紙の一枚を一枚ずつ捲ると...

桜瀬 栞

第1話 蒼い水


 瞼をうっすらと開けてゆくと、視界には蒼くて陽射しのせいか宝石のようにチカっと輝いていた。

 最期の光景にとっては、紺碧でさわさわさわさわと波が白の泡粒が美しい音楽を残して消えてゆく。まさに、これは憧憬だとも言える。

 最期?どうして、俺は此処に居るんだ?・・・そうだっだ。俺は確か、溺れたんだ。

 何もかも自分を廃棄した俺は、腕も足、首、心を一つ動かせる事が出来ず、金縛りの状態で宙に浮かばれされ、居心地が良くて、まるで天国に逝った気分だ。このままでいたいと思った。

 嗚呼・・・そうか、俺は負けたんだ。好意のある彼女に対して・・・。負けたというか今までの女性よりも初めて彼女に負けた。

 その彼女とは俺が幼い頃、お互いに面識を持つようになり、友達となった。同じ学校に通い、偶々で同じスポーツを通う事も、そんな機会が多かった。確かに彼女と一緒に過ごす生活は愉しかったけれど、彼女に対して女だと一度も考えた事が無かった。

 何だろう・・・俺は一線を越えたくなかった。友達のままで良いと思った。この生活を変えたくなかったからだ。

 でも、彼女は違った。幼い頃に何度も何度も俺に告白した。告白の返事を避けてきた。

 なのに自分は卑怯で最低な人間だと理解している。どんな風に答えたら良いか分からなかったんだよ。ただの言い訳で弱虫だ。もしも、彼女を傷付けるかもしれないと思ったから。その後、どうなる?そんな事ばっかりを考えているうちに日が過ぎていった。

 最後の告白は中学卒業式の日だ。俺はなんとなくで彼女に返事を返した。

 そしたら彼女は涙腺を滲み出して数え切れない程に涙粒が頬に流れ出した。泣き腫らしたまま俺にこう言われた。

『最初からそれをそう言って欲しかった』

 最初から最後までの結果は変わらなかった。彼女を傷付けてしまった事実には変わりない。それが彼女との最後の記憶となった。

 その日以来から二度と彼女に会う機会を無くした。

 偶にメンバーの連絡から来る事も有り、久し振りに顔を見せたが、彼女の姿は見当たらなかった。多分、俺が居るせいで来れないんだと思う。

 気まずいと理解してても、俺は何故か忘れられなかった。あの日、景色が淡紅色だらけで鬱陶しい位に桜の花弁が散り、彼女は花弁のように目が腫れたまま俺の前に去った。

 その景色にとっては今にも脳裏に焼きつく。

 どうしてこんなにも痛むのかも理解が出来ないまま、悔恨の念を強く持ち、日が過ぎて行く。




 あれから十年が経った。俺は今、ある悲劇が始まった。よくある話で突然、世界破滅の宣言が告げられた。勝利を得た人は生き残る。敗北を持つ人はを迎える。生死の確率は世界の人口は半分となってしまうだろう。

 周囲の人はさっきまでに冷静であったが、急にお互いに罵倒し合う人間関係が崩壊し、泣きじゃくる子供は悲鳴を上げ続け、必死に赤ちゃんを抱く母親は混乱し、騒々しく人間は一心不乱となってしまった。

 一世界の平和は、いともたやすく、なにもかもが壊れてしまった。それを修復するにはあるゲームに参加しなければならなかった。

 内容のゲームにとっては残酷であった。非常に反社会的な行動で、それは最も惨くて人を殺めるばかりの行為であった。解り易く言うと、惨殺、斬殺、撲殺、絞殺、刺殺、欧殺、毒殺、薬殺、扼殺、轢殺、爆殺、鏖殺、圧殺、焼殺、抉殺、誅殺、溺殺、射殺、銃殺など。

