第6話

翌日、いつものように学校に行くと、教室は騒然としていた。クラスメイトたちは俺の顔を見るなりヒソヒソと話し始めたり、目を逸らす者もいた。

昨日のことが噂になっていることは一目瞭然だったが、俺に話しかけてくる者は誰もいなかった。

それから午前の授業が終わり、昼休みになった。俺は弁当を持って屋上に向かった。扉を開くと、先客がいたようで、フェンス越しからグラウンドを見下ろすように眺めていた。

近づいてみると、そこにいたのは佐々木だった。

「よう」

「ああ」

挨拶を交わした後、俺たちは無言のまま昼食を食べ進めた。

食べ終えて、片付けをしている時、不意に声を掛けられた。

「なあ、ちょっと話があるんだけど」

そう言って俺は近くのベンチに移動した。隣には佐々木がいる。

「それで、何の用だ?」

「まあまあ、そう急かすなって」

そう言うと、ポケットから何かを取り出した。

「これ、お前のだろ?」

そう言われ、差し出されたものを見ると、それは紛れもなく俺の学生証だった。

「どうしてお前が持ってんだ?」

「朝登校してきた時に職員室の前を通りかかったら偶然見つけちまってさ」

「そうか」

そう答えながら受け取った。

「それとさ、昨日お前んちに行ったら、おばさんがお前は家にいないって言っててさ」

「ああ、ちょっと病院に行ってたんだ」

「そういえばお前、病気してたんだったな」

「ああ」

「でもよかったよ。無事退院できて」

「心配してくれてありがとな」

「おう」

再び沈黙が流れる。

「なあ、一つ聞いてもいいか?」

「なんだ?」

「お前にとって俺はどういう存在だ? 友達か?」

そう尋ねると、彼は少し間を置いて口を開いた。

「正直よくわからないんだ。俺、今までずっと一人だったし、誰かを好きになるなんてことなかったから」

「じゃあこれからゆっくり考えればいいんじゃないか?」

「そうだな……」

また沈黙が流れる。そして再び口を開いた。

「あのさ、お前は記憶を失っても、また俺のことを好きになってくれるかな?」

「……」

「もしそうなったとしても、また同じことを言われるかもしれないぞ?」

「それでもいい」

「そっか……」

俺は立ち上がると、彼の方を向いてこう言った。

「なら俺も覚悟を決めるよ」

そして、彼に手を差し伸べた。

「俺はお前が好きだよ。だから――」

そして俺は言った。

「もう一度付き合ってくれ」

「わかった」

彼はそう言い、俺の手を握った。

こうして俺達はまた付き合い始めることになった。

そして時は流れ、春になり桜の花びらが舞う季節となった。

俺は今日から高校二年生となる。

一年経った今でも記憶喪失というハンデを背負いながらもなんとかやっていけていると思う。

ただ、周りからは好奇の目で見られることが多く、あまりいい気分ではない。そんな中、今俺はある場所に来ている。そこは――

「おーい! こっちだよこっち!」

「うるさいな。そんな大声出さんでも聞こえるっつうの」

「相変わらずつれない奴だなお前は」

こいつは俺の幼馴染みである佐藤隆太だ。小さい頃から一緒だったため、腐れ縁といったところだろう。

「それにしても久々だよな」

「ああ、そうだな」

「それじゃ早速行くとするか」

「どこに?」

「そりゃもちろん――」

そこで一旦言葉を切り、彼は続けた。

「お前の好きな場所だよ」

そう、ここは去年の春にあいつと一緒に来た場所である。

俺たちは再びこの場所に来ていた。

「なあ、ここ覚えてるか?」

「いや、全く思い出せない」

「やっぱりそうなのか」

そう言って彼は残念そうにしている。

「それで、なんでここに連れてきたんだ?」

「ん? 別に理由なんかないけど?」

「はぁ?」

思わず呆れた顔をしてしまった。

「まあいいじゃん」

「いやまあ、いいんだけどさ」

「それより早く行こうぜ!」

「ああ」

俺たちは園内に入ると、ゆっくりとした足取りで進み始めた。

すると、突然後ろから声を掛けられた。

「ねえ君たち」

「はい?」

振り返るとそこにはスーツ姿の女性がいた。どうやら俺たちと同じ入園者らしい。

「君たちは高校生かい?」

「え、はい」

「そうか。ところで君は彼女と仲がいいみたいだけど、どこまでいったのかな?」

「どこって?」

「例えばキスとか?」

その瞬間、俺は顔から火が出そうになった。

「な、何を言ってるんですか!?」

慌てて否定する。だが、彼女はニヤリと笑うと、さらに続けてきた。

「あれ? 違ったかな? 私はてっきりもう大人の階段登っちゃったのかと思ったんだけど?」

「ち、違いますから」

「ふ~ん、そうなんだ~」

「おい拓海、この人誰なんだ?」

「知らん」

「はぁ?」

「じゃあ自己紹介しないとね。私の名前は相川彩香っていうんだ。よろしく」

「はあ、こちらこそ……ってちょっと待ってください! あなたもしかして――」

その時、不意に携帯が鳴った。

見るとメールが届いているようだ。

『ごめん、急用ができちゃったから先に帰ってて』

差出人は佐々木だった。

「悪い、俺帰るわ」

「え? ちょ、ちょっと――」

「じゃあそういうことで」

そう言ってその場を離れた。

「ふう……」

「大丈夫か?」

「ああ、助かったよ」

「それにしても何だったんだろうなあの人? いきなりあんなこと言ってくるなんて」

「さあな」と適当にはぐらかす。「もしかすると俺達のこと狙ってたんじゃねーの?」「まさか」

「いや、わからないぞ?」

「それはないだろう」

「どうかな?」

そして再び沈黙が流れる。

「そろそろ時間だし戻るか」

「そうだな」

そして俺達は出口へと向かった。

外に出る頃には辺りは暗くなり始めていた。

「今日は楽しかったな」

「うん」

そして俺たちは別れた。

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