とある剣士と死神の花嫁

透峰 零

とある剣士と死神の花嫁

「ねぇ、貴方の剣を貸してくれない? 私、死にたいの」


 ヤマト・ランギス・ヤクモがその少女と出会ったのは、聖神日を明日に控えた昼下がりだった。




◆◇◆◇




 聖神日――人々がそう呼ぶ、神が生まれたとされる冬の祭日。 誰もが神と世界が生まれたことを喜び、恋人は睦言を交わし合い、家族は温かい団欒だんらんを過ごす。 恐らく、世界でもっとも平和で幸せに満ちる日。


 そんな日の直前に、舞い込んだ依頼があった。

 内容は医者の護衛。

 依頼人である医者はたいそう腕が良く、はるばる遠方の貴族からお声がかかったそうだ。で、遠方であるからして当然道中には危険が付きまとう。

 夜盗やら魔物やら、物騒な世の中である。その医者が護衛を頼みたいと言ってくるのも当然のことだと言えるだろう。

 ギルドに入ったその依頼をヤマトが受けたことに、深い理由は無い。しいて挙げれば依頼の難易度が高くないとか、報酬がやや割高だったからとか、聖神日を共にする相手がいないとか――まぁ、そういった大したことのないものが積み重なったからだ。

 そもそも、彼は神を信じてはいても何も期待はしていない。心底どうでも良いと思っているし、そんな曖昧な存在に対して祝福を捧げる気も起こりはしなかった。


 医者の目的地であるダート領は馬車で五日ほど。

 良心的な領主――医者をこの地に呼んだ伯爵に治められた町は、聖夜直前に浮かれるごく普通の町だった。

 彼女に会うまでは。

 件の医者が、患者である領主の娘を診ている間、ヤマトは暇だったので屋敷の庭で暇をつぶしていた。

 屋敷の裏手で雲一つない冬空を見上げていると、不意に頭上で窓が開く音がした。音源からして、二階からのようだ。

「おっと、怒られるかな……」

 己の右手にある紫煙立ち上る煙草を見やり、ヤマトは呟いた。もっとも、言葉とは裏腹に緊張と反省の色は見えない。

 それどころか、呑気に煙草を口元にやっていくとうまそうに煙を吸い込んだ。

「ちょっと、そこの貴方」

「あん?」

 声の意外な若さに、思わずヤマトは煙草を取り落としそうになる。若い、というよりも幼い声の主はヤマトが頭上をふり仰ぐより早く、こう言った。


「ねぇ、貴方の剣を貸してくれない? 私、死にたいの」


 物騒な言葉と、少女特有の高い声。そのアンバランスさにくらくらしながら見上げると、声を裏切らない幼い容貌の少女が、窓から身を乗り出すようにしてヤマトを見下ろしていた。

