魂はどこにあるのか

 またサッカーネタです。今回は日本ではありません。


 国別の代表チームだと勿論日本を応援しますが、次に好きなのはドイツチームでした。西ドイツですかね正確に言えば。


 創造性に欠けるとか面白くないとか言う向きもありますが、何か目が離せませんでした。


 前評判が低くても、国際大会では激戦を制して勝ち上がります。劣勢な試合展開でも最小失点で耐え抜き、セットプレーやカウンターで同点、逆転に持ち込むのです。


 サッカーファンは、その西ドイツの驚異的な底力を、様々な感情を込めて「ゲルマン魂」と呼びました。


 1986年メキシコ大会決勝、大会の主役となったマラドーナを擁するアルゼンチンとの一戦は、ゲルマン魂の発露であったかもしれません。


 2点のビハインドを追う後半、コーナーキック2本で同点に追いついた時にはシビレましたね。ルンメニゲとルディ・フェラーが吠えてました。


 最後はブルチャガにラストパスを出したマラドーナの神通力に屈した訳ですが、メキシコ大会ではそうやってアルゼンチンに食い下がるチームも無かったのですから。


 中でも、神がかったセービングを見せるGKのハラルト・シューマッハーが大好きでした。性格にはかなり難のある人物だったようですが、チームが追い込まれてから見せる守備は凄まじかった。


 自分にとっては、彼こそがゲルマン魂の権化でした。


 そのドイツ代表に、「ゲルマン魂」という形容が使われなくなってきたんです。時期的には東西ドイツが統一された後から。


 何となく選手の顔立ちが似通っていた西ドイツ時代から、トルコや中東系、アフリカ系の移民出身の選手が増えてきた時期でもあります。


 その間もドイツ代表は変わらず世界のトップチームの一つであり続けましたが、かつてのスイッチが切り替わるような底力は感じられなくなりました。


 冒頭に戻ると、「次に好きなのはドイツチーム『でした』」と過去形になってますね。その辺りからドイツ代表は私の贔屓ではなくなったのです。


 あれは一体、何だったんだろうなと今でも思い出します。


 日本もアジア系以外のルーツを持つ方がスポーツ等で活躍するようになりましたね。時代の流れというものでしょうか。


 そういえば、日本代表チームには「大和魂」なんて言葉は使われませんでした。でもかつての、ワールドカップやオリンピックの本大会に手が届かず、それでも必死に足掻いていた頃の日本代表選手からは、確かにそういったものが感じられました。


 どこから来るんでしょうね。最後に感じたのは、残念ながらサッカーではなく、野球のイチロー選手だったかな。


 出自ではないように思えます。日本に帰化したラモス瑠偉からは、日本や日本代表への強い思いを感じます。同じく帰化選手の三都主アレサンドロ、呂比須ワグナーも寡黙でしたが日本で生まれ育った選手以上のリスペクトが感じられました。


 逆に、アルゼンチンのリオネル・メッシはどうなんだろう。幼少期にスペインのFCバルセロナの下部組織入りしてからスペイン在住ですよね。同じスペイン語圏ではあるけど、アルゼンチンにアイデンティティはあるのかな。


 日本だとレアル・マドリーのカンテラに入った久保建英はどうなんだろう。とりとめもなく考えます。地震で停電してるので。皆さん大丈夫ですかね?


 遠い将来には、国別代表というカテゴリーは無くなっているかもしれませんね。

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