長い夜

尾八原ジュージ

修羅場

 ある夜、帰宅するとアパートの前でキャンキャン声がする。私の彼氏と彼女が鉢合わせて揉めているのだ。

 いつかこんな日がくると思ってたんだよなぁと思いながらカンカンと音を立てて外階段を上っていくと、ふたりが鬼みたいな顔でこっちを振り返る。

「カズエちゃんさあぁぁ! どういうこと!?」

 異口同音だけど、彼女の方はちょっと北国の訛がある。

「い、言ってなかったっけ」

 動揺のあまり口走りながら、我ながら最悪だなと思う。ふたりは「聞いてない!」とまた異口同音に怒鳴る。どうやら彼氏の矛先は完全にこっちで、彼女の矛先は私と彼氏半々くらいに向いている。

「とりあえず中でお願いします……」

 ご近所の手前、私は二人にペコペコ頭を下げて懇願する。

 狭いながらも楽しい私のワンルームは取調室と化し、彼氏はベッドに腰かけ、彼女はテーブルの向こうに陣取っていて、あぁ二人とも滅法顔がいいなと、こんな場合だけど惚れ惚れしてしまう。

 だってどっちも好きだし選べないんだもの。選ばなきゃと思いながらついズルズルと続けてしまったのは二人のお顔が滅法いいからなんだもの……と私が言い訳をすると、彼氏はなんだかちょっと嬉しそう、彼女はめちゃくちゃ怒って私に飛びかかってきた。それを彼氏がほぼ空中でキャッチして、「お前カズエちゃんに何すんだよ! ブス!」と罵る。

「うるせぇーーーー!! お前こそブサイクじゃねえか!」

 じたばたと暴れる彼女は興奮して顔が真っ赤だし、涙がぽろぽろこぼれている。でもやっぱり滅法かわいいので困る。本当に困る。

「ブス!」

「ブサイク!」

 ふたりが罵りあいを始めたので、私は慌てて割って入る。「ふたりとも超美形だよ! よく見て!」

 ほかの言葉は許せても、互いの顔面を罵る言葉は許せない。だって、二人とも大好きだから。同じベクトルで好きで好きでたまらないから。

 ふと気づくとふたりともおんなじスーパーの袋を持っていて、中にはおんなじ白だしが入っている。これここでしか売ってないから切らさないように買ってるんだよねって私が言ったことを二人ともちゃんと覚えている。二人とも顔がいいだけじゃなくて、性格もいい子だから。で、やっぱり私は最悪。そういうこと。

「あのねぇぇ顔とかなんとかそういう問題じゃないんだよ! 浮気相手が男だったら許されると思ってんの!?」

 彼女が私の襟首を掴む。彼氏が「だからやめろって」と言いながら引っ剥がそうとし、またしても二人の間で幻のゴングが鳴り響こうとしたその時、窓の外がパアァッと明るくなった。

 東京の星の見えない夜空を、円盤型の宇宙船のライトが照らす。丸い窓の中では、モルカンダレバ星人の恋人が私に手を振っている。

「おーい! カズエちゃーん」

 地球人の彼氏と彼女はスンッと真顔になり、それからまた鬼みたいな顔に戻って私の方を見る。だってしょうがないじゃん、全員同じベクトルで好きなんだもの。

 唯一救いがあるとすれば、モルカンダレバ星人は複数の相手とお付き合いするのがわりと一般的というところだけど、でも地球人とも付き合ってることは内緒にしてたから、やっぱりまずいなとは思う。

 夜は長い。私はバカ。

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長い夜 尾八原ジュージ @zi-yon

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