 いっぱいにレースの縁取りが施された、豪奢な部屋着。透き通るような白い肌と髪。対象的に赤い唇と瞳。

 唖然とするヤマトに、焦れたようにもう一度少女が言った。

「ねぇ、聞いてる? 貴方の剣を貸してくれない?」

 鈴を転がすような声に、ようやくヤマトは我に返る。


「駄目だ」

「どうしてよ? 貴方の剣、人を斬る為のものでしょう?」

 無邪気な少女の声に、ヤマトは溜息と共に肺から煙を吐き出す。

「駄目だ。これは大事な人から貰ったもんでな。お前みたいなガキを斬るためのものじゃねぇんだよ」

「ガキって何よ。私、これでも十五歳なのよ!」

「幾つだろうが同じだ。年じゃなくて、物の価値がわからんからガキなんだよ」


 むぅ、と少女が頬を膨らませた。これ以上関わりあいになると面倒そうだ。

 そう判断したヤマトは、短くなった煙草を足でもみ消す。

「あんた、ここの領主の娘だろう。死ぬことなんて考えず、療養に精を出しな。今に医者が来るだろう」

「知ってるわよ」

 途端に下がった娘の声のトーンに、ヤマトは再び顔を上げた。

 ひどく暗い声で娘は続ける。


「お姉ちゃんを診にくるんでしょう。私は、もうすぐ死んじゃうからお医者様に診てもらえるはずないんだもの」

「何?」

「本当のことよ。お父さんにもお母さんにも、今日は部屋でじっとしてるように言われたもの。お医者さんのことなんて聞いてない」

「お前が聞いてないだけだろ」

「そんなことないわよ。話好きのマーシャ婦人が何も言わなかったもの。あの人、私がもう長くないってお医者さんが言ってたことまで口を滑らせるくらいなのよ? なのに、そんな面白い話のネタを見逃すはずないじゃない」

 歳に不相応な、毒をたっぷりと含んだ口調で娘は言った。

「お前の元に医者が来ることが、そんなに面白いか?」

「面白いわよ。――死神に愛されたダート領主の末の娘を医者が診るなんて、喜劇でしかないわ」

 皮肉っぽく笑った娘は、不意に表情を改めた。

「ね、貴方。もう剣を貸してくれなんて言わないわ。だから、代わりのお願いを聞いてはくれないかしら?」

「何だよ」


「今日一日で良いから、私のお友達になってくれない?」


 予想しない『お願い』に、ヤマトは目をむいた。

「はあ?!」

「さっきも言ったでしょう? 私、もうすぐ死んじゃうのよ。だから、その前に一度くらい外に出てみたいの」

「待て待て、お前まさか――今までそっから出たことないのか?」

 ヤマトの問いに、少女はあっさりと頷いた。

「うん。私の姿は恥ずかしいから、他の人に見せてはいけないって言われてるの」

 残酷な言葉をあっさりと吐き出し、娘は首を傾げた。


「貴方に話しかけるのにも随分と勇気を出したのよ? でも、死神さんなら大丈夫かなって」

「おいこら、誰が死神だ」

「だって、髪も目も服も真っ黒なんだもの。だから、似てるなって思ったの」

 クスクスと笑い、娘はさらに窓から身を乗り出す。真っ白な髪が冬の寒風に流された。

「ところで、さっきのお願いだけど、どうかしら? 少しだけで良いのよ。二、三時間で良いの」

「といってもなあ……」


 医者は、おそらく当分戻ってこないだろう。娘の言っていた時間くらいなら、余裕で抜け出せるはずだ。

 そもそも、ヤマトの仕事が道中の護衛である以上ここで待っている義理もまた、ないのだから。そこまで考え、ヤマトはジトッとした目で娘を見上げた。

「お前、突然倒れたりしないのか? 面倒ごとは御免だぞ」

「大丈夫よ。私の病気は、そういう種類のものじゃないから」

 笑って答えると、娘は「手を出して」と言った。

 言われた通りに手を前に差し出すと、何かが落ちてきた。掌にあったのは、複雑な細工の施されたペンダントだ。小さいながら、宝石の類も見受けられる。

「おい、これは――」

「依頼料よ。姉さんのお古だけど。次は私ね」


 言うが早いか、娘の小柄な身体が宙を舞った。


「ばっ……?!」

 慌てて手を伸ばせば、狙ったかのように少女は腕に収まる。

 予想していたより、随分と軽い。まるで犬猫でも捕まえた感覚に、ヤマトは顔をしかめた。

「軽い」

「そうかも。私、もう色々とスカスカなのよ」

 屈託なく笑った娘を地面におろすと、いっそうその華奢さがわかる。

 折れそうに細い腰。砂糖菓子で出来た人形のような白い手足。その中で、不自然なくらいにキラキラと光る瞳が眩しかった。

「ちゃんと受け止めてくれたわね。ありがとう」

「どういたしまして。……じゃあ、一応希望の場所くらいは聞いてやる」

 ヤマトの言葉に、少女が顔をパッと明るくする。

「付き合ってくれるの?!」

「仕方ねーだろ。不本意だが、俺が対価を受け取った以上、あんたは依頼主だ」

 苦い顔で言うと、少女は「プレゼントが欲しい」と言った。

「プレゼント?」

 意味不明のリクエストに、ヤマトが鸚鵡返すと娘は真剣な顔で頷いた。

「そうよ。聖神日って、大事な人にプレゼントを贈る日でしょう? 私はね、一度でいいから私のためにプレゼントを選んでほしかったの」

『プレゼントが欲しい』ではなく、『プレゼントを欲しい』。その微妙なニュアンスの違いに気づいてしまった自分に、ヤマトは嫌気が差した。出来るなら、もう少し鈍感になりたかった。

