こうして俺は、車椅子バスケを辞めた。

無月弟(無月蒼)

こうして俺は、車椅子バスケを辞めた。

 体育館内に歓声が響く中、ドリブルをしながら相手選手の脇をすり抜け。手から放たれたボールが、ゴールへと吸い込まれる。


「ウアアアアァァァァァァッ!」


 歓声が一段と大きくなる中、車椅子を移動させる。


 我ながら、ずいぶん上手く使いこなせるようになったもんだ。

 足を失った時は、またこうしてバスケができるなんて、思っていなかったのに。


 俺の足は五年前に、事故で失われている。

 居眠りドライバーの運転するトラックに轢かれて、切断を余儀なくされた時は絶望した。これでもう、大好きだったバスケはできなくなってしまうってな。

 だけど手術後、俺は車椅子乗りこなし、再びバスケットコートへと戻ってきた。


 バスケができなくなった俺を心配した親や友達が、進めてくれたんだ。

 俺なら絶対、またできるようになるって言ってくれてな。


 そして頑張った甲斐あって、今は車椅子バスケのチームの一員としてプレイしている。

 けど。


「浩司頑張れー!」

「行けー!」


 応援席には、俺を応援してくれる親や友人の姿がある。だけどそんなみんなには悪いけど、最近思うんだ。


 車椅子バスケを、辞めたいって。



 ◇◆◇◆



 ――お前ならできる。


 ――またバスケが出来るようになろう。


 ――足を失っても、頑張ってる人はいくらでもいるんだ。



 そんな言葉を、何百回聞かされただろう。

 確かに俺はバスケが好きだ。足を失くしても前向きに頑張っている奴は、偉いと思う。


 俺もそんな先人達を見習って、車椅子バスケを頑張ってきた。そしてその甲斐あって、上手くはなっているよ。

 だけど、だけどさあ。


 いくら上手くなっても、何かが違うんだ。

 足は失われたんだもの。当然、翔んだり跳ねたりすることはできない。

 完全に元には戻れないのは当たり前。そんなことは、分かっていたはずなのに。




 今日はチームの練習の日。

 だけど俺は練習着には着替えずに。キャプテンの安藤さんと車椅子で向かい合いながら、話をしていた。


「バスケを辞めたい? それ、本気で言ってるのか?」


 目を見開く安藤さんを見て、やっぱり言わなきゃよかったと、後悔が押し寄せてくる。

 だけど、今さら後には引けない。


「疲れたんです」

「なに?」

「いくら頑張ったって、前みたいなプレイができるわけじゃないでしょう。こんな気持ちで続けるのが、嫌になったんですよ」


 気持ちを吐き出すと同時に、胸の奥が何かに刺されたように痛む。

 自分でも、酷いことを言っているのは分かってる。


 俺の主張は、同じように足を失ってもバスケを続けている安藤さん達のこと否定するようなものだ。

 前みたいにプレイできるわけじゃないのに、続ける意味あるのって、言っているようなものだ。


 安藤さんはそんな俺を、じっと見つめてくる。


「ならどうして、車椅子バスケを始めたんだ?」

「それは……。皆が、もう一度やってみろって言うから」


 ほとんど無意識のうちに、ポロっと出た言葉。

 そこで俺はようやく、自分が車椅子バスケをやってきた理由を自覚した。


 そうか。

 俺はなにも、好きでやってたわけじゃなかったんだ。


 車椅子生活を送る俺に、バスケを進めてくれた父さんや母さんや友人達。

 車椅子でもバスケをしている人はたくさんいるんだから、お前も頑張ってみろってな。


 あの時俺は頷いたけど、本当は気が進まなかったんだ。

 生活は送れるようになったんだから、もう十分だろう。これ以上無理してまで、バスケをやらなくてもいいんじゃないかって。


 だけど皆は、そんな俺に期待した。またバスケをしてる姿を見たいって、言ってきたんだ。


 俺は事故で足を失ってから、たくさん皆に迷惑を掛けた。いや、今だって迷惑を掛けているかもしれない。

 そんな俺ができる恩返しは、バスケができるようになることなんじゃないかって思って。それで、車椅子バスケを始めたんだ。 


 はっ……ははっ。なんだそりゃ、おかしくて笑えてくる。

 俺は別に、やりたいから始めたわけじゃなかったんだ。

 ただ周りの期待に、応えようとしていただけ。


 そりゃあ辞めたくもなるわ。だって元々、やりたくてやってたわけじゃなかったんだから。


 ああ、なんだか涙が出てきた。

 ちくしょう、いい歳した男が、なに泣いてんだよ。


 だけど自分がどうしようもなくちっぽけな根性無しだって思うと、涙を止めることすらできなかった。

 俺は本当に、情けね。


「……浩司、ごめんな」


 えっ?