 そう、同類で殺し合うゲームだ。

 ゲームが開始すると、それぞれな人々の声が混じっていて阿鼻叫喚となり、惨たらしくて血飛沫である映像ばかりに流れていた。

 俺は声が出せない程に悍ましい記憶を残した。

 こんなゲームは参加したくなかった。




 世界破滅のゲーム開始した以来から三日が経つ。

 一日に食事の朝、昼、夜は必ず、配給されるが、部屋も寝床の一つも無くて移動するのは自由だが、ゲームから辞去した者は殺されてしまうだけだ。どの道、俺達は地獄から抜け出せない。

 此処に居る人間は絶望の淵に満ちていた。

 殺し合うだけなら、死んだ方がマシだ。此処に居ると頭がおかしくなる。その言葉を発言する者は多く居た。

 俺だって死にたい。・・・だけど、恐くて出来なかった。意味も無い死に方にされるのが嫌だっだ。

 深く考えた俺は突然にボイスを流れ出したのを気付いた。

『14539番、1798014番、51924番。直ちにE会場へ参加せよ』

 51924番は俺だ。名前みたいなもんだ。

 次は俺だ・・・。あの惨たらしいゲームへ本当に参加しなければならないのか・・・。

 身体は疲れ切っていないというのに精神的には疲れていた。まるで俺達を弄ばれているかのように地獄から呼び出される。

 E会場に入室すると、窓一つも無くて密室で白い空間、蒼いプールの一つだけで銃の一つ以外に他の物置は無かった。

 その蒼い水とは潮の匂いもしなくて個室プールのように地面らしきが見当たらなく、かなり深いだろう。

 これから人を殺めるというのに蒼い水があるのかも理解が出来なかった。

 俺の背後に一人、一人がやって来た。これからお互いに殺めなければならないのか?

 次のゲームに参加する人物は、俺と、見知らぬ男性、・・・彼女。

 十年振りの彼女だ・・・。

 俺は彼女を見た瞬間、心が揺らいだ。此処で再会するとは思わなかった。どんな風に声を掛けるべきか?「久し振り」、「元気か」と聞くべきか、悩んだ。

 時間が経たないうちに彼女は俺を知らない振りしたかのように目を逸らした。

 無視された俺は・・・何故か、胸を痛んだ。どうして痛むのかも分からなかった。

 気を取り直して、ゲームの内容は・・・。


・時間制限は五分間、時間切れになる前に女性はどちらの一人を選ばないと、二人は死ぬ。もしくは選ばれなかった人は死を迎える。

・蒼い水に自らから犠牲にして二人を生き残せる可能性がある。

・最後に、生き残りたければ、人を殺め。


 選ぶ権利を与えられた人間は・・・彼女であった。つまり、俺と見知らぬ男性のどちらかの人間を選ばなければ、全員は死のみとなる。選べば、二人は生き残れる。

 そんな馬鹿げたゲームなんかを引き受けたくなかった。でも、強制的な仕組みが有り、此処から逃げ出す事は不可能であった。万が一抜け出す事が出来たとしてもルール違反の為で殺されるだけだ。

 生き残れる確率は彼女自身がどう選択するかだ。

 難問な選択に追い込まれた彼女は顔を曇らせ、躊躇をしていたように見えた。

 ・・・分かっている。結果は人を殺め、後者は殺人者になるのだから無理もない。きっと、彼女は再会した俺より見知らぬ男性を選ぶだろう。俺に対して嫌悪感があるからだ。

 その結果を知ってても俺は、他人の男を選ぶと理解している筈なのに何故か胸の痛みが急激に走った。

 この痛みにとってはどんな意味だろう?前にも同じ痛みを感じる。

『残りの一分です。時間制限を守れないならば、全滅となります』

 ・・・あと一分しかない。何を躊躇しているんだ?彼女は何故迷う?俺より見知らぬ男性を選べよ!

 ・・・畜生!どうする?時間が無い。どうする?人を殺めてしまったら、人間の尊厳を歯向かってしまう。

 見知らぬ男性は気絶しているのか、或いはもう既に立ち尽くしてしまっているのか・・・。

 どうでもいいが、もうこれしかない。

 蒼い水を用意された事は見当はつくが、それは・・・『自分を犠牲にする』だよな?

