第2話・知らなかった崩壊

・エメリオは語る。

 初めてのコラボ配信の相手が自分の父親だと知ってから……気づけば一週間経っていて、あたしはそんなことを忘れているかのように、参歩さんにツイッターでDMを送って次のコラボ配信のスケジュールを取ろうとしていた。


 勿論、知らなかったことにしているわけじゃない……ただ、知りたいことが突然できたのと、目の前にあるその答えをどうしても掴みたかった。


 しかし、参歩さんからの返事は「すまない。その日は既にスケジュールが入っている」というシンプルな物で「何時なら空いていますか?」と送っても「ライバー以外の活動があるから何時になるかは解らない」と返ってきた。


 初コラボの時にあたしがあの人の別れた女性の娘だと知って、そのことを知ったせいかあたしのことを意図的に避けているように感じた。



 そんな日が数日過ぎたある日のこと……


「で! 明日の夜の7時に【シルバーアッシュ】と他のグループの人たちも呼んで大勢で人狼ゲームやるんだけど、エメリオちゃんも参加できる?」


 ストライク・バッカーノをやりながらスカイプ通話で話しかけてきたのは赤髪ロングヘアの黒の革製ジャケットとジーンズ姿の狼のようなケモ耳のキュートな顔立ちの青年で、参歩の件で気もそぞろだったエメリオは「ええ……そうですね」と元気なく相槌を打つと、察した青年は「……今は配信もしてないプライベートサーバーだし、何か悩んでるようなことがあるなら聞くよ?」と尋ねてきた。


 そう言われたエメリオは、少し考えこむように間を開けてから青年にこう言った。


「……ニコさんって参歩さんとよくコラボしますか?」


 エメリオの質問に対して、赤髪ロングヘアのケモ耳の青年ことニコは今までの参歩との活動を話す。


「参歩さんとは『インデックス』に入った時からお世話になっているからね。今月末も【ダートラッシュ4】のDLCで追加されるマシンの慣らし運転でコラボ配信する予定だし、今まで何回コラボ配信したのか解らないぐらい一緒に配信やってるよ?」


 それを聞いたエメリオは「今までコラボ配信を断られたことってありました?」とニコに尋ねると「まあ、あったにはあったけど、当日に体調崩した時だけだね」と返ってきた。


・エメリオは語る。

 ニコさんの話を聞いて確信したわ。完全にあたしあの人に意図的に避けられてる……ちなみにニコさんは『インデックス』の10期生で、フルネームはニコラス・フェンリル、獣人結社【シルバーアッシュ】の特攻隊長という肩書きを持ってる。


 ニコさんいわく、あの人は『インデックス』の古株というだけあって、新人とのコミュニケーションを疎かにすることはなく。ニコさんたちが『インデックス』に入ってすぐの時も、コラボ配信の話を持ってくることが多く。私的な悩み相談にも乗ってくれることが多かったそうな。



ニコ「あの人が新人とのコラボ配信を断るなんて珍しいね。まあ、あの人にコラボ断られる人って言うと、1年も続かずに辞めるような人だけだし……エメリオちゃんの参歩さんとの初コラボの動画見た限りだと、なんかこじれたような様子もないように見えたけど……エメリオちゃん自身には何か心当たりはないの?」


 エメリオから事情を聞いたニコは参歩に不信感を覚えるが、お世話になった身でもあるため、エメリオ自身に問題がなかったか確認する。


・エメリオは語る。

 あたしはこの時、ニコさんに自分があの人の娘だということを話そうか悩んだ……でも、かなり私的な話になるし、事によってはお母さんにも迷惑をかけてしまうかもしれない。


 だからこの日は「もし、あったのならそのことで謝りたいので【ダートラッシュ4】の配信にあたしも参加させて貰っていいですか?」とニコさんにお願いした。


 ニコさんは特に悩むような様子もなく「別にいいよ! ウチの運転手であるブルが君のレースゲームの腕に注目してるからね。是非お手合わせ願いたいよ」と言って、了承してくれた。


 ちなみにブルさんことブルーノ・タウロスさんは牛の角が生えた黒髪短髪の強面の獣人で【シルバーアッシュ】の運転手の肩書きを持っており、オフ企画の「シルバーアッシュの社員旅行」という旅行の思い出話の動画では、本当に車の運転を担当していたほどゲームでもリアルでも運転が上手なことで有名だ。



 そして、この日の夜……エメリオはリビングの食卓で母親とあることで膝を交えることにした。


「で? お父さんの何が知りたいの?」


 母親は落ち着いた様子でエメリオにそう尋ねてくる。自分から明かすのではなく。エメリオが知りたいことだけを答える気でいる様子だ。


・エメリオは語る。

 あたしのお母さんこと、リーシャ・ホームズは『ランページ』で活躍しているイラストレーター兼ライバーで、あたしの保育園の卒園式を始め、小学校の入学式に、授業参観と運動会……そして卒業式……中学時代の保護者と一緒に出る学校行事には必ず出てくれた。


