天国と地獄(ディレクターズカット版)

清見こうじ

残念な天使の命題

 小春日和のポカポカした柔らかい日差しが、南向き斜面の枯れかかった芝生を照らしている。


 こんな日に、教室に籠って、つまらない授業を聞いてるなんてバカらしい。


『イマドキ高校浪人なんて』

 なんていう親の懇願がなければ、こんなとこ。


『入試の順位はまぁまぁだったのに、入学してからは下がる一方じゃないか。遅刻も居眠りも多い。夜ちゃんと寝てるのか?』


 何にも知らないくせに、俺の気持ちがわかるもんか。


 俺がこんな風になったのは、成績で人間すべてを評価するような、大人のせいじゃないか。

 世間体ばっかり気にする、親のせいじゃないか。


 同じように苦しみ傷ついた仲間が、日本中にいる。

 みんなで喋ったり、ゲームをしていると、夜眠れないツラさも軽減するんだ。

 

 ……眠気が襲い、半目で青空を眺めていると。


 目の前を、ぼんやりと、白いものがよぎった。


 え? 人が空に?


 思わずガバッと起き上がり。


 ガツッ!


『あの、わかります?』


 突然の衝撃に目を覚ますと、そこは、真っ白な場所だった。


 ここ、どこ?


 白い場所、なんだかぼんやり光る、何もない空間。


『あの、聞こえてます?』

「あ、はい……え?!」


 目の前にいたのは。


 輝く金の巻き毛のロングヘアーに、抜けるように白い肌、深く澄んだ青い瞳、整った目鼻立ちの、超絶美形の。


 ……天使のような、女の子。


『あ、はい、天使です』

「へ?」


 よく見たら、背中には真っ白な羽。


「え、何で? 俺? 死んだの?」

『あ、正確には、仮死状態です』

「へ?」


『あの、予定では、校庭から飛んできたボールがぶつかって、軽いケガをするだけだったんですよね』

「は?」


『でも、急に起き上がって、そうしたら後頭部にボールがぶつかって。まさか、10年後、大リーグでスラッガーとして大活躍予定のカネキ・タイチローさん(16)の、高校生活初のホームランボールに直撃されるなんて、運がいいのか悪いのか』


 見た目の割に口調が軽くて、なんだか残念な美少女だ。


「うん、そうだな……って、いや、今授業中だろ? 体育で使うボールで普通、死なないだろ?」

『あ、ボール当たったところは、ちょっとこぶができたくらいです。ただ当たった勢いで、土手から転げ落ちて、下の道路に頭からまっ逆さまに……で、即死、と』

「いや、それ死因、ボールじゃないし」


『そうなんですよね。寝ていたままだったら、跳ね返ったボールが足に当たるだけだったのに』

「へ?」

『で、一応、予定外なので、仮死状態で待機してるんですよね』


「じゃあ、もしかして、俺、死ななくて良かったんじゃ?」


『……ま、そういうことになります、か、ね?』

 

 美少女「天使」は、言葉を濁しながら、チラッと斜め上方向に目を逸らした。


「思い出した……俺、お前の姿見て、ビックリして起き上がったんだ」

『あ、……やっぱり? いや、目が合ったかなあ、とは思ったんですが……見えてました?」

「見えてた」


『いやあ、お迎えの時は、見えるようにモード切り替えて行くんです。霊感の強い人にはうっすら見えることもあるんですけど。今日も、ほら、そこの、古いお屋敷に一人暮らしのヨモヤマ・ゴザエモンさん(88)が、米寿のお一人様バースデーパーティー開催中にイチゴショートのイチゴ飲み込んで窒息して孤独死することになってたんで、お迎え行く途中で』


「……悲しんだか、おめでたいんだか……てか、その個人情報いる?」


『で、ですね。本当は、到着してから落ち着いてモードチェンジする予定だったんですけど……道が混んでて』


「いや、空に道ないだろ」


『まあ、そうですね。ホントは寝坊しました』


「言い訳かよ」


『昨日遅くまでゲームしてたら明け方になってて』


「廃ゲーマーかよ」


『まだそこまでいってないです』


「てか、天国にもゲームあるのかよ」


『そこは、天国に行くまでの極秘事項で』


「もう言ってるし」


『あ、オフレコで! で、1日の死者数は、厳密に数量管理してまして……ぶっちゃけ、あなたが死んだ方が先にカウントされちゃって、ゴザエモンさん、息吹き返しそうなんです』