「わかった、わかったよ。が、出かける前にその薄着を何とかしろ。こっちまで寒くなってくる」

 着の身着のままで飛び降りたため、娘は薄い部屋着一枚だった。今日は、雪が降りそうなほどに寒いというのに、だ。

 それなのに、彼女ときたらきょとんとしてヤマトを見上げた。


「平気よ。私、ちっとも寒くなんてないもの」

「お前が良くても、俺が良くないんだよ」

「でも、お屋敷に帰ったら怒られちゃうわ。それに、私上着なんて持ってないもの」

 娘が外に出たことがないというのが本当なら、外出着を持っていなくても不思議ではない。よく見れば、足元も季節感を無視しまくった白いサンダルである。頭を抱えたくなるのをこらえ、ヤマトは着ていたコートを娘に渡した。

「俺が女児誘拐の疑惑をかけられる前に、おとなしくそれを着ろ。話はそれからだ」




 ◆◇◆◇




 町に出てしまえば、娘の少々奇特な見目もすぐに溶け込んだ。ダートは他の都市との交流も盛んで、外見が特徴的な者など掃いて捨てるほどいるからだ。

 落ち着きなく動き回る娘を引っ張るようにして、とりあえずヤマトは服飾店に入った。靴やら服やら鞄やら、そういった身を飾るもの一式が揃うような大型のところである。

 普段なら興味も湧かない種類の店だが、とりあえず少女の身なりを何とかせねばならない。

「とりあえず、好きな靴と服でも見てこい。ただ、あんまり高いものは止めてくれ」

 ギルドの仲間がこの光景を見たら、きっと悲鳴をあげて卒倒するだろう。「あのヤマトが、他人に奢っている?! しかも女の子の着るものに?!」という声まで聞こえてきそうだ。

 嬉しそうに頷いて店をうろつく娘から視線を外し、ヤマトは肩を落とした。

 予想以上に疲れた。何しろ、ここに放り込むまでの娘のはしゃぎっぷりときたら凄まじかったのである。道を歩く猫を見れば追いかけようとする、美味しそうな菓子屋の前からは動かない。大道芸人など見た時には、何を言わんかやである。

 適当に撒いて帰ってやろうかと思ったことは一度や二度ではきかないだろう。だが、(娘にとって)珍しいものを見るたびに「見て見て!」などと腕を引かれては、帰るに帰れない。


 物理的にも、心情的にも。


(甘いよなぁ、俺も。いや、それとも甘くなったのか?)

