第38話 おらさ、メッセージビデオとか、わがんね

「明日は学校来れるのか?」


 レンは今父親のことで大変な時期だ。

 それを失念していた俺は過度なプレッシャーを与えていたんじゃないかって思って。


「今はお父さんとの時間を大切にしろよ?」


 と発言を改めた。

 レンははにかんだ様子で大丈夫だと言って。

 俺は生まれて初めて気丈な振る舞いをしているレンを見た気がする。


 その後、結婚式の招待状をくれた餅鬼先生は立ち去り。

 俺はレンと柊木の三人で他愛ない日常の放課後を過ごした。


 気付けば映研の部室は夜闇に包まれていて。


『竜馬! いつまで学校で遊んでるの!? 晩御飯の時間よ』


 母さんから個チャが届き、そこでようやく解散する空気が流れた。


「そういや、竜馬さ、父さんがおめえに会いたがってたべぇ」

「俺は構わない、都合のいい時に会いましょうって伝えておいて」

「了解さ、んじゃな」


 レンと別れるように、俺と柊木もログアウトした。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬ」

「……今度は何に嫉妬してるんですか柊木さん」


 柊木は下唇で上唇を噛みしめて、若干涙目だ。


「僕も竜馬に父さん紹介したかった」

「一応紹介してくれただろ、キャンプの時」

「違うー! なんて言うか、レンちゃんみたいな感じの」

「言いたいことはわかるけど……柊木は深く考えない方がいいかもな」


 柊木の場合、父親はいい人とお世辞でも呼べない。

 けど、それでも彼女にとっては父は父だから、悪く言えない。


 出来れば柊木の父親が先日の件を受けて、改心することを願う。


「それはそうとして、竜馬、晩御飯はどうなったの?」


 個チャを送って来た母さんが自室の扉付近で仁王立ちしている。


「俺や柊木はいつからこの家の炊事担当になったんだよ」

「志穂ちゃんだってお腹空かせて待ってるんだから」


 回答になってねぇ、高薙さんを引き合いにだすな。


「頼んだわよ、若夫婦」

「うっはぁ~~~~! お母たま! 僕頑張ります!」


 言われ柊木が目を輝かせている、あのババアも余計なことしか言わねぇな!

 母さんから若夫婦呼ばわりされ、柊木のエンジンにニトロが入ったようだ。


「さ、竜馬、行こうか」

「俺、晩御飯は牛ステーキがいい」

「そうだよねー! 精力つけないと今夜は身体が持たないからねー!」


 こいつ滅茶苦茶張り切ってるな、声量の張り方が全然違う。

 という事で、我が家の冷凍室に向かい、秘蔵と書かれたステーキ用の牛肉を拝借。


「嗚呼! それ隠してたのに!」


 リビングに戻ると父さんがちょっと悲鳴を上げていた。


「すみませんお父様! 僕の嫁がどうしても今日は精力つけないといけないみたいでして!」


「明日何かあるのか?」


 柊木が余計なこと言う前にさっさと否定しておくか。


「いや、特に何もないけど。あ、そうだ父さん、俺今週の土曜日に担任の結婚式に招待されたんだけどさ、ご祝儀っていくらぐらい包めばいいの?」


「担任の結婚式? お前担任と仲いいの?」

「俺の担任は部活の顧問でもあるから」


「まぁ、お前達はまだ学生なんだし、本当に気持ちだけでいいと思うぞ」

「その気持ちがいくらぐらいなのかわからない、けどわかった」

「重要なのは相手の立場になって考えることだな、相手から見てお前は何なのか」


 え? 単なる教師とその生徒だと思うけど……ちょっと妄想しちゃうよな。

 柊木は包丁の背でステーキ肉を早速叩いていた。


「ぼ・くはシャイなー! 竜馬の、嫁ー!」

「定着化させるなその歌!」

「嗚呼、今夜が、た・の・し・み」


 柊木、お前本気なのか? 本気で俺の貞操を狙ってないか?

 今夜は柊木に夜這いされないよう気を付けよう……ガクブル。


 柊木が作ってくれた牛ステーキは肉汁が滴り、かなり旨かった。


 父さんは久しぶりにワインを取り出し、母さんがご相伴に預かっている。


「君の瞳に乾杯、な、竜馬」


 その光景を柊木はおちょくる。


「今日はやけに張り切ってますね柊木さん」


 高薙さんが上調子の柊木をそう感想する。


「そう言えば高薙氏」

「なんですか?」

「今日兄さんが喚きながら高薙氏に慰めてもらうって飛び出て行ったけど」

「私、今日は眠いのでこの辺で失礼します。おやすみなさい」


 ……高薙さん、今明らかに茶を濁したな。

 たぶん部長と、他人には言えないような何かをしたのだろう。


「あっはっはっは! 高薙氏も中々やりますなぁ~」

「柊木、鼻血が出てるぞ」


 食卓の上にあったティッシュを投げつけると、柊木は丸めて鼻に詰めていた。


 さてと、餅鬼先生へのご祝儀とか、結婚式でのマナーとか色々調べるか。

 そう思い立ち、リビングから足裏をひたひたと鳴らし三階に戻る。


 パソコンを起動し、興味のあるネットニュースはないかチェック。


「竜馬ー? あのさー」

「なんすか柊木さん」


 すると扉越しに柊木が語り掛けて来た。


「一緒にお風呂に入らない?」

「一緒には入らないけど、お先にどうぞ」

「うふふ、それじゃあ、お先に……」


 俺はあいつの将来が心配だ、下手したらレンよりも不安視している。

 その時、部長から個チャが入った。


『我らが映研の諸君、今から集まってくれないだろうか』

『いいですよ』


 即座に返信し、部長が指定したバーチャル空間に向かう。

 指定された場所を一言で言うなれば、秘密結社の地下アジトのような趣向だ。


「やぁ竜馬、今さっきぶり」


 そこには柊木がすでにいた。


「お風呂入ってたんじゃなかったか?」

「すぐ終わるだろうと思って、お風呂からログインしてる」


 俺や柊木に次いでレンや高薙さんもやって来て、最後に部長も来る。


「部長、一体何の用事ですか?」

「諸君も餅鬼先生から挙式に招待されているはずだ、今から当日先生に贈るメッセージを撮るぞ」


 ああ、意外とまともな内容だった。


「でも部長さ、一体どんなメッセージ贈ったらえぇのんけ?」


 レンが素朴な疑問を尋ねると、部長は声高らかに笑う。


「ヒハハハハハハハ!」

「……レン、部長に贈ったキノコ、後で俺の家に寄越せよ」


 咎めるような目つきでレンに言うと。


「それは駄目だ、竜馬まで自壊しちまったらおら生きていけねぇ」

「俺は服用しないけど、一応成分調べる。それ以上のことはしない」

「そ、そうか?」

「少しは信じろよ」


 その後、俺達は餅鬼先生の結婚をお祝いするメッセージ動画を無事に撮り終え。学校やその他の日常に追われるように過ごしていると、土曜日があっという間にやって来た。

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