第47話 世界で一番美しい日

私はそわそわしていた。

包みのリボンを結んでは解いて。

日も傾いた窓の外では

落ち葉が音を立てて舞い散った。

柱時計を何度も見上げる。


あの子が生まれた日はね、

霜が降りた朝だったの。

燃えるような紅葉も

弾けたローズヒップも

膨らみかけた最後の蕾たちも

みんなみんな粉砂糖をまぶしたようにね、

柔らかく包み込まれて輝いていた。

世界で一番美しい風景だと思ったわ。

だからあの子はね、

世界で一番美しいものの一つなの。


かつて母が言ったのだ。

幼い私は大きく頷いた。

自慢の兄は誰よりも美しい。

母の言葉はストンと胸の中に落ちた。


けれどちょっぴり羨ましくなった。

私が生まれた日は

春の終わりの雨の中だったから。

咲き始めた白薔薇がみんなみんな

雫をまとって震えていたと母が言ったから。


うつむく私に母が言った。


あなたは幸せな子ね。

世界で一番幸せな子よ。

世界で一番美しいものが

世界で一番大切にしたいと

心から思ってくれているのですもの。


母の好きな詩のようだと思った。

わかるようでわからない、

嬉しいようでわからない。


そうだよ、

雨に濡れる白薔薇はね、

例えようもなく清らかで

それでいてたまらなくしどけない。

抱きしめずにはいられないんだ。


優しい声に鼓膜どころか体全体が震えた。

ドアを開けた兄を振り返る。

一緒に見た雨の庭の美しさが眼前に迫った。

たまらず細く長い息を吐き、

リボンをそっと撫でて包みを差し出す。

私を引き寄せた兄がそれはそれは嬉しそうに言った。


お前がいてくれて良かった。

粉砂糖の朝も雫の午後も、

二人でずっと一緒に見つめていこう。


心を読まれたかと驚く私に兄は笑った。

誕生日が来るたびに

いつもいつもお前はそう言って

いつもいつも僕はそう答えたのに

お前はちっとも覚えていない。

でももう、忘れないだろう?


遠い日の母の言葉が今度こそ

胸の奥深くへと落ちていき

あるべき場所にしっかりと収まった。


秋の日の最後の光の中で世界が輝く。

重なり合い深まる色が形が

また一つ忘れ得ぬ美しさを

私たちの中に鮮やかに刻んでいった。

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