5・人類救済大作戦

『君の誕生を何年待ったことか。待つ間にも悲劇が生まれ、刹那的に消費されていく』

 夢、そう表すのが適切だろう。眠っている間に感覚野を刺激されて情報を送られているようなもので、

『この世界……領域、次元、呼び方は何でもいいが、君と私の意識だけが漂うこの世界は、現世に比べて情報があまりにも少ない。必要ないから私を表す匂いはなく、見た目もどうでもよいから視覚野は何も知覚せず、ただ声だけが聞こえている。……もちろん会話は文字でだってできるから、』

 続けて何もない真っ暗な空間に、『視覚を使って文字で君に語ることもできる』

「……つまりどういうこと」

 声を出した。同時にアマレの身体が空間に顕現する。

『魂だけの場所だ』

 山が動くような、生物の縛りを超えた音が声としてアマレに届く。

『現世の生物は己の姿をよく知っていて、それを己と認識している。ここで必要もないのに姿や匂いを顕す理由……その認識があまりに強く己と結び付けられているのだろう。自己紹介が遅れたね。私がファーザーってやつだ。現世の生き物がそう呼ぶだけだがね』

「存在した痕跡がないって……そりゃ現世にいないのなら当然だね。私はてっきり、個人の集合体とかがファーザーという人物像を作り上げているだけなのかと思ってた」

『驚きが薄いようだが』

「自分の生まれから、目に見えるものだけが世界じゃないって知ってただけ」

『今のところこれ以上のサプライズを用意することはできないが、少し話を聞いていってくれないかね。……私は現世の生命に絶望しかけている。数億年もの間進化を続け、自らの居場所を切り開いていった彼らがなぜ、生命が存在する間ずっと、同じ生命同士で苦しみを取り除き合えないどころか、互いを苦しめあっているのかと』

「同じ種ですらできていないのに、生き物全体でなんて無理でしょう」

『それだ。そう考えるからできないのだ。できないからそう考えるのではない』

「そんなこと言ったって、今から世界中の生き物の考えを変えることもできない。考えるだけ無駄だと思わない?」

「世界中の生き物の考えを変えようとは思っていない。一体の脳を操作して一つの思考に収束させるには膨大な根気と無駄な…… 魔力が要る」

「世界がどれだけの大きさか私は知らないけど、現世にも出てこないでこそこそやってる人が世界を巻き込んで何かをできるとは思えない」

「ここは一つの世界で、私はこの一つの世界をほしいままにしている。現世も一つの世界だ。ほしいままにしようとは少しも思わないが、世界を巻き込んで何かをしようとは思っていて、実際できるものだ」

「何をするの」

「現世で続く苦しみの連鎖を断つ。私達にはそれができる」

「そこはかとなく胡散臭いけど。苦しみったって色々あるでしょう」

「先に言った通り、生き物同士が互いに与え合う苦しみをだ。一度それを取りされたとして、そこから永久に断てるかどうかはその時の生き物たち次第だがね。しかし今は断つチャンスすらない。それを作ろうというのだ」

「言ってることが突飛すぎてよくわからないけど、私をここに呼んだからには、私にしてほしいことがあるんでしょう」

「もちろんだとも。苦しみを断つ手伝いをして欲しい。世界という規模に対しては藁山の針のように小さい行動だが、決して簡単なことではない。君の周りにいる迷える者どもを、一人ずつ、導いてやってほしいのだ。これは、死霊術により人形に魂を仮付けされた君でこそできる離れ業だ。君は現世で人形に憑依し、その肢体を動かして生活しているな。その憑依は、肉体と魂を紐づけされた上で生まれてくる彼らと違い、簡単にその身体を離れ、他のものにまで憑依できる。……ということは他人の肉体にも憑依し、当人の精神と直接会うことができる」

「……えーっと。一回死んでるから魂はどこにでも乗り移れるってこと?」

「ああ。人との対話はまず互いに心を開かねば始まらない。しかし君はそのプロセスを飛ばし、いきなり対話に持ち込むことができる」

「他人の領域にずかずか踏み入って悩みの解決策を強引に提示するのね。私にしかできない。ずかずか踏み入るにはどうすればいいの」

「状況が整ったら私が君を人の精神世界に放り込んでやるから、君は超能力を習得するような、なんの足がかりもない闇雲な修行などはしなくていい。時が満ちるまで自由に過ごしていてくれ」

「要件は以上?」



 現世では気を失ったことになっていた。アマレには、強い衝撃を受けると「不快」という感情を受信し続けるという致命的なバグがあり、それを感じさせないために暫くの間意識をシャットダウンする機能がついている。

 森の一部が焦げている。あの爆発で木々に引火したのだろうか。あれから巨人は別の場所へ移動したようで、なぎ倒された木が遠くまで連なっている。

 巨人の足音や地響きは感じられない。もう遠くへ行ったのだろうか。森を裂くようにできた足跡の連なりを辿っていく。タカミのことは忘れていた。

 どうやら街の方へ歩いていったらしい。森から街へ進路が変わったちょうどその地点で、もう一つ、あの爆発のクレーターができていた。

 数人の焼死体が転がっている。大きさからして子供だろう。表面は生焼けから黒へとグラデーションができていて、その炭の亀裂から光沢のある体液や血が滲み出ていた。子供が街を出て、この森までやってくるだろうか?普通はありえない。よりによって今日街を出たばかりに、あの爆発に巻き込まれたのだ。

 思い思いの姿勢で苦しみ死んだその亡骸をじっと見てはいられなかった。見知らぬ土地で自らの醜態を晒し続け土に還る恥辱は、他のどんな辱めをもってして超えられようか。自分ができる餞として、穴は掘れずとも、木の根元にでも寝かせて並べてやることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る