 俺は彼女の方の顔を見ると視線が合い、もう恐くないとそう思ってしまった。自分の死より、彼女の死の方が恐かったからだ。

 何でだろうなぁ。こんな状況でもお前を一番に考えてしまう。

 ごめん、俺は先に行く。

 俺は時間を絶つ前に蒼い水の方へ走った。

 時間切れになる前に自らから蒼い水にどぼんっと音を立てて飛び込んだ。

 自らからこんな事態になるとは思わなかったが、初めて経験をするのも恐かった。だけど、これしかないんだ。

 俺が犠牲になれば、二人は生き残れる。

 何故、俺は馬鹿な行動をするのか?自覚していないせいか、俺は最初から馬鹿なんだと思う。

 ・・・苦くて呼吸が出来ない。息をしたいのに・・・。呼吸をしようとすれば、余計に肺から窒素を出してしまうと、開いた口から荒立つ泡が出てくる。

 生命危機だというのに、あの頃にある記憶を蘇ってしまう。

 あの頃とは俺が溺れた一度目は4歳の頃だ。あの感覚を再びに呼び出される。これを味わうのも二度目だ。

 もう肺に窒素の代わりに水素を飲み込んでしまう。これではもう呼吸すら出来ない。

 死の淵に立とうとした瞬間にある幻覚を見た。その幻覚はさっきまでの白の泡粒が激しく怒り出し、彼女が現れた。

 何故、現れたのかは理解が出来ないが、こんな幻覚が見れるというのならそれでも良い。偽物でもいい・・・。俺はお前にまだ、言いたい事がある。あの時の続きを・・・。

 俺はそのまま意識を途絶えた。




 瞼をゆっくりと開けていくと、目の前には彼女が居た。

「××君!?泳げる筈でしょ?死にたいの!?」

 ずぶ濡れになった彼女は中学卒業式以来の最後の印象が似ていた。

 お前は俺に告白した後、泣いて、俺の前に去った。

 今頃に気付いてしまうんだろうか?

 俺は、無意識に身体が勝手に動いた。彼女の片頬を触れると、静まった。

 なんとなく・・・、何かが惹きつけられたかのように、脳裏に焼き付いた。泣いた姿は以前の彼女と全く同じで、俺をいつも見ている彼女だっだ。

 俺は馬鹿だ。ずっと前から好きだったんだ。彼女との関係を壊したくなくて逃げたんだ。

 許せなくても良いから、『好き』を言葉にしないから、・・・今の瞬間だけの時間を下さい。

 彼女の顔を近付け、お互いにずぶ濡れだというのに温もりを感じた。




~***~


 


 私の嫌いな一人が居た。それは彼の事である。

 彼は現況もスポーツも得意で自慢げに言うだろうけど、本当は不器用な人だ。彼の弱みを知っている。私には、誰にも見せた事が無い泣き顔。誰にもこんな弱みを見せたくなかった。何故、見せたくない?彼の事を嫌いだった筈なのに一緒に居る時間が多いせいか、彼を知り過ぎて以前よりもっと好きになってしまった。

 私は後から後悔した。やはり、彼を好きになるべきでは無かったと。

 彼は私の事を好きじゃないと理解していても告白をしてしまった。何度も君に告っても必ず、返事は返って来ない。彼はそういう人だから。

 でも、嫌いになれない。とても優しくて同じ人類でも、他の人種を傷付けたりしない。そんな人だから私は彼の優しさに惹かれた。

 多分、その為に何も言えないんだろうと思う。なのに最後の告白は返って来た。

 無性に腹が立った。初めて怒りを覚えた。

 その時、私は「最初からそれをそう言って欲しかった」と吐き捨てるように言い、今直ぐにでも此処から出たくて先に自らから立ち去った。

 今日が最後の中学生活、それが終わったとしても私の心は未だにも終わらせる事は困難であった。

 私はいつにこの気持ちは終わるだろうか?