 俺は目と耳を疑った。

 なんで安藤さんが、頭を下げているんだ?


「お前の気持ちに、全く気づいてやれてなかった。なら無理して続けることはねー。いいんだよ、辞めても」

「怒らないんですか? 俺、酷いこと言ったのに」

「気にするな。俺は好きでやってるけどさ、人それぞれ違うんだ。合わなくったって、仕方ねーよ。なのに無責任に期待されるのって、キツイよな」


 そう語る安藤さんは、どこか寂しそう。


「俺さ、前から疑問に思ってたんだ。バスケをやってる俺を指して、『あの人も頑張ってるんだからお前も頑張れ』って言ってる人はよくいるんだけど。他のやつにまで無理にやらせる必要なんてねーんじゃねーかって」


 耳が痛い。俺も足を失う前は、似たようなものだったもの。


 テレビのドキュメントで障害を抱えていてもひた向きに頑張ってる奴を見て、スゲーって思ってた。

 けど、皆が皆、そうできるわけじゃない。努力するのは、障害者に課せられた義務じゃないんだ。

 なのに。




 ――ほら、あの人は足をなくてしも、バスケをしているぞ。


 ――お前ももっと努力して、上を目指せ。


 ――もっと辛いのにひた向きに頑張ってる人なんて、いくらでもいるぞ。


 バスケ頑張れよお前ならできるもっと頑張ってる人はいくらでもいるお前ももっと頑張れ車椅子でもバスケをする姿は皆に元気を与えるこれくらいでへこたれてどうするもっと練習しないとうまくならないぞまたバスケをやってくれて嬉しい浩司くんは頑張っててえらいねえうちの子にも見習ってほしいまだいけるまだやれるまだ頑張れるだからもっと頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ――


 無責任な『頑張れ』を、いったい何度聞かされただろう。


『ひた向きに頑張る、健気なヒーロー』。それが俺が求められた、理想の姿だった。

 けど、もういいだろう。

 手術して辛いリハビリに耐えて、車椅子でもとりあえず生活は送れるようになったんだ。

 この上さらに、頑張りを増やさないでくれよ。


 努力するのが当然と思わないでくれ。


 健気なイメージを押し付けないでくれ。


 もう今のままで十分。俺には俺の生き方、楽しみかたがあるんだ。

 無理に頑張らずに、楽がしたいって思うのは、そんなにいけないことなのか?


 決して安藤さんみたいに努力してる人のことを、否定したいわけじゃない。ただそれが合わない奴も、いるって話。

 俺はヒーローになんて、なりたくなかったんだ。


 気がつけば俺は、内に秘めていた思いの全てを、声にして吐き出していて。安藤さんはそれを、黙ってじっと聞いてくれていた。

 この人に比べたら、俺はどうしようもない根性無し。だけど安藤さんは怒るわけでも呆れるわけでもなく、全てを聞き終えると「そっか」と言って、優しい笑顔を向けてくれた。


「いいんだよ。お前はお前のやりたいことをやれば。周りの期待に応えても、お前自身が苦しかったら、意味ねーもんな」

「安藤さん……」

「チームの皆には、俺から言っておくよ。けど、送別会くらいはさせてくれよ。俺達からの、門出の祝いだ」


 祝い。

 嫌になったからチームを抜けるってのに、そんな風に言ってくれるだなんて。


 安藤さんはニカッと笑い、チームを去る俺を優しく見送ってくれて。

 俺は救われた気がした。





 こうして俺は、車椅子バスケを辞めた。


 両親や友達からは驚かれて、中にはもう少し頑張ってみないかって言ってくるやつもいたけど、もういいんだ。


 そしてそれから一年が経ち。俺は今日、車椅子バスケの試合会場に来ていた。

 ただしいるのはコートの上じゃなくて、観客席。かつてのチームメイトに向けて、声援を送っている。


「みんないけー!」


 俺のに気づいて振り返った安藤さんと目が合って、お互いにニカッと笑う。


 あの時車椅子バスケ辞めたのは、きっと間違いじゃなかった。

 もしもあのまま続けていたら、バスケが嫌いになっていたかもしれない。


 好きだからこそ、無理に続けちゃいけない。

 好きなことを好きでい続けるために、辞めるという選択肢だってあるんだって、今の俺ならハッキリいえる。


 あの時悩みを打ち明けたのが、安藤さんでよかった。

 あの人が笑顔で送り出してくれたから、無理して頑張らなくてもいい、俺は俺の好きなように生きればいいんだって、思えるようになったんだ。




 安藤さん。こんなことを言ったら重荷になるかもしれないから、心の中で思うだけとどめておくけど。

 皆が頑張れと言ってくる中、辞めてもいいって言ってくれたあなたは、俺だけのヒーロー。


 あなたのおかげで今でもこうして、バスケが好きでいられます。


 了






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