それだけじゃない……あたしが『インデックス』のオーディションに受かった時に、依頼されたイラストレーターの仕事を後回しにしてまで、あたしのアバターのデザインを描きあげるほど、娘であるあたしに沢山の愛情を注いでくれた自慢の母親だ。


 そんなお母さんだけど……物心ついた頃から父親のことを尋ねても答えてくれることはなかった……まるで最初から父親なんて存在しなかったように「戻ってこれない所へ行ってしまった」の一点張りだった。


 やがて、父親に会うことはできないと心の中で理解してしまったあたしは、お母さんに自分のお父さんのことを聞くのをやめていた。


エメリオ「どうしてお父さんと離婚したの?」


 あたしが真っ先に聞きたかったのは離婚の原因だった……あそこまで沢山の人に好かれる人が、なぜ自分の娘を女手一つで育てるような女性を捨てたのか?


お母さんの答え次第では、あたしはあの人を許せなくなると解ってはいたけど、納得のいく答えが聞ければ、この心の中にあるモヤモヤが晴れるような気がした。



 エメリオの質問に対して、母親であるリーシャは落ち着いた様子で離婚の経緯を話した。


「あれは結婚して半年経とうとした時のことだったわ。私のお母さん……アナタのおばあちゃんに当たるのだけれど、急病で倒れたと聞いて、私とあの人は一緒に病院へ行ったわ。大した病気ではなかったのだけれど、そんな時に私の結婚を認めきれなかったお父さんが「配信者などと言う安定した収入の無い奴に娘は任せられん。通帳をこちらで管理させるなら今の関係を認めてやる」とか言い出したのよ。当時……動画クリエイターの収入面に偏見を持つ人は珍しくなかったけど、道楽者だった私のお父さんは単純に働けなくなった時の遊び金が欲しかっただけだったのかもしれないわね……」


それを聞いたエメリオは「じゃあ、別れた原因っておじいちゃんが原因だったってこと!?」と驚きの声を上げると、リーシャは冷めた目で「おじいちゃんなんて思うような存在じゃないわ。あんな老害!」と言って続きを話し始める。


「にしても、あの人が怒るところを初めて見たわ……結婚を認めてもらえてなかったことにショックを受けていたこともあってか「お宅の財布になるために結婚したわけじゃない。認める気が無いなら別れさせてもらう!」って言い出して、その時はまだアナタがお腹にいることを話していなかったし、あの人の性格上……そのことを話したら離婚を取りやめてあの老害の財布になりかねないし、そうなって欲しくなかったから離婚したの……」


 リーシャは最後に「別に愛想を尽かしたわけじゃないのよ?」と付け足すと、エメリオはあることに気づいた。


エメリオ「じゃあ、今まで親戚に会うことがなかった理由って……」


 そのことについてある程度察してしまったエメリオに、リーシャは「実家と完全に縁を切っているのだから会う必要なんてないわ。あの老害は離婚の経緯を聞いたおばあちゃんに愛想尽かされて、しばらくお母さんに復縁要請してきたけど、こなくなるまで無視していたし、おばあちゃん自身も、負い目を感じて最後までアナタに会うのを拒んでいたから……」と、親戚についての話を終える。


・エメリオは語る。

 離婚の原因を聞いてあたしの怒りの矛先はまだ会ったことのない母方の祖父へと向いた。もし、会うようなことがあったら思いっ切りぶん殴ってやる!


 小学生の時に母子家庭であることが原因でイジメに会い、友達を作ることが出来なくなってしまったあたしは家の外では孤独しか感じることが出来なかった……


 あたしの知らないところで、あたしの人生を壊していた原因は解った! それを知ったからこそ……今のあたしにはやらなきゃいけないことがある!



 離婚の経緯などを話し終えたリーシャは「まだ聞きたいことはある?」とエメリオに尋ねるとエメリオはリーシャにこう言った。


「お母さんは……あの人と再婚したいって考えたことはあるの?」


 自分の娘であるエメリオの質問に、リーシャは「私があの人と再婚しなかったのは、もうあの人に苦しい思いをして欲しくなかったから……実家と完全に縁を切れる頃にはあなたはもう10歳だったし、あの人も自分のせいでアナタが学校で辛い思いをしたと知ったら、責任に耐えかねて何をするか解ったものじゃないわ」と再婚は考えていないことをエメリオに伝える。


 それを聞いたエメリオは「でも」と切り出して、リーシャにこう言った。


「あたしは……今の関係を変えたい! 再婚してとまでは言わないけど、2人には仲直りして欲しい!」



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