 暗闇に彷徨った私は部屋の隅っこに座り、目が腫れ、身体を丸めて膝を抱えた。不幸のどん底に沈んだ気分だっだ。

 一週間の間だけ、意欲を失い。眠りたくもない。食欲も無い。何もかもしたくない。疲れた。もう彼の事を考えたくもない。思い出したくもない。

 外側からの扉が音を立てていた。多分、お母さんだ。

「夜食が出来てるから、お腹が空いたら来てね」

 お母さんが立ち去るまでに私は一言もすら返事を返せなかった。

 今は独りにしたくて、何も喋りたくなかっただけ。

 春休みが終わる前に、久し振りに同級生からの連絡が来た。『卒業の最期に皆で遊ばないか』と誘われた。私は体調が悪いと、嘘を付いた。彼の顔を見ると、余計に辛くなるから。

 私ね、何度も告白するべきじゃなかった。彼を責めても意味が無い。私にも自分勝手で彼に気持ちを押し付けた一理もある。初めて罪悪感を持った。

 彼が今まで私の気持ちを知っておいて、返事を避けた事に対して嫌悪感を持った。

 二つの感情を持ったせいか、毎日が苦しくて胸の奥に癒えない傷を残ってしまった。

 私は・・・もう二度と彼に会わない。そして、彼を想いながら泣くのも止める。何度も泣いて、毎日苦しんでも報いにはならない。

 だから、私は友達の関係も切り離そう。気持ちを整理するには暫くの時間が必要であった。

 日に過ぎても、気持ちは上手く整理がつかず、彼に会う機会も無くなり、避けるようになった。これで良いと思った。このまま会えないままでいい・・・。

 なのに・・・。新たな問題というより、私達の世界は懸かっていた。

 その日以来に十年が経った。突然、世界の終焉が来た。世界が破滅するというのにあるゲームが強制参加させられた。

 最初はゲームするわけないでしょ?って思った。

 世界破滅の宣言に告げられ、内容は理解し、そのゲームを生き残れば、生き残る事は可能。だが、敗北を得た者は死を迎えるだけとなる。

 ゲームを開始していくと、ある映像を見せられ、私は衝撃を受けた。

 それは同類とやり合うように闘う。私達の人間でも共殺しをしていた。白かった筈の肌色が変色し、紅くて、絵具のようにあちこちに飛び散っていた。

 ゲームの指示通りにすれば、生き残れる?これはゲームなんかじゃない。ただの決闘というより、・・・狂っている。こんなのって・・・。

 私は錯乱していた。こんな真実を受け入れたくなかった。




 三日後に、私はゲーム参加の為で呼ばれた。

『14539番、1798014番、51924番。直ちにE会場へ参加せよ』

 私は意味の分からないゲームに参加しなければならないのか理解が出来ない。生き残る為?自分で死んだ方がマシだ。私は人を殺したくなんかないのに・・・。

 絶望し切った私は先に進んだ男性は見覚えがあった。

 どうして、此処に居るの?君は・・・私の嫌いな人だっだ。

 十年振りだ。

 何故、こんな形で会うのかなぁ?私には会いたくなかったというのに・・・。

 私は気まずくて彼の視線を逸らした

 ゲーム内容は・・・。


 ・時間制限は五分間、時間切れになる前に女性はどちらの一人を選ばないと、二人は死ぬ。もしくは選ばれなかった人は死を迎える。

・広い水に自らから犠牲にして二人を生き残せる可能性がある。

・最後に、生き残りたければ、人を殺め。


 女性・・・此処に居るのは男性二人と、女性の一人の私。つまり、私がどちらかの男性を選ぶ・・・。

 もしも、一人を選んでしまったら、選ばれなかった人は死ぬ。

 私は人を殺せと?・・・そんなの嫌だよ。

 殺したくない・・・。見知らぬ男性は?彼は・・・?

 急激に身体が緊張したせいか腕を抱える。

 私はあまりの不安が激しくなり、恐怖に陥れた。

 寒い・・・。どうしたらいいの?あれ?私は何を選ぶの?選べば、二人は生き残れる。選んだら人を殺める行為になる。

『残りの一分です。時間制限を守れないならば、全滅となります』

 ほら?時間が無いというのに早く、選ばなきゃ・・・。

 でも・・・でも、私を選べばいいんじゃないかなぁ?

 そうだ。私を殺せばいい。でもどうやって殺す?

 私は地面から目を離すと、彼との視線が合った。

 一瞬だけ、私に笑顔を向いた。

 それは・・・どういう意味?何故、彼は私に向けた?

