさしいパパです。

 僕は隼人と一緒の時、この上ない幸せを感じていた。でも美子は僕の笑顔に戸惑いがあると思っていたようだ。

 僕はおむつ替えも上手い。抜群に手際てぎわがいいと美子は言う。

「あなたって、けっこう器用よね」

「そうだろう? むかし、親父が心配して……」

「その話、何度も聴いたわ」

……器用貧乏という言葉を知っているか?

 父が冗談交じりに僕をさとしたことがあった。

……器用な奴は、金持ちにはなれない。仕事を人任ひとまかせに出来ねえからだ。人間、あまり器用じゃない方がいい。

 自転車のパンクをあっという間に直してしまった小学五年生の僕を見ながら父は言った。

「将来の貧乏を親が心配するほど器用だったって自慢話でしょ?」

「まあね」

 僕は左手で隼人の両足首を持ち、右手で新しい紙おむつを広げて隼人のお尻の下に滑り込ませる。汚れたおむつのテープを外して開き、ウエットティッシュで汚れを拭き取る。汚れは前から後ろに拭かなければいけない。汚れたおむつを外し、新しいおむつを装着する。この時、おちんちんは下向きにする。上向きだとおむつの上からおしっこが漏れることがあるからだ。両端についたマジックテープで紙おむつをとめ、脚回りについているギャザーを外側に出して完了だ。

「神技だわ。何回見ても感動的なおむつ替え」

 汚れたおむつをウエットティッシュとともに丸めてビニール袋に入れ、袋を結んで閉じる。その作業を右手だけでやる僕を見て美子は小さく拍手する。僕がおむつを替えている時、隼人が泣いたことは一度も無い。僕はきっと金持ちにはなれないだろう。

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