 ひそかに苦笑し、ヤマトは店に備えつけの椅子に腰を下ろした。今も子犬のようにはしゃぐ娘は、相変わらずのきらきらした目でブーツを熱心に物色している。

 再びため息をついたヤマトは、少女から店内に視線を移した。祭日用に飾り付けられ、華やかな店内には恋人が喜びそうな贈り物のコーナーも特別設置されている。

 その中にある銀色の首飾りに、ふと目が留まった。翼をモチーフにした、可愛らしい造りのそれにどうして目が留まったのかはわからない。

 珍しいからか、それとも――翼という飾りに、羽のように軽い娘を重ねてしまったからか。

 ともかく、ヤマトは気づけばそれを買っていた。とりあえずの包装を頼んだそれをポケットにねじ込み、元の場所に戻ると娘が待ち構えていた。


「決まったか?」

「うん、あのね。ちょっと来て!」

 細すぎる指を絡められ、連れて行かれたのはコート売り場だった。

「これが良い!」

「って、お前なぁ……」

 指さされたのは、染み一つ許されなさそうな純白のコート。シンプルだが洗練された造りは確かに女性が好みそうだし、値段もそんなに無茶なものではない……のだが。

「こりゃ男物だぞ」

「知ってる。だからね、貴方が着るの」

「はぁ? お前なぁ、自分の分は――」

「私はこれが良いの!」

 娘は、己の身体をかき抱くように身に着けているコートを掴んだ。

「いや、それ俺のなんだけど」

「だって、もうこれで慣れちゃったんだもの。体温も移って温かくなってるし。今さら着替えるのなんて嫌!」


 痩身ではあるが、ヤマトの身長は決して低くはない。そのため、少女の袖口はあまってぶかぶかになっているし、裾もずいぶんと長い。もっとも、そのおかげで下に着た少女の部屋着が見えなくなっているのだが。

「だからってな」

「あとこれも着けて!」

 ヤマトの抗議もどこ吹く風。

 少女が次に差し出してきたのは真っ赤なマフラーだった。

「あのな、何で俺がファッションショーをせにゃならんのだ?」

「だって、綺麗な顔してるんだし、黒づくめの恰好だと勿体ないでしょ」

「うるせぇ、ほっとけ」

 実のところ、ヤマトが黒い服を好んで着るのは血が目立たないからなのだが――さすがに七つも年の離れた娘に、言う気にはなれなかった。


「良いじゃない。ちょっとくらい私のカッコイイ彼氏役してくれたって」

 拗ねの入った目で娘がヤマトを見上げた。その瞳にヤマトは本日何度目になるかわからぬ溜息を吐き出す。別に悪人ぶりたいというわけではないが、彼は自分を善人とは思っていなかった。だが、その認識を改めた方が良いのかもしれない。

(俺って、けっこうお人好しなんじゃないか?)