 彼は宙に舞い上がったかのように蒼い水へどぼんっと激しい音を立てた。

 そのまま、30秒が経っても彼は沈んだままだ。

 彼は昔から泳げる筈なのに。何故、出て来ない?・・・まさか!?

 自らを犠牲にして私達を生き残させる気?

 やっぱり、彼は馬鹿だ。いっつも、人譲りをする癖があった。どうして、人との関係を途絶えたり、何かを犠牲したりする。前にもあった。

 ほんっとうに、苛々する。

 私は靴とカーディガンを脱ぎ捨て、蒼い水へと向かった。

 私はある行動をした。彼が死ぬかもしれないって一瞬、そう思ってしまったから。

 彼の死を見届けるに対して、私は新たな恐怖に陥れた。

 周りはどうでもいい。私が死んでもいい。だけど、彼は生きて欲しい・・・。

 彼を救出する為に自らから蒼い水に飛び込み、どぼんっと激しい音を立てた。

 私はまだ彼を選んでしまった。もう二度と彼を選ばないと決めた筈なのに、長い時間が経っても、結局は最後に周りを犠牲にして彼を選んでしまう。

 彼を見つけ、蒼い水から抜け出す為に彼を抱きかかえながら平泳ぎをした。

 やっと、蒼い水から抜け出していくと、見知らぬ男性は既に死んでいった。私が彼を選んだせいで死んだんだ。

 御免なさい・・・。

 私は彼が生息しているかを確認した。

「・・・××君?」

 ・・・息をしていない。

 私は彼の胸を片耳に近付けると、心臓音がしない。

「そんな・・・」と思いながら、一気に不安や恐怖が私に訪れに来た。

 急がないと・・・!呼吸をするには!

 人工呼吸の手順をし始め、心臓の鼓動を振動させるには心臓に届くように胸を十回に押し、離れ、再びに押し、離れる事を繰り返した。最後は息を吹き返す為に口付けをした。

 その後、さっきの行動を繰り返していくと、彼は息を吹き返した。

 ふざけないでよ・・・。君は・・・本当に馬鹿なのかな?

「××君!?泳げる筈でしょ?死にたいの!?」

 私は彼がこんなにも簡単に自殺行為をするのが腹を立てた。君が死んだら私は貴方を一生、許せなくなる。

 何で君はいつもそう行動を取ってしまうのかなぁ・・・?

 本当にそういう所が、人を恐怖に陥れさせる。

 私は君が生きなきゃ意味がないんだよ?

 嫌いだけど・・・本当は好きなんだよ?

 私は安心したせいか、怒りのせいか、もう感情が混合していて涙腺が滲む。

 これさぁ、どんな風に感情を表して良いのかも分からなくて、次の言葉が見当たらない。だって君に会うのも十年振りだ。私が責めても・・・意味が無いのに。

 深く考えた私は、彼はある行動をした。

 彼から私の頬に触れた。

 一瞬だけ彼に私の心を奪われた。いつの間にか恐怖心が無くなった。

 私はこの時、彼の瞳を犇々と見るのは二度目だ。切なくて見苦しい筈なのに視線が離れなかった。最後の告白をした時にもそんな顔をしていた。その印象にとっては私には忘れられない。どうしてそんな顔が出来るのかも理解が出来なかった。

 彼は自分の気持ちを自覚しているのか分からない。

 今まで、そんな顔をしていなかったくせに、どうして今なの?見たくなかった。

 悔しくて、この人を嫌いになりたい。今直ぐでも突き放したいという筈なのに・・・。抗えない。いともたやすく、些細な感情を飲み込まれてしまう。

 神様・・・教えてください。私は何故、この人を好きになってしまったんでしょうか?忘れられないんでしょうか?

 ずぶ濡れになったせいか、髪から肩までに鬱陶しい位に滴る。涙粒の代わりに頬に流した。

 彼から私の顔に近付いて来た。

 私はやっぱり、この人が大嫌いだ。それでも嫌いになれない。

 今の瞬間だけ、世界破滅になる前に二人の世界となった。蒼くて潤う水にとっては冷たい筈なのに温もりを感じた。

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