「へ?」


『でも、本来は、あなたが死ぬ予定ではないですし、まあ、不慮の事故というか、こちらにも多少の落ち度もありますし……』


「いや、めちゃくちゃそっちの落ち度だろ?」


『あ、まあ、そういうわけで、ご希望があれば、蘇生してあげてもいいかな、と』


「いやいや、何で、上から目線なの?」


『いや、まあ、それは、いつも上から見てるので』


「そういう物理的なことじゃなくて……で、生き返してもらえるんだな?」


『生き返すだけなら』


「いや、何その含みのある言い方」

『あ……、いえ、まあ、ここまで内輪の話しちゃったんで、ぶっちゃけますけど。このまま蘇生すると、たぶん後遺症残っちゃうんですよ』


「はあ? 元に戻してくれないの?」

『はあ、私に出来るのは、「魂を運ばない」っていう、消極的対応だけなんで。完全治癒とか、時間戻すとか、しゃちょうの権限ないと無理なんで』


「そっちの責任だろ? 頼めよ」


『いやあ、そうすると、現場レベルでこっそり処理とかできなくて、報告書必須になっちゃうんで。これ以上減点されると、査定に響くんですよね。なんで、できれば穏便に』


「はあ? それって隠蔽?」

「別の言い方すると、そうなりますね』

「別とかじゃなく、隠蔽だろ」


『……あの、取って置きの情報、流しますんで』

「何?」


『今回の事故がなかった場合のあなたの今後なんですが……赤点続出で留年が決まり、それをきっかけに引きこもり、以後20年間、親に寄生して自宅警備員、40歳目前に自宅を追い出され、生活苦で餓死、の予定です』

「……マジ?」


『どちらにします? ヒッキー孤独死にしますか? 大ケガ後遺症にしますか? あ、ゴザエモンさんに譲ることもできまーす』


「そんな、ポテトにしますか、ナゲットにしますか、みたいに言われても。あと、最後のはナシ。っていうか、どっちもマジツラいんだけど」


『まあ、それがあなたの人生ですから』

「いやいや、少なくとも後者はアンタのせいだよね? ……これって、出るとこ出たら勝ち、とか?」

『いや、それだけは』

「ということは、訴えようと思えば訴えられるんだな」


『……どうしても、っていうなら、あきらめて始末書書きます』

 報告書じゃなくて始末書って自分で言っちゃってるし。


 俺は、もう一度、考えて。


 もう一度、今度こそ、ちゃんと生きたい、と思った。


「……始末書を書いてくれ」

『……分かりました。はあ、この冬のボーナスは無しか。新しいバッグ欲しかったのにな……』




 そして。

 無事に万全な状態で生き返った俺は、心機一転コツコツ努力し、2年生からは学年上位に返り咲いた。

 大学進学、就職し、愛する彼女と結婚。

 ちなみに、金木カネキ多一郎タイチローにはホームランボールを渡して激励したら、感激して、さらに練習に励み、甲子園出場、本当に大リーガーになった。今でも年賀状を送ってくれる。



『いやあ、寿命まで変えちゃうなんて』


 ゴザエモンじいさんには敵わなかったが、俺は85歳の大往生で生涯を終えた。

 定年後は、孫やひ孫に囲まれながら、平凡ながらも穏やかな人生の終末。


 そして、またやって来た、真っ白な場所。


「また、アンタがお迎えか」

『あの減点で足踏みして、ずっと平天使しゃいんですよ』


 相変わらずの残念な美少女だった、が。


「悪かったな。でも、おかげでいい人生だった」

『それは何より。あ、そうそう』

「?」


『もし、あのまま蘇生していた場合、後遺症はさほどでなく回復。大リーガーのカネキタイチローさんの親友としてのネタを動画配信、一気に100万回再生バズって、収益は億を越え。有名人気美人女優を妻に迎え、順風満帆の輝かしいセレブ生活! でした」


「……だから?」

『いや、それだけです』

「そうだな。俺は、自分で選んだ人生に満足しているよ。……アンタのおかげだ」

『……そう面と向かって言われると、困ります……』

「へ?」


『その後、動画のネタのため無理強いされたカネキタイチロー氏が、実は事故の隠蔽のため脅されていたと世間に告白、大炎上。デイトレーダーに華麗に転身! が、浅い見通しで投資に失敗、莫大な負債を抱えて、妻との離婚、最期は河原の段ボールハウスで孤独死、でした』


「……」

『やっぱり、自分の人生は、自分で責任を持たないとダメなんですね』

「天使のクセに、今さらだな」

『あの時、あなたに言われて始末書書いて、確かにボーナス減らされたし、出世も遅くなりました。……同じようなミスを隠蔽して昇格していた同僚は、バレて免職じこくいきになりました。ミスではなく、隠蔽が理由で』



「……まあ、ともかくも、誠実なのが一番さ、人間も、天使も」


『もしかしたら今のあなたなら、そちらの人生も変えてしまったかも知れませんね……』



「どうかな。ともかくも、向き合っていくしないだろうな。どんな人生でも、大切に、な」




『そうですね……さあ、逝きましょう。……本日の死者1名さま、天国にご案内いたします』

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天国と地獄(ディレクターズカット版) 清見こうじ @nikoutako

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