 これまた、仲間達が聞いたら腹を抱えて笑い転げるであろうことを考えつつ、ヤマトは諦めて会計へと向かう。

 その後を、スキップでもしそうな足取りで娘が追った。




 ◆◇◆◇




 それからの時間は、飛ぶように過ぎて行った。

 あっと言う間に娘と契約した三時間は過ぎ去り、冬の短い日を落とそうとしている。

 長くなった影を捕まえようとするかのようにクルクルと回る娘の後を、ヤマトは緩やかな足取りで追いかけた。

 夕日を背に長い坂を上ると、相変わらずの立派な屋敷が見えてくる。門番の目が厄介なので、ヤマトは出た時と同様に娘を抱えて塀を越えた。


 娘は相変わらず軽かった。


 降りたのは、彼女と最初に会った裏庭だ。

 屋敷は静まり返っており、どうやら娘が逃げたことは気づかれていないらしい。

 ステンドグラスが上部に嵌めこまれた窓を見上げ、少女が目を伏せた。


「ありがとう。今日はとっても楽しかった」

「どーいたしまして」

「我儘ついでにもう一つお願い。私を部屋に返してくれないかしら? 庭に落ちた私を助けたって言えば、家人も貴方を疑わないわ」

「そんな面倒くさいことは嫌だね」

 一蹴され、娘の顔が泣きそうに歪んだ。娘をしっかりと抱え直し、ヤマトは口元を歪めた。

「どうせなら、最後までカッコイイ彼氏役を演じさせろよ」

「え……?」

「舌噛むなよ。あと叫ぶな」


 念を押し、ヤマトは地を蹴った。耳元で娘が息を呑む。気にせず、身体が重力の縛りに囚われる前に今度は壁を蹴る。

 再び上昇した身体が落ちる前に、窓からせり出したバルコニーの淵を掴んだ。

 少女一人を抱えているとは思えぬ身軽さで、ヤマトは二階に辿りついていた。娘を先にバルコニーに行かせ、改めて両腕を使ってヤマトも己の身体を持ち上げる。

「あー、疲れた」

 身も蓋もない言葉とともに、バルコニーに転がる。その視界に娘がいた。

 彼女は、沈みかけている太陽を見ていた。一心に夕日を見つめる娘の白い横顔を、太陽が黄金色に染め抜く。

「私ね、思い出が欲しかったの」

 不意に少女が呟いた。


「誰かに私のことを覚えていてほしかった。忘れられるのが怖かった」

 それなりの時間を少女と過ごしたヤマトだったが、結局のところ娘のことをあまり知ることはなかった。

 どうして彼女が剣を欲したのかも。

 どうして彼女が外に出たことがないのかも。


 どうして彼女がもうすぐ死んでしまうのかも。


「貴方の剣で自殺して、みんなに忘れられないようにしてやろうと思ったの。みんなが理想としている『可哀想な子』になんて決してなってやるものかって。この綺麗な部屋を私の血で真っ赤に染め上げて、決して忘れられないように刻み付けてやろうって思ったの。天国になんて行けなくても良い。神様になんか愛されなくても良い。この部屋で、永遠に忘れ去られないような悪夢になってやろうって、そう思ったのよ」

 娘が、ヤマトを見下ろした。

「醜いでしょう?」

「そーだな」

 何か気の利いたセリフでも言えば良いのかもしれなかったが、ヤマトにはそれ以外に返す言葉が思いつかなかった。

「俺も同じだ。綺麗な思い出に残るなんて、難しいだろうぜ」

「そんなことない」

 力強く、娘が首を横に振った。

「さっきも言ったけど、私今日は本当に楽しかったの。綺麗な思い出を、ありがとう」

「どーいたしまして」

 同じようにヤマトは素っ気なく答えた。見下ろす娘の顔に、切実な色が宿る。

「ねぇ、私は貴方の綺麗な思い出になれた?」

「まぁまぁだな」

 娘の瞳が揺れた。

「まぁまぁ、普通だった。――普通の、そこらにいる小うるさいガキの子守してんのと大して変わらなかった」


 娘が意外そうに目を瞬かせた。ヤマトはむっくりと身体を起こすと、ポケットから紙包みを取り出す。あの服飾店で買った首飾りだ。

「ほらよ、ちゃんとお前のために選んでやった『プレゼント』だ」

 軽く放り投げれば、包みは娘の掌に落ちた。

「これ……」

 包みを開け、翼をあしらったデザインを見た娘の顔に喜びの色が溢れる。それを確認し、ヤマトはバルコニーの縁に足をかけた。

 廊下から誰か。多分、娘の世話をしている者の気配が近づいてくるのを感じたのだ。


「じゃあな」


 言って、バルコニーから飛び降りる。

 娘が最後に何か叫んでいた気がするが、風の音にかき消されてよく聞こえなかった。






 ◆◇◆◇ ◆◇◆◇






 死神の花嫁という病気がある。

 発症すれば治療法はなく、ゆるやかに死へと向かっていくものだという。

 生きたまま骨や内臓が別のものへと変質していき、色素も抜け、最後は眠るように息を引き取る。

 暑さも寒さも感じず、まるで人形のようにして短い生を歩く。

 患者は例外なく少女で、それも非常に美しい者が多い。


 変質したが故に腐らない肉体と、その美しい純白の死体が棺に納められたさまが花嫁衣裳を着ているようだというのが、名前の由来らしい。

 まるで死神が愛し、その愛を永遠とするかのように花嫁衣裳を着せて少女を冥府へとさらうかのようだと。


 人々がそう囁く病にダート領主の末娘が罹患しており、死んだというニュースは、聖神日を一週間ほど過ぎた日にひっそりと地方の新聞に載ったのみだった。

 元から存在を確認した者も片手の数で足りるほどだ。領主も、この娘の扱いには困っていたということで、葬儀もひっそりと執り行われた。

 彼女が幸せな思い出を死神の元に持っていけたかはわからぬが、その美しい顔には満足げな微笑が浮かんでいたという。


 その細い首を飾っていたのは、彼女を天に導くような、翼を象った首飾りだった。



                                 Fin.


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